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レイ・イナモト「MADE BY JAPAN」②―Idea & Executionアイデアとエクゼキューション(4 回シリーズ)

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文:AKQAチーフ・クリエイティブ・オフィサー レイ・イナモト

世界を舞台に活躍するレイ・イナモトさんが考える日本の強さとは。日本のコミュニケーションビジネスの今、そしてこれからを考える全4回の短期連載。(この原稿は宣伝会議11月15日号に掲載をされたものです。レイ・イナモトさんの連載は、「宣伝会議」15日発売号に全4回シリーズで掲載の予定です)

「海賊の旗」

今から25年以上前の1983年のある日。とある会社の建物にドクロマークの“海賊の旗”が掲げられた。これがこの会社のロゴなわけでも、社旗なわけでもない。社内のあるグループが、海賊の旗をシンボルに反発の意志を示したのだ。

そのグループとは、社内から除け者扱いされていた製品開発部門。この旗には「『海軍』に入るくらいなら『海賊』になったほうがいい」という、いかにもハングリーで反抗心あふれる意志が込められていた。

そして翌年の1984年。この製品開発グループのリーダーだった若者が、できあがった製品のためのコマーシャルを発表する。ところがコマーシャルの中に製品など少しも出てこない。暗黒の世界を、囚人のごとく、ぞろぞろ歩かされる人々。皆の目の前には大きなスクリーンがあり、「Big Brother」といわれる独裁者が演説をしている。これは非人間的な全体主義社会を描いたジョージ・オーウェルの小説『1984年』に基づくもの。全く陰気で憂鬱なシーンだ。

そんな絶望的なシーンの中、一人の若い女性が駆け寄り、ハンマーをスクリーンに投げ込む。するとスクリーンが爆発し、独裁者の演説は終わる。瞬時に我を取り戻し、驚きの表情を浮かべる囚人たち…。そこに入るのが「1984年はジョージ・オーウェルの『1984年』の様にはならない。」というナレーションだ。

もうお分かりだと思うが、このコマーシャルを発表したグループのリーダーとは、当時まだ29歳だったスティーブ・ジョブズ、その人だ。そして発表された製品とはアップル・マッキントッシュである。

製品も登場せず、さらに一回しか放送されなかったこの伝説のコマーシャルは、四半世紀以上経った今でも、史上最高の傑作と言われている。ただ、その翌年の1985年にジョブズはアップルから追い出されてしまうのだが。

しかし今回、注目したいのはアップルのコマーシャルではない。僕は25年前のコンピューター業界から、今後の広告業界へのいくつかのヒントが得られると思っているのだ。

アップルの製品デザインが素晴らしいのは言うまでもない。ただそれ以上に素晴らしいのは、ひとつの会社が「ソフト」と「ハード」をデザインし融合している点だ。これは25年以上の昔から今も一貫している。

例えばGUI (Graphical User Interface)とマウス。また、ちょうど10年前に発表されたiPod。あの「ハード」の丸い輪を指で動かすことにより「ソフト」の音楽を探す。どちらも「ソフト」と「ハード」を切り離したら誕生しえない製品だ。

この「ソフト」と「ハード」を融合させる関係性は、コミュニーケションやいろいろな物事が、ほぼデジタル化しつつある現在の「アイデア」と「エクゼキューション」の関係にも大きく活かされる。

「物語の提供」から「場所の提供」に

アイデアの表現が主に映像、テレビが中心だった時代、メディアの世紀とも言える20世紀は、ブランドが面白い物語を提供してさえいれば、十分にコンシューマーの心を捉えることができた。ところがメディアの影響力が拡散、崩壊しつつある今、それだけに頼っていては無理なのは、当然のことと言えるだろう。

ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)はこう言っていた。

「The purpose of a business is to create a customer. (ビジネスの目的とは顧客をつくることだ)」

SNS などのいろいろなソーシャル・メディアが人々の行動を変化させている21世紀の今、この言い回しを僕はこう変えるべきだと思う。

「The purpose of a business is to create a customer that creates a customer.(ビジネスの目的とは「顧客をつくる顧客」をつくることだ)」

ブランドが一方的に語るだけでは、コミュニケーションとして不完全だ。では、何が必要なのか。コンシューマー一人ひとりが物語を自分自身でシェアできる場所、環境、条件をブランドがつくれれば、互いに意味のあるコミュニーケションが成り立つ。繋がりができるのだ。「コミュニケーションをデザインする」時代から「コネクションをデザイン」する時代に徐々に変わりつつある。

21世紀は「コネクションの世紀」と言っていいだろう。つまり、今までの「物語の提供」の方法論が、コンシューマー自らが物を語れる「場所の提供」に変わっていく必要があるのだと思う。そして「物語の場所」の構築は「ハード」のことだけでなく、人々がどう行動しどう反応するのかまで計算に入れた「ソフト」の面も考えなくてはならない。

「アイデア」がどうシェアされ、なぜシェアされるかを可能にするのが「エクゼキューション」。この2つを切り離しては、いくらいいアイデアが思いついたとしても、実現性がない。アップルの製品が「ソフト」と「ハード」の融合を大切にしているように、広告代理店も「アイデア」と「エクゼキューション」を融合しなければ、今後難しい状況になるだろう。(具体的な組織の構造は次回に)。

そして今の日本の状況は1980〜1990年代のアップルに似ていると思う。市場占有率も世界の中では小さく、一昔前の影響力はなくなってしまった。いろいろな事が理由で少し低迷していないでもない。

ただそんな時だからこそ「海軍」に入るのではなく「海賊」になる大きなチャンスなのだ。

AKQAレイ・イナモト「MADE BY JAPAN」バックナンバー


レイ・イナモト(稲本零)
英Creativity誌「世界の最も影響のある50人」の1人にも選ばれた、世界を舞台に活躍するクリエイティブ・ディレクター。R/GA、Tronic Studioなどを経て、2004年10月、欧米大手デジタル・エージェンシーAKQAにグローバル・クリエイティブ・ディレクターとして入社 。2008年にはチーフ・クリエイティブ・オフィサーに昇進。2010年には日本人として初めてカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員に抜擢されるなど、「広告業界のイチロー」とも呼ばれている。