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コラム

やかん沸騰日記

日本でツートップ経営はうまくいくのか

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ケトルを立ち上げるとき、経営者をやっている友達にこんなことをよく言われました。
「ツートップだとけんかして分裂するよ」
「意思決定やリーダーシップがスムーズにいかないんじゃないか」
「日本では経営者はひとりじゃないとうまくいかないもんだよ」

そういえば確かに、海外はプロクター&ギャンブルとかワイデン&ケネディとか「アンド」のついた会社がたくさんあるのに、日本には「山田と佐藤」みたいなダブルネームの会社はあまり聞きませんよね。

会社を作るときにその辺を調べてもらったら、日本の商法では、ふたり社長というしくみは難しいからやめたほうがいいということがわかりました。
そんなわけで、ケトルは嶋浩一郎が社長、僕らふたりが代表取締役共同CEOという体制でスタートしました。
6年前のことです。

果たして、日本でツートップ経営はうまくいくのだろうか。
結論から言うと、この6年間、我ながらなかなかうまくいっているんじゃないかと思います。

重要な経営上の意思決定は、全てふたりで行います。
予算も採用も評価もオフィスもスタッフィングも、大事なことは全てそうしています。
嶋が新しいビジネスを起こしたいときには、僕にプレゼンして決済をあおぐし、僕が新しいことをはじめたいときは、嶋にプレゼンして決済を仰ぎます。
何か大きな会社の備品を買うときも両方がチェックしあいます。
お互い自分が暴走しがちなキャラなのがわかっているので、便利です。

社員の目標や評価の面談も必ずふたりでやります。
会議室に入ると、僕らふたりがニコニコ並んで座っているのです。
これを僕らは「お父さんお母さんシステム」と呼んでいます。
たとえば僕が「お前の勤務態度はけしからん!」としかると、嶋が「お前はポテンシャルが高い子だから、期待をこめてそう言っているのだよ」とたしなめます。
嶋が「今日からこのプロジェクトやって!」というと、僕が「最近お前は忙しそうだけど、キャパは大丈夫かい?」とフォローする。
つまり、お父さんがきつく叱っても、お母さんがマイルドにほめるので、全体としてケトルの面談はバランスがとれているんじゃないかと自画自賛しています。

さらに便利なのは、会社経営のお仕事をふたりで分担できることです。
経営者が出席しなければいけないさまざまな某会議や某会議も、これは嶋が出てね、じゃ僕はこっちに出るね、という風に分担できるし、月報書くのは僕、人事の申請は嶋、という風に手続き仕事も半分づつ。
おまけにどっちかが仕事で都合が悪くなったときにもう片方がクローンになることができたりして、これまた便利です。

「あのふたりは実は仲悪いんじゃないか」
そんな風に言われることがありますが、実は、僕らは、普段ほとんど対立しません。
設立するときに「けんかしたら解散だぞ」と言われていたのもあるだろうけど、日常では不思議とほとんど意見が食い違うことがないのです。
たいていどっちかが「これ、こうしたいんだけど」というと、もう片方が「うん、そうしようぜ」と言うことがほとんどなのです。

ただ、年に一度、そうじゃない日があります。
経営合宿というのをするときです。
嶋、木村、そしてケトルのマネジメントディレクターの永井健(設立時)、原利彦(現在)でホテルの部屋に泊まりこんで、会社の方向性やビジョン、それを実現するためのアクションの優先順位やそのための予算や体制など、経営の課題をホワイトボードに列挙して、徹夜で議論するのです。
そこでは、社員が聞いたらびっくりするだろうと思うほど激しくぶつかりあいます。
その夜だけは無礼講で、なんでも思ったことをずけずけ話すのです。
「お前は去年と言ってることがちぐはぐじゃないか」
「そういうお前は変化に対して臆病すぎる」
たいてい、激しい議論が白熱したまま、最後には酔っ払って雑魚寝してしまいます。
ところが、翌朝にはケロっと元通りに戻るのです。
そして、不思議とケトルのその年の方針がスッキリまとまっているのです。
毎年だいたいこのパターンです。

証拠に原利彦にコメントをもらいました。
「ケトル社員からは“なんだかんだ言って結局ホテルで楽しく飲んでいるだけなんじゃねーか?”という疑念の声もたまに聞きますが・・・違います。この日ばかりは、あらゆる課題をアジェンダにのせて本当に朝まで話っぱなし、沸騰しっぱなしの貴重な時間です。嶋と木村に意見の相違があっても、それはアプローチの手法の違いであって、最終的なアリ、ナシのラインは不思議とずれないんです」
ちなみに朝になると方針がまとまっているのは、永井や原がきっちりまとめてくれるからです。

僕は嶋より入社年次がひとつ上なので、嶋は僕のことを「木村さん」とか「キムケン」とか呼びますが、実年齢は嶋がひとつ年上です。
そんな僕らは、実はかなり正反対なところだらけです。

設立直後に、ブレーンがケトルを取り上げてくれたことがあり、そのインタビューで「おたがいのことをどう思いますか?」という質問を受けました。
僕は嶋のことを「よく働くやつだ」と言い、嶋は僕のことを「育ちがいいやつだ」と答え、それがそのまま誌面に載ったのを覚えています。
嶋は、「寝ないで解決」とよく言う男です。一方僕は「眠って解決」がモットー。
嶋は朝型、僕は夜型、ワークスタイルも真逆です。

それに対応するかのように、ケトルには、ふたつのラインがあります。
ケトルのワークスペースは、天井から釣り下がったやかんを丸く囲むように円形に社員15人の席が配置してあるのですが、誰が名づけたのか、昔から木村側は「育ちいいライン」、嶋側は「育ち悪いライン」と呼ばれています。
「育ち」とはもちろん家庭環境のことではなく、会社に入ってからの「育ち」です。
人数が増えてから席の並びは崩れてきましたが、ちょっと内輪ネタながら紹介すると、育ちがいいラインの筆頭格が、船木研、橋田和明、北野篤。一方の育ちが悪いラインの筆頭格は、森川俊、石原篤、神谷準一。この3人は今でもそれぞれ木村側、嶋側にこの順に座っています。
この二つのラインの定義は、口の悪さ、酒量、いびき、下ネタ、寝坊の頻度、身だしなみなど諸説ありますが、一般的には新人の頃の職種に基づくという説が濃厚です。
嶋曰く「若い頃から、プロジェクトの最初から呼ばれてプレゼンも最初にできるストラテジーやクリエイティブの部署で育ったやつは、時間がなくなるとプレゼンの時間さえなくなるPRやプロモーション出身者に比べたら恵まれた環境の育ちがいい坊ちゃんだ」ということのようです。

ケトルは全員寝ないで仕事をしているというイメージがあるみたいですが、育ちがいいラインは寝る時は寝坊するくらいしっかり寝てます。
さきほど触れた経営合宿の話で、朝起きると経営方針がストンとまとまっている話など、まさに「眠って解決」の典型的な例でしょう。

ある取材で、「インターネットメディアの本質をおふたりはどう考えますか」と聞かれたときに、嶋はすぐさま「ネットの本質は情報収集、つまりテキストです!」と答え、僕は直感的に「ネットの本質は身体感覚、つまり映像です!」と答えたことがあります。
「あら、おふたり真逆ですね~」と取材してくれた方が困っていたのを覚えています。
確かに、嶋は異常なまでの活字愛があります。一年で膨大な本を読む男です。
僕は活字より映像が好きです。写真や動画編集、音楽を作るのが好きです。
嶋はマイペースなB型ですが机の上はいつも整然としています。
僕は周りに気を配るA型ですが、机の上を整理するのは苦手です。

そういえば、去年ある講演でカンヌの話をしたときに、壇上で僕が「カンヌは大好きです」と言ったら、嶋が「カンヌ好きは大嫌いです」と言って炎上したこともあります。
嶋はコンテンツ大好き、僕は広告大好きです。
嶋はどちらかというと施策やアウトプットから発想しますが、僕は戦略やコンセプトから発想するタイプです。

設立当初に比べると案件が増えたせいで、僕らふたりが一緒に仕事をすることが少なくなってしまいましたが、意識して年に一度か二度は一緒に同じプロジェクトをやることにしています。
できあがる企画や企画書の体裁は非常に似ているのですが、仕事の進め方がこれほどまでに違うのかと新鮮に思うことがあります。
ケトルの社員たちはよく僕らふたりのやり方を使い分けてるなと感心します。
特にマネジメントスタッフはよくこのふたりに耐えてるなあと感謝します。
でも、上ふたりが正反対だと、自分の立ち位置が、だいたいふたりの間のどこかにおさまるんじゃないかとも思います。
例えばある日、自分は将来木村さんのようなCDにはなりたくないと思ったとしても、嶋さんみたいなCDならまあ許せると思えれば、会社に対して夢を失わずに済むわけです。
お父さんに反対されそうなときは、お母さんに味方になってもらおう。
そんな風に思ってるんじゃないかな。

設立5年目のときに、嶋と酒飲みながら「なんで俺たちこんなに違うのにうまくいってるのかな?」という話で盛り上がったことがあります。
もちろん最大の理由は、会社を作る志が、設立当初から今に至るまで完全に一致していることだと思います。
ツートップ経営で一番重要なポイントは間違いなく「志の一致、共通のビジョン」です。
だから、やり方に関してはお互いの考え方を尊重できるのだと思います。

でも、もしふたりのワークスタイルや得意技が完全にかぶっていたら、負けず嫌いの僕らは、途中でけんかして仲たがいしていたかもしれないなとも思います。

夢と志が完全に一致していながら、キャラや芸風に大きな違いがあること。
これがツートップ経営がうまくいく秘訣なんじゃないかと思っています。

木村健太郎「やかん沸騰日記」バックナンバー