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コラム

「経営のとなりにあるデザイン」〜デザイナーに何をさせるべきか〜

スタバがデザインした「コト」―体験デザインがブランドをつくる。

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米・スターバックスの会長兼社長兼CEOのハワード・シュルツさんは、「スターバックスはコーヒーを売っているのではない。体験を売っているのだ」と言っていました。スターバックス(スタバ)は、体験デザインでブランドを作り上げた象徴的な企業です。スタバの体験は、「ザ・サードプレイス」という店舗コンセプトに象徴される、日常で手に届く少しリッチな時間です。

このスタバの体験は、ブランドのデザイン(ロゴやグラフィック、店舗のデザイン、店内音楽、スタッフ教育)を含めて非常にクオリティの高いものですが、ある意味、既存概念の「スタバ流ベストコーディネート」と言えます。日本人にとってスタバが圧倒的に新しかったのは、当時のコーヒー文脈「こだわり・うんちく・男性的」を、「カジュアル・ファッション・中性的」に変えたことです。そして今回は、スタバを日本でこれまでに無いコーヒーショップへと成長させた独自の体験デザインについて、「カウンターのデザイン」に絞った狭義の視点で注目してみたいと思います。

僕は、「良い商品」と「唯一無二の魅力的な体験」が合致した時、強いブランドが生まれると思っています。たとえば、個室カウンターとも言える独特なオペレーションを持つ博多ラーメン「一蘭」や、IKEAの購買体験もそうです。こういった、顧客にとって初めての「強制体験」は、それが顧客の想像の範疇を超えた時に、ブランドに対して達成感を伴うある種の絆を感じ、自分のブランドとして意識し始めます。

スタバに話を戻すと、スタバは日本人にとって初めてのカウンター体験を持ち込みました。店内に入ると腰の高さのオーダーカウンターがあり、S・M・Lではなく「ショート」、「トール」、「グランデ」という、それまで聞き慣れなかったサイズからカップを選び、目の前の「バリスタ」というスタッフに注文をします。メニューは、コーヒー豆の種類ではなく、ラテ、モカ、エスプレッソ、フラペチーノ等、飲み方の提案になっています。会計を済ませると、「ランプの下でお待ちください。」と言われ、わざわざランプの方まで進みます。ランプの下で待っていると、目の前で自分がオーダーしたコーヒーをバリスタが様々な機器を使いながら作ってくれます。この製作プロセスは寿司屋のカウンターに似た、「自分だけの出来立てという特別感」を得られるエンタメ性を含んでいます。

ランプの下にある受け取りのカウンターは、腰の高さではなく胸の高さです。もともとスタバはイタリアのバールの文化をアメリカに持ち込んだ会社ですが、胸の高さのハイカウンターでバリスタからコーヒーを受け取る体験は、スタンディング形式のイタリアのバールを彷彿とさせます。渡された紙のカップには、口もとに穴の開いた見慣れないフタ(トラベラーリッド)がついています。「はたしてこの穴は、蒸気の逃げ道なのか、それともここから飲めということなのか」。顧客はスタバ独特の、自分にとって初めての体験を経験します。そして今まで日本のコーヒーにはなかったコーヒー体験と、ある種の達成感を感じ、スタバを自分のブランドとして選択肢にいれるのです。

スタバのロゴや、グラフィック、パッケージ、空間のデザインはまぎれもなくデザイナーの仕事領域ですが、スタバを唯一無二のブランドに育てたこの体験デザインも、デザイナーが考えることができる領域です。スタバのカウンターの様な、独自性のある優れた体験デザインは、企業に大きな利益をもたらします。もしスタバが、オーダー後にそのままレジカウンターで、白い陶器のカップに入ったコーヒーを、普通のバイトスタッフが釣り銭と一緒に提供していたら、いくら店内の様々なデザインが優れていたとしても、この成功はなかったでしょう。