世界一知的でグラマラスな、クリエーティブの教養コラム。著者は日本、海外合わせ200以上の広告賞受賞歴を持つ、電通 コミュニケーション・デザイン・センター長 エクゼクティブ・クリエーティブ・ディレクターの古川裕也さんです。これまで出会ったさまざまな名作映画、音楽、小説を手がかりに、広告クリエーティブの仕組みや考え方をつづっていきます。
青春を過ごした人々を細胞の中に抱えて歌う
「世界最大の国際広告祭」というのが、カンヌの定義だったが、もはや、みんなの主たる関心は、セミナーにある。けれど、そうなればなるほど、似たような内容のセミナーばかりになってしまった。その中でいまだに忘れることができないのが、2011年、グレイ(米国の広告会社)に招かれたパティ・スミスのセミナーだ。
彼女は1946年生まれ。デビューする前の1970年頃の暮らしぶり、当時のミュージシャンたちとの交流について語った。
――ジム ・モリソンには圧倒的なカリスマ性が備わっていたこと(彼女はshamanisticという言葉を使っていた)。そして自分がカリスマでいる覚悟ができていたこと。
ジミ・ヘンドリックスがものすごくシャイで、レコーディング・ブースにいつも幕を張っていたこと。レストランに行く時必ず大きな帽子をかぶり、ずっと下を向いて、ヒトから見えないようにしていたこと。
レコーディング中のジャニス・ジョプリンとずっと一緒にいられたことが、アーティストとしての自分のベースになったこと。けれどジャニスはいい感じになった男の子を最後にはいつも別の女の子にもっていかれてしまうことなどなど。
カンヌには最近セレブがセミナーのためにたくさんやってくる。アル・ゴアも来た。ビル・クリントンも来た。ロバート・レッドフォードも来た。けれど、こんなにナチュラルで、なんだか胸にくるセミナーはほんとめずらしい。
最後に、彼女はアコースティック・ギターを取り上げて歌いだした。ワークブーツ。ジーンズ。薄くなった髪。深く決然とした皺。マンハッタンの整形外科医がリフトアップを申し出たとしても彼女は断固拒否するだろう。いいとか悪いとか、うまいとかヘタとかではない。その3分間は、とてつもないできごとだった。
歌っているのはパティ・スミスなのだけれど、彼女は、明らかにもっといろんなヒトを自分のなかに含んでいた。ジム・モリソン、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ボブ・ディラン、レナード・コーエン。さらには、デビュー・アルバムのジャケットを撮影したかつての恋人、ロバート・メイプルソープ…。いわば、歴史を、つまり彼女を育んだ人々を細胞の中に抱えて歌っていた。
ジミ・ヘンドリックスたちと日常的に交流していたのが70年ごろ。パティ・スミスのアルバム・デビューは75年。この5年間が、人生にとっていかにたいせつかがよくわかる。通常この期間を青春と呼ぶ。どんな人たちとどんなふうに過ごすか。言ってみればそれだけのことなのだけれど。
次ページ「クリエーティブ・パースンにとって貴重な『育ち』」に続く(1/2)
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