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コラム

脳のなかの金魚

何か100%なものが必要であることについて

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人は不完全だから、「何か100%なもの」を夢見る

最近のブランディングは、自分たちの社会的存在意義、自分たちにそもそも何ができるのか。そもそも何のために存在しているのか。さらには、世界に何をもたらすことができるのか、人々をどのように幸福にできるのかを明示することがほとんど義務づけられているように思える。そうしなければ、あたかも存在する資格はないかのように。

そこからカスタマーとの、あるいは世界との関係が始まるのだ。

Dove「Real Beauty Sketches」(2013年)


P&G「Thank you, Mom」(2012年)

Dove「Real Beauty Sketches」のキャンペーン・テーマは、「あなたが思っているより、あなたはずっと美しい」だが、その奥にあるDoveの根源的存在価値は、おそらく「すべての女性は生まれながらに美しい。Doveにはそれを証明する力がある。即ち、世界でいちばん女性を勇気づけることができるブランド」だと思われる。言ってみれば、この能力があるからこそ、この基礎化粧品ブランドは世界に存在する意味、あるいは資格があるのだ。

P&G「Thank you, Mom」が明示したP&Gの根源的存在価値は、おそらく「P&Gはすべてのお母さんの人生に、世界でいちばん役に立つ」だろう。この能力によって、このブランドは、世の中に存在することを許されているのだ。どこかと比べてどうということではない。相対的ではなく、いわば絶対的ブランディングだ。

根源的存在価値なるものは、突き詰めれば突き詰めるほど、広い支持を得ようと思えば思うほど、大きな「普遍」に向かう。ブランドにとって絶対的な何かを発見し共有しなければならない。

ふたつの例にしても、「女性はみんなきれい」「お母さんがいちばんえらい」である。これまで、何億人もが思いついたテーゼだろう。「普遍」は一周して、ずいぶんと平たいものなのだ。とてもとてもむつかしいプロセスを経て、とてもとてもかんたんな出口に至る。そうでなければ、世界中を捕まえられない。

「普遍」の提示によって賛意が生まれ、その概念にヒトが集まってくる。最近の言い方で言えば、コンテンツから始まってコミュニティが生成する。すると、そこには、カスタマーとの、長い長いリレーション・シップが生まれる。

すべてのブランディングが、この「場」の構築に向かっているように思える。

「Thank you, Mom」も、2012年カンヌでフィルム・ゴールドを獲得した後、2013年チタニウムを獲得している。CMから始まって、選手のお母さんをエンカレッジするコミュニティに展開したことが評価された。「永き良き関係」を構築したのだ。

バルザックの『絶対の探求』の主人公が、万物の根源となる物質を発見しようとして、最後、小説的必然として破滅せざるを得なかったように、「絶対」の探求は、ほとんどの場合、高級な勘違いである。なぜなら、世界はとことん相対的なものだから。けれど、ヒトは、あまりにも不完全に制作されているがゆえに、「普遍」、つまり、「何か100%なもの」を求め続けるべく設計されているのだと思う。いつかは、それを創ることができると信じていなければ、生きていけない。いずれは、それに触れることができると信じていなければ、生きていけないのだ。たぶん。

何年か前、HONDAが「Impossible Dream」というテーマで、素晴らしいCMを創ったのは、とても本質的で素敵なことだった。

ものを考え、ものを創る仕事の場合、初動において、その都度、ちゃんとていねいに思うべきだ。これから、自分は、「普遍」を打ち建てようとしているのだ。そのために、睡眠時間をけずるのだ、と。

ウィトゲンシュタインとキューブリック。ふたりは、デビュー前から、「何か100%なもの」に到達すべく位置に自分を置いていた。

そこに、スティーブ・ジョブズを並べることも可能だろう。彼は、「普遍」の獲得に生命を賭けた。世界を変える。そのことの本質が、新しい「普遍」の獲得であることをよく知っていた。“Stay foolish”でなければ、そんなこと不可能なことも。


atcreative-direction

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