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インサイトに迫る、クリエイターの洞察力―10(テン) 柿木原政広氏

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株式会社宣伝会議は、月刊『宣伝会議』60周年を記念し、2014年11月にマーケティングの専門誌『100万社のマーケティング』を刊行しました。「デジタル時代の企業と消費者、そして社会の新しい関係づくりを考える」をコンセプトに、理論とケースの2つの柱で企業の規模に関わらず、取り入れられるマーケティング実践の方法論を紹介していく専門誌です。記事の一部は、「アドタイ」でも紹介していきます。
第4号(2015年8月27日発売)が好評発売中です!詳しくは、本誌をご覧ください。

人々にとって真に価値のある商品・サービスを提供するためには、彼らの潜在的ニーズを発見し、それに応える方法を考え、具現化する必要があります。クライアントとともに、これまでにない価値の創出に挑戦する、クリエイターの洞察力に迫ります。


柿木原 政広(かきのきはら・まさひろ)
アートディレクター/グラフィックデザイナー

1970年広島県生まれ。ドラフトを経て2007年に10(テン)を設立。JAGDA会員。東京ADC会員。 主な作品にsingingAEON、R.O.Uのブランディング、東京国際映画祭、静岡市美術館、松竹芸能、富士中央幼稚園のCI。仏国立ギメ美術館での魯山人展のアートディレクション、カードゲームRoccaなどを手がける。NewYork ADC 賞など受賞多数。

「何が価値なのか」を発見し、具現化する

どんな仕事においても、デザインする上で重視しているのは「人との関わり」です。その発想に至ったきっかけは、富士中央幼稚園のCI策定を手掛けたときのこと。「子どもが子どもらしい意見を言える環境をつくりたい。発想の自由さを大切にしたい」という園長の言葉から、「自由な発想」の象徴として、クマ、トラ、カエルと、捉え方によって自在に変わるロゴをつくりました。

とは言え、このデザインが果たして正解なのか、最初は自信がなかった。そこで、考えてみたのです。このデザインワークにおける「本質」って何なんだろう、と。あらためて突き詰めてみると、それは「子どもが笑うこと」なのではないかと思いました。子どもって、親、特に母親が笑っていると、それを見て笑うんですよね。子どもを見て母親が笑って、その様子を見て子どもも笑う。デザインする対象に関わる人たちが、幸せになるために大事なことは何か。それを発見し、具現化すること――それこそが、アートディレクションやデザインの役割だと考えるようになったのです。

人との関わり合いの中で、何かをつくり上げていく。そんな仕事を積み重ねていく中で、アウトプットの形は、広告やロゴといった従来型のグラフィックに留まらず、イベントやワークショップといった「場」や「こと」にも及んでいます。その一つが、私が主宰するデザイン事務所「10」のゲームブランド「RoccaSpiele(ロッカ・シュピール)」が、札幌市の「Sapporo My Rail PROJECT」とコラボレーションしてつくったカードゲーム「Rocca Rails(ロッカ・レイルズ)」と、そこから派生したワークショップです。

札幌市民の足である市電は、2013年に新しい低床車両が導入され、今年10月以降には都心部沿線がループ化されるなど、大きな変革の真っただ中。ハード面の整備に合わせ、市民一人ひとりが市電の重要性を再認識し、利用し、大切に守り、育てていく意識=「マイレール意識」を高めたい。新しくなる市電の利便性をただプロモーションするのではなく、市民を巻き込みながら、市電のある将来の暮らしをより豊かなものにしていきたい。そんな札幌市の思いから、「Sapporo My Rail PROJECT」は2013年にスタートしました。Roccaは、同年から、その取り組みをお手伝いしています。

関係者の幸せを「俯瞰」で見つける

「Rocca Rails」は、六角形のカードゲーム。プレイヤーが持ち札を出し合って、同じ色の線路をつなげていきます。プロジェクトにおいては、Rocca Railsを使ったゲーム大会を実施したり、巨大なRocca Railsを路上に並べて遊ぶワークショップを開催しています。ゲーム自体を広げていくのではなく、ゲームを起点に、この地で暮らす人と人との関わりを広げていくことに意味があると考えています。新しい市電によって、人の動きが変わり、町の風景が変わっていくことを感じ、札幌の将来の姿をイメージすること。それが、地域とそこで暮らす人々の絆を深めるのです。近年、地域と関わる仕事が増えているのですが、その地の人たちが、そこで幸せに暮らしていくための機能・仕組みをつくることが、デザインの役割なのではないかと感じています。

無論、こうしたイベントは私のアイデア一つで実現するものではありません。市電に関わるさまざまな人の思いやアイデアが集まり、たくさんの大人が協力し合うことで、形になっています。例えばワークショップは、札幌の中心街の路上を歩行者天国にして実施するものですから、行政との調整など壁は少なくありません。それでも、これまで実現してきたのは、関係者みんなが「何が本当の価値なのか」という共通認識を持てているから。新しくなる市電を、10、20年先も市民に愛される存在にすることで、この地の暮らしを豊かなものにしたい――アートディレクターやデザイナーもそうした価値観を共有した上で携わらないと、「作品をつくって、はい終わり」ということになりかねません。

その商品やプロジェクト、地域に関わる人たちが何を望んでいるのかを理解する。関わる人みんなが自分の能力を発揮できる、「気持ちの良い」状況を俯瞰で発見し、実現に向けた道筋をつける。それがアートディレクターの仕事ではないか、と考えています。


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