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コラム

マーケティングを“別名保存”する

カスタマージャーニーよ、さらば。

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まず、「カスタマージャーニー」と「カスタマーエクスペリエンスダイアリー」の対比関係をご覧ください。

一言で言うと、CxDとはターゲット顧客が1日に経験する「ブランド体験」を、すべて時系列で並べて一覧化したものです。調査に基づくのが理想ですが、身近な近しい人にヒアリングしつつ、残りを想像で埋めていくだけでも十分に発見があります。

例えば、朝、駅に着いてグレゴリーのリュックから定期パスを取り出す。チャックを開くざっくりとした感覚がとても心地よい。これはブランド体験です。会社に着いて、シアトルのスタバ一号店で買ったオリジナルマグカップに、Nespressoで淹れたエスプレッソを注ぐ。横で同じくコーヒーを淹れていた同僚がマグカップに関心を示したので、購入したときのストーリーを語る。この数分の間に、2つのブランドに対して2人の顧客に、合計4つのブランド体験が生まれています。

Pe3k / Shutterstock.com

CxDでは、このようにブランド体験を時系列に書き出していきます。それぞれの体験には、対象となるブランドと、その体験がポジかネガか、体験の強さ、同一ブランドが複数登場する場合は、その日の累積回数をそれぞれ記録していきます。強さの基準は以下の4段階です。

  1. その体験を人に話す
  2. ブランドも体験も意識(ex.ナイキのスニーカーの紐を結ぶ)
  3. 体験のみ意識、ブランドはほぼ無意識(ex. ○○で歯磨きをする)
  4. 体験もブランドもほぼ無意識(ex. 窓を開け閉めする)

何回かこのエクササイズを繰り返すことで、ターゲットにおいて強いブランド体験が集積される一定の条件のようなものが見えてきます。例えば、当社のケースは企業秘密とさせていただきたいですが、ブランド体験の弱い、身近な例としては、牛乳を飲む(身体に入れる)といったことを想像するとわかりやすいのではないかと思います。

牛乳を飲むというのは、凄まじく物理的に強度の高い接触であるにもかかわらず、特定の牛乳ブランドに対するブランド体験はそう強くないケースも多々あるのではないでしょうか。牛乳に限らず、日常的に接触の多い、飲料・食品・日用消費財といった商材では、こうした傾向がみられると思います。

また、メディアによりもたらされるブランド体験が、強さや頻度において、1日に経験されるその他すべてのブランド体験と比べ、どのような位置にあるのか、その相対値のようなものもわかってきます。これまでマーケターが注目してきたメディア同士の相対値ではなく、メディア接触と、例えば「スタバのマグカップ」の相対値として、です。

スタバの初代のロゴが入ったマグカップの話を、シアトルの1号店を訪れた同僚から聞く、というブランド体験、あるいはそれを語って聞かせ、同僚に感心されるというブランド体験は、例えば別のコーヒーチェーン店の交通広告を目にするのと比べ、いかほどの強さがあるでしょうか。そこで集積されるブランド体験の強さ、濃さを考えると、このコンテクストにおけるマグカップは非常に強力なメディアといえないでしょうか。

企業がデザインし、タッチポイントに注目し、既存のメディアを組み合わせるのではなく、顧客を起点とし、エクスペリエンスに注目し、メディアそのものをつくる。

それがカスタマーエクスペリエンスダイアリーの考え方です。そこから導かれる打ち手としては、1.深いブランド体験が生まれる一定の条件を分析し、既存のメディアやイベントなどの手段を使う場合でも、その文脈上でコミュニケーションをしていく。 2.浮かび上がってきた強いブランド体験の媒介物(例えばマグカップ)を、新しいメディアとして捉えていく、という2点が基本ですが、何より数時間の作業と議論が、顧客のブランド体験に対する考え方をコペルニクス的転回してくれることこそ、CxD作成の一番の効用だと思います。

最後に余談ですが、このコラムに何回も出てくるスタバのマグカップ、実際にアウディの同僚が持っています。

スタバのロゴでおなじみの髪の長い女神「セイレーン」が、胸をはだけた姿で描かれているちょっと過激な意匠は、かのコーヒーショップの最初期のロゴだそうです。このセイレーン、美しい歌声で遠洋を航海する船乗りを誘惑するギリシア神話の女神で、ユリシーズがその誘惑を断ち切ったことで有名ですが、実は彼女もメルヴィルの「白鯨」に登場します。

思えば「カスタマージャーニー」とは、このセイレーンの歌声のごとく不思議な魅力を持った言葉です。その魅力ゆえ言葉が一人歩きし、How論ばかりが先行していて、イメージ検索でよさそうなフォーマットを見つけ、とりあえずこれでつくってみよう、などということも多いと聞きます。

CxDはまだ体系化されていない、生まれたばかりのフレームワークなので、ご賛同いただける方とのオープンな勉強会などを通じて、必要性の本質そのものから議論と理解を深めていければと考えています。