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コラム

四苦ハック人生 in Sanfrancisco

なぜシリコンバレーで多様性が求められるのか

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ティム・クックがカミングアウトをした本当の理由

先日とても悲しいニュースを目にしました。一橋大学の法科大学院に通っていた学生が、告白した同性の相手から自分の性的指向について(つまり同性愛者ということを)自分の意思に反して周りに広められ、その後心身の不調を訴え、自ら死を選んでしまったということです。将来有望な若者が自ら命を絶ってしまったこと。そして命を絶つほどの苦痛を感じていたこと。また亡くなられた方の両親や家族の心の内を思うと、胸をかきむしられる思いがします。

この件に関して、遺族のご家族は一橋大学とアウティングをした学生を提訴しています。内部組織である一橋大学内のジェンダー社会学研究センターが、この件については大学側から教授会等にもまったく報告がなかったとの声明を出しているところからして、大学側の対応に不信感を抱かざるを得ません。

また事情を知るはずのアウティングをした本人、そしてその周りの関係者たちからは「司法試験が忙しい」という理由で遺族への連絡はないそうです。法曹とは個人のプライバシーを尊重することが大前提の職種ではないのでしょうか。一体彼らは何のために弁護士を目指しているのでしょうか。

この悲しい出来事を知った後、ふと以前読んだティム・クックの声明を思い出しました。ティム・クックは言わずと知れたスティーブ・ジョブズの後を継いだ現AppleのCEOです。この声明は数年前にLGBTQ、つまり性的マイノリティーに対する差別的な法案がアメリカのいくつかの州で制定されようとした際に出されたものです。日本でもそこそこメディアに取り上げられたので覚えている方も多いのではないでしょうか。ただ(僕が知る限りでは)そうしたコンテクストはばっさりと削り取られ、声明の一部である ”I’m proud to be gay”の一節だけを切り取り、表面的で湾曲された内容のまま拡散してしまいました。

僕による拙い訳ですが、ここで一部ご紹介させてください。(英語が得意な方はBloombergに載っている本文を是非読んでみてください。また全文の訳をこちらにご用意しました。)

もう何年もの間、私は身近な人には自分の性的指向についてオープンに暮らしてきました。Appleの多くの同僚たちは、私がゲイであることを知っています。そしてその事実が、私に対する皆の接し方に何ら影響を与えてはいないと感じています。もちろんそれは、創造性やイノベーションは、他者との違いを受け入れることではじめて生まれるものであると理解している、そんな会社で私が働けているという幸運によるものも事実です。しかし、すべての人がその幸運を手にしているわけではありません。

自分の性的指向について否定したことはありませんでした。しかしながら公の場で肯定したこともありませんでした。 ─ 今日、この日までは。

もう少し具体的に言いましょう。私はゲイであり、そのことに誇りを感じています。また自分がゲイであることは、神がくれた素晴らしい贈り物のひとつであると思っています。

ゲイであるということは、私にとってマイノリティーであるということを深く理解するきっかけになりました。またマイノリティーが日々直面している様々な困難を垣間見ることをもたらしてくれました。そしてその経験は、他人に対してより共感的な人間へと私を成長させてくれました。(そしてその結果、私の人生をより豊かにもしてくれました。)困難や居心地の悪い時はあれど、自分自身に正直でいれる自信をつけてくれ、また信念を貫き、そして逆境と偏見に対しても乗り越える勇気をもたらしてくれました。多少のことでは物怖じしない人間になれたのは、AppleでCEOとして働くことにも役立っています。

私が子供の時と比べて世界は大きく変わりました。多くの公人が勇敢にカミングアウトをし、大衆の認識を変化させ、私たちの文化をより寛容性のあるものへ進めることに貢献してきました。そうしてアメリカは結婚の平等性において大きく前進しました。しかしながら、未だに多くの州では性的指向を理由に従業員を解雇することを許す法が存在し、またゲイという理由で家を強制退去させられたり、また病を被ったパートナーとの面会さえ拒まれるといった事案が多く発生しています。数えきれない程の人々が、特に子供たちが、性的指向を理由に日々虐待に苦しんでいるのです。

私は自分自身を活動家とは思っていません。しかしながら、他者の犠牲的な行為によって、今までに自分がどれほど恩恵を受けてきたのかも理解しています。ですので、もしAppleのCEOが自らゲイと公言することが、自分自身のアイデンティティにもがき苦しんでいる人の助けになるのであれば、また孤独を感じている人の心を和らげるのであれば、また平等性を求めて戦っている人への後押しになるのであれば、私のプライバシーを犠牲するに十分価値がありうることだと思うのです。

Bloomberg Technology, “Tim Cook Speaks up” by Tim Cook (http://www.bloomberg.com/news/articles/2014-10-30/tim-cook-speaks-up)

なぜシリコンバレーで多様性が求められるのか

ダイバーシティー(多様性)はここアメリカで最も語られるトピックの一つです。そもそも大前提としてアメリカという国は多くの移民で成り立っています。人種も違えば宗教や背景となる文化も様々です。もちろんLGBTQ、つまり性的指向も多様性を語る上では欠かせない重要な項目です。

同じアメリカ国内でも、ここサンフランシスコのようにダイバーシティーに積極的に取り組む地域もあれば、州によっては同性愛など性的マイノリティーに対する差別的な法案が存在するのも事実です。またこの数ヶ月、警察官による黒人射殺事件など人種差別に根を差した暗い事件も後を絶ちません。ドナルド・トランプが「イスラム教徒を入国禁止にし、メキシコの国境に壁をつくる」なんて過激な発言を繰り返し唱えていますが、そんな(荒唐無稽に思える)言動が保守層から一定の支持を得ているのも、ある意味でリアルなアメリカを反映しているのかもしれません。

ただイノベーティブと称されるシリコンバレーの多くの企業は、社内の多様性のデータを公開するなどダイバーシティーを会社の文化に取り入れることに積極的です。ではなぜイノベーティブとダイバーシティーはこれほどリンクしているのでしょうか?

平等性を尊重する基本理念があるのはもちろんです。ただそれにも増して、同質の集団よりも異質の人同志を組み合わせる方がイノベーションが起きると信じているからです。(そして結果も出ています。)画期的な技術や新しい概念、そんなブレークスルーを起こすためには全く違った発想や視点が必要です。ですので異質な人を集め、(文字どおり)多様な意見をぶつけることが製品開発や業務改革にとても有効なプロセスなのです。多様な意見や考え方に対しオープンで、かつインクルーシブなことが極めて重要だとの共通認識は、ここシリコンバレーで広く浸透してきました。

僕も正直なところ海外で暮らし始めるまではマイノリティーということを実感を伴って理解できていませんでした。ただ海外に出て自分が「ガイジン」として暮らすことで、それが意味することを少しづつそして実体験的に学んできました。「日本人だから」という理由だけで嫌な気分にさせられる経験もありました。ただそうした経験は僕にマイノリティーとは何かを考えるきっかけを与えてくれ、ティム・クックの言うように、他者に対してより共感的な人間に成長させてくれたと感じています。クックが言う「自分がゲイであることは、神がくれた素晴らしい贈り物のひとつである」とはつまりそういうことを示唆しているのだと思います。

英語には「相手の立場になって考える」という意味の慣用句で ”Put yourself in someone’s shoes”という表現があります。まさしく自分がマイノリティーの靴を履くことで、はじめて他のマイノリティーの存在についても理解を深めるきっかけになったのです。

i_tokyo2020

先日閉幕したリオ・オリンピックはLGBTを表明した選手が史上最多だったそうです。平等性を掲げるオリンピックを象徴する出来事ではないでしょうか。4年後の東京オリンピックを成功させるためには、ホスト国としてこの流れを後退させてはなりません。

黒人であれ、白人であれ、黄色人種であれ、どんな民族であれ
女であれ男であれ、ゲイであれトランスジェンダーであれ
自分が自分らしく生きれる世界。
互いに認め合い、支え合いながら、みんなと手と手を取り合って築いていく。

形の異なる四角形を組み合わせた藍色模様の市松模様のエンブレムには、そんなメッセージが込められているはずです。

迷ったら困難な道を行け

12回に渡って続けさせていただいたコラムも今回が最後となりました。文字どおり四苦八苦の毎日を、試行錯誤でハックしながら(なんとか)乗り越えてきました。

そんな僕が、それでも唯一自信を持って言えること。それは海外へ出るという挑戦を後悔したことは、今まで一度も無かったことです。

このコラムの連載が、これから新しいフロンティアに(それが海外に出ることだろうがなんだろうが)挑もうと悩んでいる、そんな人の後押しになったのならこれほど嬉しいことはありません。

最後にインタビューにご協力いただいたナカデ・マサヤさん、スズキ・ユウリさん、堤大介さん、川島優志さん、またアドタイ編集部の刀田さんに御礼申し上げます。

そして稚拙な文章を最後まで読んで頂いた皆様、とりとめもないコラムにお付き合いいただき有難うございました。それではまたどこかで。

川島 高(かわしま たかし)