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「分断」の炎を消せるのか?マッチポンプな演説を読み解く――トランプ新大統領、日本企業の広報コミュニケーションへの影響③(片岡英彦氏)

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1月21日(日本時間)、ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任した。就任前から政策の方向性のみならず、メディアとの向き合い方、自らの情報発信にも注目を集めてきたトランプ氏の大統領就任を広報・情報戦略、企業のリスクマネジメント、メディアの専門家はどう見ているのか?日本企業の広報・コミュニケーション戦略への影響という観点から予測する。
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片岡英彦(かたおか・ひでひこ)

日本テレビで報道記者、宣伝プロデューサーを経て、2001年アップルコンピュータのコミュニケーションマネージャーに。後に、MTVジャパン広報部長、日本マクドナルド マーケティングPR部長、ミクシィのエグゼクティブプロデューサーを経て、2011年独立。国際NGO「世界の医療団」の広報責任者に。2015年から東北芸術工科大学企画構想学科准教授・広報部長。

 

演説は「短く」「大衆配慮」「ポピュリズム」的か

トランプ新大統領は就任演説で下記のように語った。正直なところ思っていたほど過激ではなく安心した。

「今回の政権交代はワシントンDCから皆さんに権力を移すものになる」

「アメリカ・ファーストあるのみだ」

「イスラム過激派を地球上から全滅させる」

移民排斥発言などで物議を醸してきたが、就任演説は英語が苦手な人にも聞き取れるくらいシンプルで分かりやすいものだった。そして“We will make America great again(アメリカを再び偉大にしよう!)”と選挙戦中に使ってきた言葉で最後を締めくくった。

16分間ほどと短い演説は自身を支持する大衆層を意識してのことだろう。集中してテレビの演説を聞いていられるのは、普通このくらいの長さだ。自身のTwitterでは演説内容が連続投稿されている。このTwitterアカウントは就任後も使用されるようだ。

さっそくTPPからの離脱とNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を表明した。これは事前に予想されていたことだが、初日に表明することで、国民に分かりやすく「有言実行」をアピールしたかったのだろう。

トランプ新大統領の就任演説にみるコミュニケーション手法は、総じて、これまでの「プロ」の政治家のような「言行一致」を原則とする手法ではない。むしろ「朝令暮改」「変幻自在」だとも言える。マスメディアからは「米国民の分断を煽った」とも報じられているが、後半の下記のフレーズが特に印象に残った。

「黒人であろうと中南米系であろうと白人であろうと、われわれはみな同じだ。みな愛国者であり、同じ自由を持っている。」

これまで大統領選を通じて行ってきた「分断」を煽る内容ではない。ここにトランプ氏の “マッチ・ポンプ”なコミュニケーション戦略の本質を感じた。

“マッチ・ポンプ”とは自らマッチで火をつけておきながら、自らポンプで火を消す意だ。大統領選を通じ “マッチ・ポンプ”の“マッチ”にあたる発言を繰り返し、就任演説で“ポンプ”にあたる発言を行う。

勝つためのメッセージ(マッチ)と、勝った後のメッセージ(ポンプ)

予備選で勝利するまでトランプ氏は「泡沫候補」に過ぎなかった。とにかく「目立つ」ためのコミュニケーションが必要だったのだ。党内に強い支持基盤があるわけでもなく、政治家としての経験と実績が豊富なわけでもない。

「民主主義の普遍的価値」「自由貿易」「雇用拡大」といった当たり障りのない主張では他候補との比較において目立たない。自分のコアな支持層に向け「メキシコとの国境に壁を作る」に代表される過激な発言を行い注目を浴び始めた。

アメリカ社会の「タブー」に触れ“マッチ・ポンプ”の“マッチ”にあたる発言を行う。大衆層の「ホンネ」を代弁した形となり共和党の代表候補の座を勝ち取った。

本選挙でのコミュニケーション戦略は民主党代表候補のヒラリー候補の個人攻撃だった。私用メール問題、健康問題などを徹底的に攻撃し、ヒラリー氏の得意とする政策論争に深入りすることなくヒラリー氏との「対立軸」を鮮明にすることに成功した。

ヒラリー氏のメッセージは大統領候補として「王道」ではあったが、変化を求める人々にとってトランプ候補の破天荒な言動と比べると平凡で「シズル感」に欠けたのだ。本戦でトランプ氏が大方の予想に反して勝利を収めた。

民主主義の普遍的な価値を謳う「美辞麗句」よりも、アメリカ人はトランプ氏の語る「ホンネ」(アメリカ第一主義)の言葉を選んだ。激変した現在の米国の状況に最も驚いているのは、何を隠そうトランプ新大統領自身だと私は思う。

日本は新政権にどういうメッセージを出すべきか

大統領就任演説の内容から、トランプ大統領が米国民の「分断」の修復を望んでいることは明らかだ。一方、選挙期間中に発言した政策を簡単に反故にするわけにはいかない。「自国が第一」なのは米国に限らずどこの国でも当たり前だが、外交戦略上、どこの国もあえて主張しない。

だが米国は新大統領が先にこのカードを切ってしまった。反対のカード(国際協調)は切りにくくなっている。このため、いずれ内政外政において様々な矛盾が生まれてくるだろう。強気に振る舞っているトランプ大統領だがホンネでは予測不能な自体が起こることに大きな不安を抱えているものと予想される。

こうした時にこそ日本は「良きアドバイザー」として振る舞うことで新政権に寄り添い「恩を売る」ことで自国の存在感をより高く売りつけることができる。実に好機だと考える。

あえて「自国が第一」などと保護主義的なメッセージは出さず、これまで通り「日本の利益」のために、時に米国をはじめ各国や国際機関と協調し、米国との間を取り持ちたい。日本の利益をしっかり主張する「したたか」なメッセージを送り日米関係を深めたい。