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魅力的なベネフィット開発の瞬間――市場再創造への挑戦2(音部大輔)

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12月1日に発売した音部大輔氏による新刊書籍『The Art of Marketing マーケティングの技法 ― パーセプションフロー・モデル全解説』。発売前から話題を集め、早々に重版が決まった本書に収録した、市場再創造のストーリーの第2回。

市場で劣勢を強いられていた「アリエール」を担当した音部氏。資源が限られるなか、「除菌」訴求に望みを託します。ところが、市場調査では期待とは真逆の結果に。それでも除菌で突破を図るに至った一筋の光明とは……。

威風堂々のリーダーに立ち向かう――市場再創造への挑戦1(音部大輔)はこちら

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定価:2,640円(本体2,400円+税) A5判 304ページ

コマーシャルイノベーションに舵を切る

この状況で、ブランドチームがなすべきことは明らかです。唯一の武器だった価格は使えず、「アタックよりも安い」という最大の購入理由は失われました。山積みと価格で売り込む店頭のプッシュではなく、ベネフィットにより消費者を誘引するプルを喚起しなくてはなりません。価格と同じくらい魅力的で、アタックからシェアを取り返せるくらい強力なベネフィットを開発するのです。

研究開発や製造の部門と、連日の濃密な会議を経て「除菌」であれば半年で製品開発と量産のめどが立つと分かりました。何箇所か綱渡りが予想されましたが、ほかにめぼしい選択肢もなく「除菌」に希望が託されることになりました。すぐに新商品のコンセプトボードを開発し、消費者調査です。コンセプトボードとは、ターゲット消費者とベネフィットの想定をもとに、商品特徴やパッケージ、価格などを記した1枚の紙です。消費者に見せ、反応を観察することで商品の魅力度を測り、売り上げを予測する調査などに使います。

既存の製品を大きく変更することなく、ターゲット消費者を明確にし、ベネフィットの訴求を強化することで、売り上げ増加を目指すイノベーションのことをコマーシャルイノベーションと呼びます。今回のように製品やパッケージの一部を変更して新商品とすることもあれば、製品を変えずにコミュニケーション主体の新しい訴求をすることもあります。

いずれにしても、製品開発やそれに伴う工場の変更が小さいので、迅速に市場導入できます。ブランドによっては、ベネフィット訴求に使っていない製品機能を備えていることがありますが、今回の「除菌」もアリエールの現行製品に副次的に備わっている機能でした。ブランドの埋蔵資源ともいえる除菌を掘り起こし、コマーシャルイノベーションの起点としたのです。

32人中31人が除菌に「ノー」

初回のFGI(フォーカスグループインタビュー)は惨憺たるものでした。当時は1回のインタビューに8人の被験者を招き、アリエールユーザーやアタックユーザーなどに分けられた4グループ、32人の消費者が「除菌」のコンセプトボードを評価しました。そして、「除菌」に購入意向を示したのは1人だけで、31人はいらないと答えました。

その1人は「除菌好き」な方で、手洗いせっけんをはじめ洗浄剤は除菌・殺菌系を選んでいました。彼女にとって除菌ができる洗濯洗剤は待ち望んだ商品でしたが、そうした層の出現率は低く、失った8%分のシェアにはまるで足りません。残りの31人は、「除菌よりも安い方がいい」とか「アタックが好きだから使い続ける」とのことでした。

平時なら、このアイデアを即座に放棄するのに十分な調査結果です。教科書的には「質的調査」であるFGIで量的な判断をすべきではありません。とはいえ32人中の31人が「いらない」と即断したアイデアは、普通は生き延びることはなく、すぐに次のアイデア会議が招集されます。ところが今回はそうなりませんでした。すでにアイデア会議はやり尽くしたあとで、再開しても出てくるのはため息くらいだと分かっていたからです。そもそも切羽詰まった緊急事態で、スケジュールにも余裕はないのです。

アイデア段階にもどる選択肢がないなら、除菌で突破するしかありません。常識的にはすでに行き止まりですが、「もしも突破できるのだとしたら、どのような状況があり得るか」、最後のグループの話を聞きながら考えていました。こうした場面では、ついつい除菌そのものをいかに魅力的に語るか、に執着しがちですが、それでダメだったのですから違うことを考えなくてはなりません。「除菌」を魅力的に語るのではなく、除菌が魅力的にみえる「状況」を見つければいいと気づきました。

そして、惨めな結果に終わりつつある最後のグループに追加質問をお願いしたのです。生まれたての除菌アイデアには、飛び立つ羽がついていないのか、それともまだ羽化したてで羽が乾いていないだけなのか、確かめる質問です。

除菌に望みを託す最後の質問

「ここに2枚の肌着があります。同じメーカーの同じ種類の肌着です。左の肌着には1㎠あたり10万個の菌がついています。特に体にはなんの害もありません。右の肌着には1㎠あたり1万個の菌がついています。こちらも健康にはなんの害もありません。どこにでも普通にいる菌です。さて、ご家族にはどちらの肌着を着せたいですか?」その場でつくった質問なので、1㎠あたりに本当に10万個なのか、1万個なのか実際のところは分かりません。洗濯物と「除菌」の関係や、その可能性を探るための質問です。

興味深いことが起きました。それまでいらないと言っていた最後のグループの8人のほとんどが意見を変えたのです。この菌は健康にはなんの悪影響もないし、右の肌着にも1㎠あたり1万個もついているのに、それでも右がいい、と言うのです。どちらでもいい、ではなく、右がいい。普遍的な選好を示唆しているように思われました。菌は少ない方がいいのです。

除菌をそのまま訴求しても響きませんが「除菌でも突破できるかもしれない」と確信できました。「母親としては、菌は少ないほうがいい」という「子供の下着や運動着を一番白く」で想定された「母親」の自我が垣間見えた気がしました。どうせ似たようなものなら一円でも安く買いたいという「購入者」として質問に答えていた彼女たちは、家族の肌着と菌の話で瞬時に「母親」として答えたのかもしれません。回答が翻ったのは、状況の説明で自我が転換したからだと解釈すれば理にかなっています。それまで「除菌」はただの機能でしたが、この瞬間にベネフィットが見えました。除菌の機能があることで、彼女たちは母親として、子供たちの下着を洗うのに最適な洗剤を選べると感じたのです。

(第3回へ続く)

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音部大輔(おとべ・だいすけ)
株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役

17年間の日米P&Gを経て、欧州系消費財メーカーや資生堂などで、マーケティング組織強化やビジネスの回復・伸長を、マーケティング担当副社長やCMOとして主導。2018年より独立し、現職。消費財や化粧品をはじめ、輸送機器、家電、放送局、電力、D2C、医薬品、IP、BtoBなど、国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略を支援。博士(経営学・神戸大学)。
著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)。