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寝たきりでも働ける分身ロボット 孤独にならない未来のデザイン

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2021年度のグッドデザイン大賞に、オリィ研究所による分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」、分身ロボット「OriHime」が選出された。障害や病気を抱える就労希望者と社会をつなぐ実験的なプロジェクトであり、デザインの価値を新たにした点が評価された。

ロボットのためのカフェにはしない

(左から)オリィ研究所 代表取締役CEO 吉藤オリィ氏、自走型分身ロボット「OriHime-D」(パイロット:ちいさん)、オリィ研究所 分身ロボットカフェ事業部 マネージャー 鈴木メイザ氏、オヤマツデザインスタジオ 代表取締役 デザイナー 親松実氏。

オリィ研究所は「人類の孤独を解消する」というミッションを掲げ、2012年に設立した研究開発機関だ。目指しているのは、孤独の要因となる移動・対話・役割などの問題をテクノロジーで解決し、社会に参加できる世界をつくること。病気で寝たきりになった人や不登校、引きこもりなど、さまざまな理由で孤独になっている人が社会で働けるように、分身ロボットをはじめ、働く場所や仕組みを開発・提供している。

2018年からは、4回にわたって分身ロボット「OriHime」と自走型分身ロボット「OriHime-D」が働く期間限定のカフェを開催。実験と仮説・検証を経て2021年6月、東京・日本橋に常設実験店として「分身ロボットカフェ DAWN ver. β」をオープンした。

東京・日本橋にある分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」。

店内は入り口から奥まで見渡せる、開放的な空間だ。バリアフリーの広々とした店内で、人とOriHimeが連携しながら働いている。オヤマツデザインスタジオの親松実氏が、空間の設計とインテリアデザインを担当した。

「目指したのは、ロボットのためのカフェにしないこと。居心地のいいカフェにたまたまロボットが働いていた、と思えるような場所にしようと考えました。SF映画のように近未来的な空間ではなく、自然をイメージするグリーンやブラウンを基調としています」(親松氏)。間接照明を多く取り入れ、家具のデザインも手がけた。

OriHimeとOriHime-Dを遠隔操作する「パイロット」と呼ばれるスタッフは、現在約70名。常時、10名ほどのパイロットが、自宅や病院にいながら接客をしている。各席に設置されたOriHimeがオーダーをとり、OriHime-Dがドリンクなどの配膳を担当する。カフェで働くOriHimeと会話をしていると、ロボットではなく、遠隔操作している「人」を感じるようになる。その理由は、“揺らぎのあるデザイン”にある。

「OriHime-D」による接客。ドリンクなどの配膳も。

オリィ研究所 代表取締役CEO 吉藤オリィ氏は「最も意識したのは、不気味さとかわいさの均衡を保つこと。あまりにかわいすぎる見た目だと、中年の男性の声が聞こえてきたらびっくりしますよね。その違和感をなくすためにも、あえてイメージを限定しないデザインにしました」と話す。

オリィ研究所が手がけるプロジェクトの特徴は、吉藤氏の強い思いに共感し賛同する人たちの応援によって成り立っていることだ。OriHimeは、吉藤氏自身の引きこもりの経験から生じた「自分の分身がいたらいいのに」という思いが開発のベースにある。分身ロボットカフェの構想は、OriHimeの初代パイロットで吉藤氏の秘書兼広報として働いていた番田雄太さんとの妄想から始まった。

番田さんは、4 歳のときに頸髄を損傷し、20年以上寝たきりの生活を送っていたが、2014年からオリィ研究所で働き、Ori-Himeで毎日出勤していた。「自分と同じような境遇でも働ける可能性がある」と、自らの経験を発信していたが、ある特別支援学校に通う子どもを持つ親から「それは、番田さんだからできること。うちの子どもは番田さんのような根性もないし、オリィ研究所のような会社と巡り会うこともないから無理」と言われたそうだ。

吉藤氏は、こう振り返る。「そのとき、たしかにそうかもしれないと思いました。いきなり、秘書や広報のような仕事ができる人は珍しい。一般的に仕事の下積みといえば、荷物を運んだり配膳したり、簡単な肉体労働ですよね。必要なのは、肉体労働ができるテレワークだと気付き、私が料理をして、番田がウェイターをするという妄想で盛り上がりました」。

2016年3月から分身ロボットカフェの実現に向けて動き出したが、実現を待たず、番田さんは2017年秋に28歳で永眠。「くじけそうになりましたが、多くの方のサポートのおかげで、2018年から再始動しました」(吉藤氏)。


寝たきりの未来は他人ごとではない

2018年11月に開催した第1回の分身ロボットカフェのオープン初日には、40社以上の報道関係者が集まり、さまざまなメディアで紹介された。さらに2020年3月にはカフェの常設のためにクラウドファンディングを実施。1カ月間で、目標の400%を超える4458万7000円の支援が集まった。

多くの賛同を得ることができるのは、カフェで分身ロボットを活用する理由が、経済的な効率を高めるといった「儲け」のためではないからだ。「私たちの目的は、ロボットをつくることではなく、たとえ寝たきりになっても、仲間と一緒に働ける未来をつくること」と吉藤氏。

取材当日、接客してくれた「OriHime-D」。パイロットは、「カーリー」こと五十嵐裕由さん。四肢麻痺の障害があり、車椅子で生活しつつ半年前からカフェで働く。

寝たきりになる可能性は、誰にでもある。ただ、頭ではわかっているものの、できれば考えたくないことでもある。そんな目を背けたい未来と、オリィ研究所は真正面から向き合っている。同社 分身ロボットカフェ事業部 マネージャーの鈴木メイザ氏は「自分たちの未来のことなので、活動内容を知ると、それまで他人ごとだった寝たきりという状況が自分ごとになるんです。私もそのひとりでした」と話す。

「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は実験店舗でもあり、パイロットの声も活かしながら運営方法やサービス、ロボットの機能などを日々アップデートしている。

カフェではロボットが接客しつつコーヒーを淹れてくれる「テレバリスタ」の実演も。

オリィ研究所ではカフェ以外にも、分身ロボットを活用して就労する仕組みや人材紹介サービスなども構築。OriHimeを導入したい企業にコンサルティングも行っており、既に大手企業の受付業務や飲食店での接客など多数の実績がある。「OriHimeを導入する企業が増えれば、自ずとパイロットが活躍できる場も広がります。寝たきりの人を雇える社会になるように、これからもみんなで研究していきます」と吉藤氏は話す。