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コラム

競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」

95%勝てるコンペでなぜ負けた? 押さえるべきは3つの「決定」

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このコラムでは、競合を勝ち抜くための「もう片方のスキル」と題し、コンペで安定した結果を残すためのスキルをシェアします。第1回第2回では、コンペのお題に直接答えるための「キラースキル」もさることながら、勝つ環境を整えるための「アシストスキル」が勝敗を左右するという話をしました。第3回の今回は、コンペ業務の初期段階において特に重要なアシストスキルについて解説します。

【クイズ】勝てるはずのコンペを取りこぼした話

これは実際に私が経験したコンペの話です。企業名は伏せますが、このケースを読んで、A社が犯したミスは何だったのか、少し想像してみてください。

国内大手外食チェーンの競合のお話。人口減少する日本において、今までのやり方では立ち行かなくなる危機感を抱いている。そこで社長は、抜本的なマーケティング/デジタル構造改革を打ち出す。その目玉として、外部から新たにCMOを招き入れた。新CMOは華々しいキャリアを築いてきた敏腕マーケッター。経営やマーケティングに造詣が深く、生え抜きの社員からも一目置かれる存在に。

新CMOは就任早々、年間パートナー代理店選定コンペを実施。CMO自らオリエンをした。代理店A社はコネクションがあったので、コンペの意思決定者がCMOであると把握済み。そのCMOに徹底的に向き合う方針を決め、彼からコンペの評価基準を事前にこっそりヒアリング。評価基準上、重要度の高い戦略やデジタル対応の仕組み、クリエイティブチーム体制などを手厚く提案。ところがコンペの結果は、ノーマークだった別の新規代理店の勝利。

【答え】意思決定方法を読み違えた

クライアント社内での意思決定プロセスと、CMOの社内の立ち振舞いに読み違いがあった。提案後、CMOはワンマンで意思決定せず、各代理店の企画書を社内の若手社員に見せて回り意見を聞いた。そのため、A社が力を入れた(=評価基準上重要だった)戦略やデジタル、体制などの小難しいパートは、日頃提案を受け慣れていない若手社員にはほとんど理解できなかった。

一方、わかりやすいタレント入りのテレビCM企画は、若手社員にも理解しやすいものだった。結果、その企画を提案した他の代理店に票が集まってしまい、CMOはそれを覆せなかった。

決めて終わりではない決定者

これは、95%勝てると言われていた案件です。自分たちだけが評価基準を知っているコンペは、ほとんど解答を知っているテストのようなものですが、それでも負けました。コンペにおいてクライアントの「決定者」はとても重要な登場人物ですが、決定者の仕事は、決めて終わりではない。そこに気づけなかったのが敗因です。

決定した後もずっと、業務も社内の人間関係も続きます。だからこそ、いかに敏腕CMOといえど、人間関係や立場が気になるのは必然です。コンペでは「決定者」でも、その後は「実務執行の責任者」という事実が、我々には見えていなかった。深く反省した事例です。

「意思決定方法」によって対策が変わる

コンペが勝ち負けを決めるものである以上、そこには意思決定方法が存在します。そして、どんな意思決定方法かによって、対策が変わります。なぜなら、意思決定者がどんなに思慮深く、フラットに検討した上で決定することを望んでいても、採用する意思決定方法によって、何らかのバイアスを受けてしまうのは避けられないからです。しかも、複雑高度化する提案を受けると、人には脳や心の負荷を軽減しようとする作用が働くので、なおのことバイアスの影響を強く受けることになります。意思決定方法の種類と、それぞれの対策を知ることで、勝つ環境を整えましょう。

意思決定にバイアスはつきもの

●採点制

事前に採点基準(項目と配点)を明確に示してもらいましょう。たまに、なぜか採点基準を公表しないクライアントもいるのですが、双方にとってデメリットしかありません。当たり前ですが、採点基準の項目を全て満たしている提案構成になっているかが、重要なチェックポイントです。最後につけるサマリーも、採点項目ごとにまとめられるとベストです。

また「減点型」か「加点型」かの見極めも重要です。多くの日本企業は、最初から完璧を目指すモノづくりで成長してきたため、何事にも「減点型」の思考法が染み付いています。「リスクがある」「前例がない」「保証がない」といった理由で減点するクライアントの場合は、リスクヘッジをしていることをしっかりアピールしましょう。一方「面白い」「やってみたい」「初めての試み」といった「加点型」の思考をする企業の場合は、思い切った提案をして、いかにそれが前例のないチャレンジであるかをアピールすると良いでしょう。

●投票制

投票権のあるメンバー、票数の重み、投票のタイミング、形式を確認しましょう。投票権のあるメンバーが、プレゼンに出席しない場合もあります。その時は、企画書がクライアント内で一人歩きしても大丈夫なように、簡潔なサマリーをつけるのが効果的です。プレゼンから時間が経ってから投票する場合は、直前にもう一度リマインドの連絡を入れる。ビジュアルや映像を見ながらの投票であれば、それをしっかり作りこむなど、できる対策はたくさんあります。

●多数決・合議制

一般的に、大人数で決める場合は、標準的で失点の少ない案が採用されやすく、賛否のある案は通りにくいと言われます。「デフォルト効果」「現状維持バイアス」など、現状から大きく変えたがらない心理効果が働きます。でも、だからといって、賛否がないように角を取った、いわゆる「置きに行く提案」をすべきだとは思いません。それは目先の勝利だけを追い求めているにすぎず、本質的にクライアントの課題を解決する、良いコンペとは言えないからです。参加社にできることは、多くの票を集めるために「とにかくわかりやすく提案する」ことに尽きます。なぜ「わかりやすい」ことが重要なのかについては、少し面白い話があるので、次回以降に解説します。

●案を選定後、調査で決定

複数社から受けた提案の中から、例えば5案に絞り、調査にかけて高スコアのものに決定する方式もあります。その場合は当然、その5案に入らないと始まりません。クライアントは、似たような案を調査にかけるのは無駄と考えるので、タイプの違う案を選定しようとします。そうなると、提案する案の幅(質の違い)をどう作るかが大事になります。その幅の中で、確実に1議席を獲りに行くのか、全議席を占領するのかは、作戦によって判断が別れるところです。

●上申後に幹部決定

提案を受け取った担当者が、各社の提案を取りまとめ、クライアント社内で上申し、幹部会で決定する。この方式が厄介なのは、決定者に直接プレゼンできない点です。プレゼンターのしゃべりで魅了するプレゼンは、その場では効果的ですが、クライアント担当者が社内で再現できません。実際に「企画は良いのだが、どう上申したら良いかわからない」と言われた経験もあります。その場合、参加社にできることは、誰でも簡潔に説明できる「上申しやすい資料をつくる」ことに尽きます。

またこの場合、複数案提案が必ずしも良くない場合もあります。現場担当者は「自身の負担が軽い」ことを重視する傾向があるからです。「現場ではどの案が良いか決められないので、幹部会に上げられない」と、トンデモナイことを言われた経験もあります。そんな理由で良い提案を蹴られたら、たまったものではありません。でもこれが現場のリアルです。多すぎる選択肢は、時に人を疲れさせるもの。その時はいっそのこと、強く簡潔なロジックの1案提案に絞りましょう。いずれにしろ「上申する人の負担を減らす」という観点が大事です。

●(隠れ)ワンマン

本当の意味でのワンマン決定は、最近ではほとんど見られなくなりましたが、「隠れワンマン」はまだまだ多い印象です。隠れワンマンとは、合議制で周囲の意見を聞いているようでありながら、実際は「声の大きい人」の意見が通るような決定方法です。その場合に重要なのは、とにかく意思決定者の見極めを誤らないことです。意思決定者と言っても、様々なタイプがあります。最終的に決定する人(社長など)、実質的なキーマン(この人が決めたら、あとは承認を得るだけ)、ご意見番(社内で声が大きい人)など。そしてより重要なのは、その意思決定者の「ハンマー」を知ることです。

「意思決定者」の「ハンマー」を知る

意思決定者の「ハンマー」とは、その人の得意領域や思考モデルのことです。戦略プランナーの鈴木なら「戦略的思考(要は左脳的な判断)」、経営者なら「経営的判断(要は儲かるか)」、マーケティング担当者なら、その時期に傾注している「マーケティング理論」があるはずです。そこを掴むと、プレゼンの話法が変わります。相手にとって理解しやすい話法を見つけるために、相手の持つハンマーの見極めが重要なのです。

映像やグラフィックなどの「右脳」が重要な提案物であっても、相手のハンマーが「左脳」なのであれば、左脳的な説明を試みないといけません。提案する映像やグラフィックがいかに優れているか、なぜその表現でなければいけないのかを、ロジカルに説明する。かなり高度なプレゼンですが、優秀なクリエイターは、相手によってそのような説明も使い分けることができます。

誤解なきよう申し上げたいのですが、決して、意思決定者の好みに「当てに行く提案」をすべきだ、ということではありません。先ほどの「置きに行く提案」と同様に、本質的なクライアント課題の解決には繋がらないからです。もちろん、相手好みの案を出すことで勝率が上がるのは、経験上、間違いありません。しかしそれは、スキルと呼ぶにはあまりに再現性がありません。「好みを知り当てに行く」のではなく「ハンマーを知り説明の話法を変える」とご理解ください。

余談ですが、この話は「If all you have is a hammer, everything looks like a nail」という諺から来ています。「ハンマーを持つと、何もかもが釘に見える」あるいは「子供にトンカチを持たせると、何でも釘に見える」と訳されることもありますが、人は自分の得意な領域の思考モデルで、全てを判断しがちな面があります。クライアントにとって、畑違いの領域について判断しなければならないのがコンペです。畑違いだからこそ外注するわけですから。意思決定者が振るうハンマーを知ることは、相手の立場に立つプレゼンの第一歩です。

相手の持つハンマーの見極めが大事

「プレゼンオーナー」の決定と宣言

ここまでは、クライアント側の「意思決定方法」と「意思決定者(のハンマー)」が重要というお話でした。最後にもうひとつ重要なのは「社内の決定者」を決め、それをチームに周知することです。

あなたの会社では「プレゼンオーナー」という制度は浸透していますか? プレゼンオーナーとは、社内のコンペ仕事の番頭であり、全ての最終決定者。つまり、全情報を把握し、提案内容と勝敗に責任を負う人物のことです。もちろんチームで喧々諤々の議論はしますが、最終的にはプレゼンオーナーの意思決定に全員が従います。決して、プレゼンの前日に出てきて引っ掻き回す、営業の偉い人や、直属の上長ではありません。大事なことは、権限と責任を持つ人物をはっきりさせ、それをチームに宣言すること。慣習的には営業のリーダーが務めることが多いですが、経験豊富なスタッフでも良いでしょう。

ではなぜ、プレゼンオーナーが重要なのでしょうか? それは、コンペは意思決定の連続だからです。そして昨今のコンペでは、意思決定領域が複雑高度化しています。

コンペは意思決定の連続

「コンペの難しさ」をひと言でまとめるなら「限られた時間の中で、数多くの意思決定をせねばならない」ことだというのが、私の意見です。とにかく時間がない。そして、判断に必要な情報が手に入らない。実際問題、意思決定に必要な情報が完璧に集まるなんてことは、ほぼあり得ません。クライアントに質問しても、全部答えてもらえない。調査をしたくても、コストの問題でできない。そんなことはしょっちゅうです。でも、プレゼン当日はやってくる。

もし、時間も情報も潤沢にあるのなら、しっかり調べて、喧々諤々議論して、じっくり判断することも可能です。通常業務なら、締め切りを延期もできるでしょう。それと比べると、コンペはかなり特殊な環境にあると言えます。

コンペの意思決定領域は多岐に渡ります。時に、自分の職域を超えた判断が必要になるものです。だからこそ、全情報を把握し、提案内容と勝敗に責任を負う人物「プレゼンオーナー」がいないと、チームは勝利へと向かっていけないのです。落とし穴(負ける理由)を回避しながら、力強くチームをゴール(勝利)へと引っ張って行ける。安定して勝てるチームには、必ずそういう人物がいるものです。

落とし穴を回避できる強いリーダーが必要だ

いかがでしたでしょうか?
クライアントの「意思決定方法」と「意思決定者(のハンマー)」、そして「社内の決定者」。すなわち3つの「決定」を確認して、勝つ環境を整えましょう、というお話でした。

第4回(6月28日掲載)では「会議」をテーマにしたアシストスキルについてお話しします。