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『silent』はなぜ多くの視聴者に語られる作品になったのか? 村瀬健プロデューサーに聞くコンテンツ企画とSNS戦略

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情報、メディア、コミュニケーション、ジャーナリズムについて学びたい人たちのために、主に学部レベルの教育を2年間にわたって行う教育組織である、東京大学大学院情報学環教育部。月刊『宣伝会議』編集長の谷口優が同部で講義を担当していることから、受講する学生の皆さんと編集コンテンツの企画から制作までを実地でチャレンジ。

今回は教育部の研究生たちが、昨秋から放映され、人気となったフジテレビの『silent』の村瀬健プロデューサーに取材。地上波テレビ以外にも、ドラマコンテンツを楽しむ機会が増える中、改めて村瀬プロデューサーにテレビドラマの戦い方を聞きます。

※本記事執筆は櫻井恵が、取材は櫻井、安藤翔一、福井桃子が担当しました。

村瀬健プロデューサー。

2022年秋からフジテレビ系列で放送された『silent』はTVerで歴代最高視聴数、放映時にはTwitterで毎週のように世界トレンド1位を記録するなど、大きな注目を集めました。『silent』は主人公の紬(川口春奈)が、高校時代の恋人・想(目黒蓮)と8年の時を経て偶然の再会をはたすものの、彼はほとんど聴力を失っていたというところから始まり、現実と向き合いながらも乗り越えていく姿を描いた完全オリジナルのラブストーリーです。若年層を中心に「泣ける」「感情移入する」との評価を受け、多くのファンに支持されました。
放送が終了した今でも、ロスになっている人が多い印象を受けます。居酒屋の無線でドラマの主題歌が流れれば、周りからドラマの話題が聞こえてきたり、ロケ地となったカフェは今でも人気です。

昨今、NetflixやAmazon Primeをはじめとするサブスクリプションコンテンツの台頭により、ドラマコンテンツを楽しむ際の選択肢が増え、各プレイヤー間で視聴時間の奪い合いが起きています。それゆえ地上波のテレビドラマは以前より、ヒットのハードルが上がっているのではないでしょうか。

そうした状況の中で、なぜ、『silent』がここまで大きな注目を集めたのか? また、令和の時代におけるテレビドラマのヒットを生み出す鍵はどこにあるのか?これからのテレビドラマのあり方のヒントを探るために、『silent』のプロデューサーの村瀬健さんに話を聞きました。

最初から「視聴率」だけでなく、「見逃し配信」も意識していた

—すばり、『silent』がヒットした理由をどう分析していますか。

村瀬:ヒットの要因は、3つあると考えています。
ひとつが、タイミング的に『silent』のようなしっとりしたラブストーリーが求められていたということです。「silent」の次のクールである今期は他局でもしっとりラブストーリー系のドラマが増えていますよね。これは「ラブストーリー系のドラマが求められている」と、僕だけじゃなく、何人もの制作者が察知していたということなのだと思います。その中で、一歩先んじて形にできたがことが、ヒットにつながったのかな、と。

僕が一歩早く『silent』を世に出せた理由には、たまたまある枠がいろんな事情で空いた…という局内の事情があったのですが、いずれにしても、今、こういうラブストーリーをみんな見たいと思ってるんじゃないかな、という勘が当たったのは間違いないと思います。

2つ目の要因は、タイパが重視される時代だからこそ、あえて逆を狙って人の心の変化を丁寧に描く戦略に打って出る戦略が功を奏したことです。

僕は2005年ぐらいから連続ドラマをつくり続けてきたのですが、今から6年前に映画制作部に異動になりまして。そして一昨年、ドラマの世界に戻ってきて、その一発目が『silent』だったんです。

映画と違って、連ドラは人の心を11時間かけて丁寧に描けますよね? 映画ではそれを描けないというわけではないのだけど、でも映画の尺は長くても2時間くらい。せっかく久しぶりに連ドラをつくるなら、人の心を丁寧に描きたいと考えたんです。
最近、そういうつくり方をしているドラマは少なくて、皆が怖がって挑戦しないのであれば、逆にチャンスがあるんじゃないかな、と。これが当たりました。

そして3つ目の要因は、若い世代にスマホやPCでも楽しんでもらえるように考えたこと。
もちろん視聴率は取りたいし、地上波でリアルタイムで視聴してもらうことは大事なんですけど、今回はFODやTVerなどのOTTサービスでの再生回数も重視しようと思いました。
なぜなら、スマホって意外とドラマをじっくり見てもらえて、没入感も感じてもらえるって気づいたから。これはNetflixやAmazon Primeとかと向き合い始めて感覚として変わったことかな、と思います。

つまり、スマホで見ることを武器にできるドラマをつくる。そこで、没入感を持ってドラマを楽しんでもらえたら、若い子たちがもう1回テレビドラマに戻ってきてくれるんじゃないかという狙いがあったんです。

この3点は僕が狙ってやったことだったので、次のクールのドラマが始まるまではネタばらしだから言いたくなかったんですよ。なので、いま初めて言いました(笑)

—紬(川口春奈)が湊斗(鈴鹿央士)との関係に区切りをつける決断をする直前に聴いていた音楽がスピッツの「みなと」だったこと、別れた湊斗の家からタンポポの綿毛のヘアピンが出てきますが、「別れ」の花言葉を意味していたことなど、演出ではディテールにもこだわっていたなと感じます。これもスマホ視聴時の没入感を狙ったということでしょうか。

村瀬:スマホでも見てもらおうと思ったからと言って演出上、大きく変えたことはないです。なぜなら、皆は大スクリーン用に作った映画をスマホで見ているわけで、わざわざサイズを適応させる必要はないという感覚があったからです。

ただ、スマホで見られるサイズでよいと思っていた節もありました。例えばLINEでやりとりするシーン、テレビだとスマホの画面の文字がわりあい小さかったのですが、「スマホなら見えるな」というように。僕もテレビで見たときに、「文字が読めない…」ってなりました(笑)そこは、途中から改善していきました。

取材中の風景。取材は福井桃子さん、櫻井恵さん、安藤翔一さんの3名で行った。

SNS上の感想はすべてに目を通し、リアルタイムに企画に反映

—ドラマが放送されるたびに、作品の考察がSNS上で多く語られているのが印象的でした。それも戦略のひとつとして考えられていたことなのでしょうか。

村瀬:いやいや、あれは全く考えてなかったです(笑)
見逃し配信でも、見てもらいたいとは言いましたが、やっぱり連続ドラマの魅力といえばリアルタイム感があること。映画は撮影してからかなり時間を経て公開されるけれど、テレビドラマだけはその気になれば今週、撮って来週放送することもできる。特に僕のドラマは、締切ギリギリまで粘るので…今日撮ったものが明後日、流れる、なんていうこともあります。

それだけに、ネット上で話題になったことをすぐにコンテンツに反映できるという強みがありますし、皆さんの評判が僕らを動かすことは大いにあります。実際、皆さんのSNSの声を僕は全部読んでいますよ。正直、傷つく発言もいっぱいあります(笑)
でも、僕はそれも含めて全部読んで、生かしています。

―視聴者の反応を取り入れた部分は具体的にはどこですか。

村瀬:例えば、1話ではみんな湊斗(鈴鹿央士)のことをあんまり好きではないだろうなって思っていました。ドラマのポスターでは、紬(川口春奈)と想(目黒連)がバックハグしていましたから。どうせ二人を邪魔する存在なんでしょって思ってるだろうなと。
でも回数を重ねるうちに、湊斗のことが好きになったんじゃないですか? 湊斗はただの当て馬じゃない、と。これは、ちょっと狙っていました。
皆さんが湊斗に感情移入してくれていると感じたので、5話では湊斗と紬の別れ話だけを1話かけて描きました。この話に1時間もかけられたのは、こうした流れがあったからでした。

テレビドラマを見ているときは、Withスマホの前提に立っている

—私はSNS上の戦略も『silent』の特長だったと感じています。最近の地上波ドラマでも、TwitterやInstagramの公式アカウントを通じて、オフショットや予告動画を投稿していることは多いと思いですが、『silent』の場合、未公開シーンやテレビとは違う角度から見たワンシーン、キャストさん同士の会話のやり取りまで公開されていて、そこに新しさを感じていました。そのあたりはどういう意識で設計されていたのでしょうか。

村瀬:前提として、『silent』が放送されていた木曜10時のドラマはちょっと大人の女性がメインターゲットの枠です。ですから、大人の女性も楽しめるように、僕の経験値で連続ドラマに一番パワーがあった頃のラブストーリーを彷彿させる内容を意識しています。

ですが同時に、スマホで見逃し視聴されることも意識していたとお話したように、若い世代にも見てもらえる内容を心掛けました。
それでは、どうしたら若い世代がテレビドラマを見てくれるようになるのか。そこで注目したのがSNSです。以前は、連ドラの放送中に皆が感想をツイートしているのを見ると、「今は大事なセリフを言っているところだから、ツイートしないでテレビを見てほしい!」と思っていました。でも、僕もTwitterを始めてからTwitterを見ながらドラマも両方見ていることに気づいたのです。

そこから、テレビドラマを見ているときは「Withスマホ」だという前提に立ってつくるようになりました。放送中にSNSでメイキングを流すことに決めたのは、こうした考えが背景にあったからです。

放送の合間を埋めるSNS、ネットニュースでの話題を狙う

—地上波の連続ドラマは次の放送まで1週間ありますが、『silent』のSNS公式アカウントではその隙間を埋めるように、ほぼ毎日投稿されていたと思います。どのような意図があったのですか。

村瀬:皆さんは、朝起きて、最初に何をしますか? おそらくスマホを開いてニュースを見たり、SNSを確認したりしているのではないでしょうか。以前であれば、朝起きたらテレビをつけていたけれど、今は皆がスマホを開く。なので、SNSでバズれば、勝ちだと思っていたところがあって、いかにSNSで話題になるか、とかネットニュースに『silent』の話題が載るかを、意識していました。
なるべく、毎日投稿するようにしていたのは、放送直後だけでなく常に『silent』が話題になっている状況をつくろうと考えていたからです。

とはいえ、ここまでの反響をいただくとは正直、思っていませんでした。ときに僕のツイートが記事になることもありました。これは本当にびっくりしましたし、ありがたいことだと思っていました。

—ネットニュースの中でも印象的だったのは、サッカーワールドカップカタール大会の中継でドラマの放送が延期になってしまったときの村瀬さんのツイートでした。「サッカーともう一度向き合えるようになった想くんも見ているかなあ」というコメントに対して、LINEニュースで神対応だという見出しの記事を目にしました。視聴者の心を掴んでいるなと感じていました。

村瀬:そんなお洒落なことをやったつもりはなかったんですけど(笑)
自分は24時間ずっと、『silent』の世界の中にいる。そして、よく考えたらそのドラマの世界でもワールドカップはあるのかな、と思っての投稿でした。

取材・執筆を担当した櫻井恵さんは、『silent』に熱狂した一人。自分や周囲の人たちが、「silent」に夢中になる様子を見て、今回の取材を企画した。

ドラマの世界の「毎朝新聞」の常識を覆す 

—ドラマでは世田谷代田や渋谷のタワーレコードなどがロケ地として登場しましたが、そのあたりにとてもリアリティを感じていました。

村瀬:できる限り、“皆さんの世界”のなかで作品を描きたいと思っていました。ですから、リアリティにはすごくこだわっています。例えば、よくドラマの世界で「毎朝新聞」みたいな名称が使われるのですが、こういう架空の企業名などが出てくると、僕はいち視聴者として興ざめしてしまうなと思っていました。

そこで駅を使うにしても、架空の名称の駅だと、リアリティがないので、世田谷代田という実際の駅を使って、あの街を舞台にしてしまおう、と考えました。幸い、小田急電鉄さんにご協力をいただき、実現することができました。

他にもこだわっているところがあって、そのひとつがLINEです。皆さんが、普段ドラマを見ていて「LINEした」っていう会話は、滅多に聞かないのではないかと思います。これは、いろいろな事情があって、ドラマのなかに固有名詞は出しづらいからです。

でも昔は「電話した?」って言っていたのが、今の会話では「LINEした?」とか「LINEするね」が当たり前ですよね。そこで、リアリティを出すためにも、まず「LINEするね」という日常会話は絶対に入れたかった。そこで、僕は最初に企画をしたときに、LINEさんにお願いに行ったんです。

結果的にLINEさんの理解はもちろん、社内の広告営業の担当、そしてスポンサーの皆さんの理解があって実現することができました。

※後篇記事に続く
テレビドラマのヒットに新しい物差しを提示したい 『silent』村瀬健プロデューサーインタビュー