「まさか、コピーの改行で、ここまで世の話題に上がるとは…」と驚きを隠せないのは、アートディレクター 浜辺明弘氏。いまSNS上で大考察大会が開かれているサントリー「翠」のキャンペーンのアートディレクターだ。
「新しい文字組み」「すっきりしない改行」「違和感を出そうとしている?」…など、さまざまな声が飛び交い、その構図まで言及されているのが、翠の交通広告。SNSで注目を集めた件のグラフィックは、ドア横に掲出されているこちらである。
「翠」は2024年12月に、発売以来の大リニューアルを敢行。そこで、広告キャンペーンもこれまでの考え方を大きく変えて、2月22日から新シリーズのCMが始まった。舞台は変わらず居酒屋だが、登場するのは杉咲花さんが演じる看板店員と中島歩さん。2人のかけあいが、CMの見どころとなっている。
『新!翠っきりさわや香』篇
「新シリーズの登場感を大切に、杉咲さん演じる新キャラクターがみんなから愛されるような明るさ、愛嬌、そしてユニークな個性が出るように企画を考えました」(クリエイティブディレクター 権八成裕氏)
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今回展開しているグラフィックは、基本的に「お店の看板店員・杉咲さんが皆さんに翠をおススメしている」ビジュアル。これまでの翠のグラフィックの財産である翠ブルーを背景にしつつ、すっきり、さわやかでおいしそうなビジュアルを目指したという。
浜辺氏がまずデザインしたのは、横長のポスターだ。
「ポスターの天地が低い中で、『このすっきり、人生かわっちゃうかも。』というキャッチフレーズをなるべく大きく、きれいに扱いたい。そこで最初の1行『このすっきり、』部分を天地いっぱいに組めるようにし、さらにそれ以降の部分をきれいに組みたい」(浜辺氏)と思い、一番収まりよくきれいに組むことができたのが
「このすっきり、
人生かわっち
ゃうかも。」
という3行組みだった。
通常であれば、いささかイレギュラーとも思える文字組み。このコピーを書いた小山佳奈氏は、浜辺氏に改行を変える相談をしたという。浜辺氏はさまざまな改行どころを試した上で、「ち」の改行と「ゃ」の改行という2つのパターンで文字を組み、クリエイティブチームの打ち合わせで見せてくれた。
「2つのパターンを浜辺さんが見せてくれて、どちらにするか決断を迫られたとき、僕は即、『ち』の方がいいと答えました。小山さんも2つを比較した上で、『ち』の方が、杉咲さん演じる看板店員役のチャキチャキ感、押しの強さがあっていい、と。SCDの橋田和明さんも『ち』のほうがよりチャーミングだという意見で、僕も同感でした。
テクニカルな面でも『ち』の改行のほうがいい意味で変だし、ひっかかりがつくれそうだし、普通じゃなくていい。というか、そちらのほうが杉咲さん演じる看板店員役の元気で茶目っ気のあるところが引き立つので、感覚的に好きでした。
そしてクライアントへの提案前に再度、小山さんに『ああいう判断をしたけれど大丈夫?』と確認したところ、『そちらのほうがいいから大丈夫です』という返事をいただだきました」(権八氏)
クリエイティブチームで満場一致となった「ち」の改行のグラフィック案で、サントリーに提案。その狙いを伝えたところ、「『引っかかりがつくれるのはこちらですよね』と言っていただき、決断を一緒にすることができました」(権八氏)
そして、浜辺氏はこの3行組みのコピーを単にコピーとしてだけではなく、キャッチロゴ的にも使おうと考え、いくつかの媒体でもこの組み方でデザインしている。
これらのポスターが世に出るまで、クリエイティブチームでは数か月にわたり、とてつもない数のカンプ制作やコピーの開発、検証を繰り返してきた。一つひとつ細かいことでも丁寧に検証を重ねてきた成果への思わぬ反響に、チーム一同驚いているという。
浜辺氏は「デザイン的には、すっきりしたレイアウトをつくることができたと思っています。狙い通りの効果かと言われれば、SNSで話題になったことは我々の想像以上でした」と話す。
「いい意味での違和感や引っかかりをつくることは常に意識していますし、今回は杉咲さんのチャーミングさを出すことが本来の狙いではありましたが、それ以上の反響をいただけたことは純粋にありがたかったです。我々の提案を真剣に聞いてくれて、その狙いを決断してくれたサントリーさんの懐の深さがあったからこそ実現できたデザインです」(権八氏)
改行のデザインが注目されている翠の広告だが、実は他にもユニークなコピーが展開されている。
「『翠っきり、さわや香』『あたしのイチオ翠』など、他にも狙いを込めている表現もありますので、そちらにも注目していただけるとうれしいです。今後の翠の広告、ぜひご注目ください」(権八氏)
