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情緒×機能でつくる次世代のアイデア――イナモト・レイ(AKQA チーフ・クリエイティブ・オフィサー)

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ストーリーを語るだけでは人は動かなくなった

ただここで問題なのはコンシューマー、人間そのものの行動自体がテクノロジーに影響され変化しているということ。意識、行動が変わってきた人間に500年以上前に編み出された同じ方程式でコミュニケーションをすることは、僕は限界にきていると思う。

今この時代、広告で「ストーリー」を語るだけでは人は動かなくなってきている事実を我々は受け入れなければならない。

ここ十余年、本当に人々の心を動かし、惹き付けてきたものを考えると、広告業界外のものが圧倒的に多い。

最初は、10年以上前に登場したヤフーとネットスケープ。そしてグーグル、ユーチューブへと続く。フレンドスターが勢いを失ったのと時を同じくして、フェイスブックが現れた。その2年後、ツイッターは140文字のつぶやきを世界に広めた。さらに2010年はグルーポンが席巻し、Instagram(インスタグラム)はたった4人のスタッフながら、わずか8カ月ほどの間に世界中で500万人以上のユーザーを獲得した。そして今夏、Google+(グーグルプラス)が3週間で2000万人のユーザーに達するということも起きている。
これらにはある共通点がある。「広告していない」ということだ。

つまり広告の「広く告知する」という役割がもはや必要なくなっている事実を無視することはできない。

「ストーリー」「物を語る」という行動は人間という動物が持っている独特な能力であり、また相手の「感情」を引き出すことのできる方法でもある。ただ21世紀のコンシューマーはストーリーを一方的に伝えられても余りにその数が膨大すぎ、ストーリーに対する感覚が麻痺してしまっているだろう。

アイデアが進化する最大のチャンス

そしてグーグルやフェイスブック、ツイッターやインスタグラムを見てみると、もう一つの共通点がある。それはブランドのストーリーを伝えることに必ずしもこだわっていないということだ。そうではなく、コンシューマー一人一人が自分のストーリーを共有できる「場所」になっている。ブランドが話を「語る」ことから「可能にする」ことに変わっているのだ。

広告会社の言葉で言い換えよう。20世紀のコピーライター(日本の場合はCMプランナー)は映画の脚本を隠し持っていた。しかし、21世紀のクリエイティブは、商品のアイデアを具現化させることまでが求められているのだ。

とは言うものの、全てが“Functional(機能的)”になることがいいと思っているわけでもない。人間の意思決定とは情緒的なものであり、人の心をつかむようなアイデアはやはり大切である。

「アイデアの進化」のヒントはそこにある。

“Emotional(情緒的)”なアイデアは人の心をつかみ、また話題性も高い。逆に“Functional(機能的)”なものは、人の生活に意義をもたらし役にも立つ。この二つの要素をアイデアに取り入れることができれば、コンシューマーに対しても意義があり面白みもあるモノになるはずだ。

したがって今世紀のアイデアの進化、次のフェーズは、「Idea=Emotion×Function(アイデア=情緒×機能)」である。

 

 

アイデアを実現するのは「情緒(Emotion)×機能(Function)」

 

 

テクノロジーの重要性が注目される時代に

最近の事例の中で、“emotional(情緒的)”でありながら“functional(機能的)”であったものとして、ハイネケンの「Star Player(スタープレイヤー)」が挙げられる(AKQAが手掛けた作品であることを、あらかじめ伝えておきたい)。

 

 

ハイネケンの「Star Player」。サッカーの試合をテレビ観戦している視聴者が、モバイルやフェイスブックアプリを使うことで試合により深く参加できるようにした。

 

 

これは、テレビでサッカーの試合を見ているファンが、「試合の中に入る」ことを可能にしたソフトウエアだ。もともと、70%以上の視聴者が自宅で中継を見ており、そしてその中の65%以上は、PCやモバイルなどの端末を触りながらテレビを見ていることが分かっていた。

そこで、「スタープレイヤー」はモバイルやフェイスブックアプリを通して、視聴者がこれから試合の中で何が起こるかを予想し、他のユーザーと考えを共有できるようにした。これにより、単に受動的にテレビを見るという体験を、より情緒的でソーシャルなものへと変えることに成功した。

ここで重要なのは、この作品は従来の一般的な「コピーライターとアートディレクター」という組み合わせから生まれたものではなく、「ストーリーを考える人とソフトウエア開発者」という新しいコンビネーションによって生み出されたものだということだ。

今後仕事をしていく中、「アイデアは何か?」を問うのは不可欠であるは言うまでもない。ただ「何が言いたいのか?何を伝えるのか?」にこだわり続けるのははっきり言って過去のやり方であり、これからのコンシューマーには適した手段ではないだろう。

いまだに広告業界の多くの人が、テクノロジーを単なる実行施策の一部や制作上のタスクとして見ており、戦略的な視点から見ることができていないように思われる。しかし、過去10年間に誕生した新興企業のように、テクノロジーをシンプルかつクリエイティブに活かすことができれば、21世紀の消費者の心をよりつかみやすくなるのではないだろうか。

「宣伝会議」9月1日号
【特集】「欧米にみるアイデア開発 テーマの整理と打ち出し方」より

Rei Inamoto(稲本零)

R/GA、Tronic Studioなどを経て、2004年10月、欧米大手デジタル・エージェンシーAKQAにグローバル・クリエイティブ・ディレクターとして入社。2008年から現職。2010年には日本人として初めてカンヌライオンズのチタニウム・インテグレーテッド部門の審査員に抜擢されるなど、「広告業界のイチロー」とも呼ばれる twitter:  @reiinamoto