簡易・環境アセスのススメ(1) 環境アセスメントはCSR

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東京工業大学総合理工学研究科長 原科幸彦

※本原稿は『人間会議』2011年冬号より転載しています。

日本のアセス法制化は遅れ、実施件数も極めて少ない。長年にわたるアセス軽視が福島原発事故につながったともいえる。アセスは規制ではなく、本来、事業者の自主的な環境配慮を促進するCSRのひとつである。日本では巨大事業だけをアセス対象としているため大変なものだとのイメージが強いが、世界では数か月で終了する簡易アセスが大半で、情報開と参加により事業を環境配慮の進んだ良いものにするという積極面が発揮されている。

異常に少ない日本のアセス

多くの人は知らないが、日本の環境アセスメントの実施件数は世界各国に比べ極端に少ない。沖縄の辺野古アセスなど、アセスのことは時々新聞やテレビで報道されるので意外と思われるかも知れないが、日本では、このような巨大で大きな環境影響が出そうなものしか、アセス対象としていない。

日本の実績は国と地方を合わせて、年間わずか70件ほどで、アメリカの推計7万件の1000分の1しかない。大規模事業しか対象としていないから時間も費用もかかり、問題も起きやすい。だから、アセスには負のイメージがつきまとう。しかし、本来のアセスは事業者の環境配慮のコミュニケーションを促進するもので、環境を良くしていくというプラスの効果がある。持続可能な社会を目指すなら、現行のアセスの理念を変えなければならない。

環境影響のおそれが少しでもあれば、まず、これをチェックしてみる。これが科学的なアプローチである。世界各国のアセスは簡単なアセスを広範に実施している。だから、中国のような大国では年間30万件を超えるアセスが実施されている。

環境影響評価法(以下、アセス法)は2011年4月に改正されたが、対象事業の範囲は風力発電施設が加わったくらいで、ほとんど拡大していない。だが、筆者は環境アセス本来の理念に立ち返り、対象事業の概念は大きく変える必要があると考える。対象事業の定義を変え、少なくとも年間数万件以上は対象とするような制度へ抜本的に変えるべきである。

まず、簡単にチェックする

環境アセスメントは通常の公害規制などとは違う政策手段である。環境保全の行動を誘導するために、情報公開を基本として参加を行い公衆の意見を聞き、それに応答する。アセスの手続きだけを決めて、環境保全行動の中身は主体の自主的な判断に任せる。

すなわち、企業の社会的責任を果たすCSR、あるいは、より一般的に言えば、組織の社会的責任を果たすSRである。アセスがCSR、ないし、SRだといわれてもピンと来ないかもしれない。だが、手続きを守る以外、行政から特段の指示はない。法で定められた環境規制を守るのは当然のことだから、それ以上どこまで環境配慮を行うかは個々の事業者の判断次第である。この自主的な取り組みを、社会に対して公表する。

だから、本来のアセスメントでは、規模要件で対象を限定したりはしない。人々が心配するのなら、まず、簡単にチェックしてみる。

規模が大きな事業は環境への影響は大きそうだが、小さければ大丈夫とは限らない。例えば、微生物を扱う研究は住宅程度の大きさの施設でも可能だが、影響が小さいとはいえない。逆に巨大な事業でも、環境への影響は少ない場合もあるかもしれない。すでに出来上がっている干拓地で農業を行う場合は広大な面積が必要だが、通常の方法で農業を行うのであれば他の地区での経験から大きな環境影響はないだろう。

従って、各国の制度では、まず簡単なチェックをして、詳しい調査をするかは、その結果を見て判断する。例えば、アメリカ連邦政府のNEPAアセスでは、まず簡便なアセス調査、EA(Environmental Assessment)を行う(図1)。その結果、問題がないと判断されれば、この段階でアセスは終了する。さらに検討が必要だと判断された場合だけ、日本のような詳細アセスが行われる。その結果、詳細アセスの実施件数は、年4万件ほどのNEPAアセスのうち、200~250件程度で全体の0.05%ほどにしかすぎない。すなわち、99.5%は簡易アセスで終わっている。

この2段階で進めるというところに大きな意味がある。先進諸国はいずれも類似の考え方である。誰が見ても明らかに環境影響がないものはアセス対象から外して良いが、少しでも環境影響の恐れがあると思われれば、まずチェックをしてみる。

対象事業の拡大

そこで、筆者の提案はアセス法であれば、国が何らかの形で関与する事業で明らかに環境影響のないと思われるもの以外は、まず簡易アセスを行うこととする。この結果に基づきスクリーニングをして詳細アセスを行うものを絞り込むという世界標準型の手順である。

簡易アセスの導入により、対象事業を拡大すると、日本のアセスの欠陥が相当程度、改善される。利点は、直接的には以下の2点がある。

まず、いわゆる「アセス逃れ」をなくすことができる。この「アセス逃れ」とは、詳細なアセスを逃れることである。対象事業を規模により定めれば、その規模下限に近い大きさの事業を計画する主体は、規模を若干小さくしてアセスを逃れる気持ちが生まれる。これは、経済的な観点からは合理的な対応とも言える。しかし、持続可能性の観点からは問題である。

そこで、単純に規模により判断するのではなく、まず簡易アセスを実施することで、簡単なチェックをすることから始めれば、「アセス逃れ」はできなくなる。逆に、きわめて大きな規模の事業であっても、充分な環境配慮がされていれば、3か月程度の簡易アセスだけで終了するから、事業者にとってのメリットは大きい。

さらに、もう一つ利点がある。幅広くアセスが行われれば、環境配慮の累積効果が生ずる。大気や水などの汚染物質の排出量の削減は、特定少数の事業だけで行っても環境改善上の効果は大きくない。だが、全ての開発行為で自主的な削減が行われれば、その累積効果は大きい。特に、気候変動対策としての温室効果ガスの削減は、簡易アセスにより毎年数万件もの事業で自主的に削減がなされれば、その累積的効果は絶大である。

アセスは情報公開を基礎とするため、企業努力が社会から正当に評価される。まさに、これこそCSRである。

アセスの拡大は日本を変える

環境計画・政策

そして、社会に与える効果が、少なくとも以下の4つは考えられる。

第1に、全国各地で何万件もの簡易アセスが行われることで、地域の環境情報の蓄積がされてゆく。同時に、これらの情報整備の公共的な価値が認識されるようになり、緑の国勢調査のような、国全体での環境情報の基盤整備も進む。これらの環境情報が蓄積されてゆくことで、さらに次の簡易アセスをやりやすくする。

第2に、アセス技術の発展が望める。例えば、大気環境や水環境のシミュレーションモデルは、費用もあまりかからない、より簡便なものが開発されるようになるであろう。現在は、極めて少ないアセス実施件数であるため、このような技術開発のインセンティブは生まれない。技術は様々なケースに遭遇することにより新しい工夫が生まれて進化する。技術発展に必要な経験の蓄積とデータの整備は適用事例が増えることより大幅に進む。いわゆるグリーンイノベーション、すなわち、環境分野での技術革新が行われ、これが産業構造を変えて行く。

第3に、簡易アセスであっても、それが毎年何万件も実施されるようになれば、アセス産業という環境産業の発展が望める。この経済効果は大きい。このことによる新たな雇用の創出は経済のグリーン化の一例である。調査や参加支援など、人手に頼る部分が多くなるアセスでは雇用創出力も大きい。例えば、アセス実施件数の多いアメリカでは、アセス分野は大きな産業となり、GISなどの技術開発も進展し、人材の育成も進んでいる。中国もアセス分野での産業の発展は著しい。

そして、第4に、社会的な影響がある。環境教育、環境学習上の効果が絶大である。現状では国民がアセスを経験するのは一生に一度、有るか無いかだが、件数が数百倍から千倍にもなればアセスの経験は一般的になる。そうすればアセスにも慣れ、その手続きもスムースに進むようになる。人々は日常的に身近な環境に目を配るようになり、環境配慮行動が進展する。官民の事業者も同じである。

このように、日本社会に環境配慮のハートウェアが形成され、環境配慮の姿勢が変わってくる。ハートウェアとは、ハードウェア、ソフトウェアとともに、社会を動かす3要素のひとつで、人々の具体行動につながる意識、意欲のことである(図1.1)。ハートウェアが形成されれば、社会全体が持続可能性を追及するようになる。

政府が環境立国を標榜し、持続可能な社会づくりを真に目指すのであれば、アセス制度の充実は緊急の課題である。我が国の異常に少ないアセス実施という状況を、早急に変えなければならない。

簡易アセスは時間も費用もあまりかからない、CSR感覚で行うものである。情報公開と参加の意識さえあれば良い。だが、このCSRは日本社会を新たな方向に導く大きな可能性を持っている。

はらしな・さちひこ
1946年静岡市生まれ。東京工業大学卒業、工学博士。環境庁国立公害研究所などを経て東京工業大学教授。社会工学が専門で、環境計画・政策の領域で参加と合意形成研究を中心に実施。放送大学で「環境アセスメント」等の講義を長年担当。国際影響評価学会(IAIA)で日本人初の会長、日本計画行政学会会長、国際協力機構(JICA)環境社会配慮異議申立審査役等を歴任。文部科学大臣表彰・科学技術賞、環境科学会・学会賞などを受賞。『環境アセスメントとは何か―対応から戦略へ』(岩波新書、2011年)のほか著書多数。
人間会議2011年冬号
『環境会議2012年春号』
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