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「石巻の漁師からモーニングコール」のPRアイデアが生まれるまで

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今年も、日本パブリックリレーションズ協会(PRSJ)が主催する「PRアワードグランプリ」の応募が始まった。PRアワードは、直近1年間に成果が上がったパブリックリレーションズ(PR)の活動事例を募集し、審査・表彰する国内唯一のアワードだ。

実はこのアワード、「企業・団体が実施または参加したコミュニケーション活動」という応募要件があるだけで、PR会社や企業・団体の広報部だけを対象とした閉じられたアワードではない。特に、ここ数年、広告を主戦場とするようなクリエイターからの応募も増えている。いわゆる広告クリエイターがPRアワードに応募する動機は、どこにあるのだろう。

2017年に漁師からモーニングコールがかかってくるという「FISHERMAN CALL」(クライアント:フィッシャーマン・ジャパン)でゴールドを受賞した電通のコピーライター・藤田卓也氏に、前年に続きPRアワードの審査委員長を務める嶋浩一郎氏(博報堂ケトル 代表取締役社長・共同CEO)が聞いた。

左から、PRアワード審査委員長の嶋浩一郎氏と、昨年のPRアワードでゴールドを受賞したコピーライターの藤田卓也氏

発想は『TVチャンピオン』から

嶋浩一郎 審査委員長(以下、嶋):藤田さんたちが昨年受賞したのは、社団法人フィッシャーマン・ジャパン(以下、FISHERMAN JAPAN)の「FISHERMAN CALL」というエントリーでしたね。

藤田卓也氏(以下、藤田):FISHERMAN JAPANは、宮城県石巻市に拠点を置いて活動する漁師集団です。「カッコよくて、稼げて、革新的」という新3Kを合言葉に、三陸に多様な能力をもつ新しい職種「フィッシャーマン」を2024年までに1000人増やすことを目標に、さまざまなプロジェクトを実施しています。「FISHERMAN CALL」は、端的に言うと漁師がモーニングコールをかけるというプロジェクトで、「朝に強い」という漁師の究極の特技を活かしています。

「FISHERMAN CALL」は、世界初の漁師によるモーニングコールサービス。船の上や港から事前に申し込んだ希望者に電話をかけて、起こしてくれる。

嶋:そもそも、この仕事が生まれたきっかけについて教えてください。

藤田:僕の友人が美大を卒業後、FISHERMAN JAPANに参画し、アートディレクターとしてポスターやパンフレットをつくる仕事をしていました。ある日、その友人から、どうにかして漁師になりたい人を増やしたいので企画の立て方を教えてくれないか、と連絡があったんです。でも、アドバイスするだけでは面白くない。それで、アイデアづくりから一緒にやろうとなりました。

嶋:藤田さんの漁師に対するイメージって、当初はどうだったのかな?

藤田:ガラが悪くて、厳しい、がさつ。実は、そんな悪いイメージのほうが先行していたんです。でも実際にお会いしてみたら、全然! ある方は、私服が常にイタリア製のスーツだったり、すごくカッコイイ車に乗っていたり、業界を問わずたくさんの友だちがいたり、人生を心底楽しんでいる人が多かったんです。

嶋:PRの本質はギャップを埋めることにあるけれど、もうその時点で藤田さんの中のギャップが埋まったわけだね。

藤田:僕の場合は、お会いしただけで埋まりましたね。というのも漁師って、一度海に出ると、命を落としてしまう可能性もあるハードな仕事です。「危険と隣り合わせの分、日々を楽しまないと」という思いもあるようで、普段から「やりたいことを、とことんやる」というカラっとした気質の方が多かったんです。

嶋:そんな彼らに頼まれたのが、石巻の漁師を増やすためのアイデアというわけだね。でも、漁師がモーニングコールをかけるって、ものすごくクリエイティブジャンプしたアイデアだけど、どうやって思いついたのかな?

藤田:まず、漁師や漁業に対してのイメージを変えたいと思いました。第1次産業への就職を考える人がいても、漁業の選択順ってわりと後の方かもって感じたんです。農業なら田舎暮らしへの憧れやイメージと親和性が高いですが、漁業はそうでもない。仕事は危険で大変そう、漁師さんは怖そう。こういうイメージが強いんじゃないかな、と。でも、僕は会って話しただけで、少なくとも漁師さんへの誤解は解けました。いい人ばかりで、それを伝えたいと思った。一般の人って、日常で魚に触れることはあっても、漁師とふれあうことは、ほぼないです。そこで、一般の人と漁師さんとの「接点」をつくりたいと思いました。

嶋:その「接点」がモーニングコールだったというわけだ。

藤田:同期のストラテジックプランナーと何度もブレストして、10回目くらいの打ち合わせの雑談中にポロッと出たアイデアでした。僕の中で、『TVチャンピオン』をイメージして、あれって、一般の人がある得意分野でいきなりトップになれる企画ですよね。ああいうふうに、漁師が得意技でいきなり世の中の上位に躍り出るようなものがないかって思っていたんです。もちろん、魚を獲ること以外の得意技でないとダメです。意外性がないですから。それで、漁師という仕事柄、「朝に強い」ということに行き着きました。

嶋:一般の人が知っているようで知らないことだったのがいいよね。PRって、第三者を巻き込むことが重要だって言われるけど、当事者たちがどれだけ張り切れるか、そういう環境をつくることがものすごく大事。今回は、漁師の皆さんは積極的に動いてくれたの? そもそも、どうやって彼らにモーニングコールをしてくださいって頼みに行ったの?

藤田:FISHERMAN JAPANの担当の人が、一人ひとり口説きました。最初は「なんで、俺がそんなことやらんとあかんの?! 漁があるのに!」と、疑問や反論も多かったそうです。でも、あるとき漁師のリーダーが、こう言ったんです。「俺も正直、モーニングコールがいいかどうかはわからん。でも、自分たちがやれることや、昔からなんとなく続けてきたことしかやらなかったから、今の苦しい漁業の現状があるんじゃないか」って。

嶋:それで、「こいつら、よくわからないこと言ってるけど、一度、信じてやってみようぜ!」みたいなことになったわけだね。いい話だねえ。

いい話だねぇと、興奮して話を聞く嶋審査委員長

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