佐藤可士和、ロゴ製作のこだわりを明かす「本当に綺麗な比率になるまで延々とやっている」

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ファッションデザイナー、起業家、インフルエンサーなどマルチに活躍するハヤカワ五味さんがパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「マスメディアン 妄想の泉」。この番組では、さまざまなフィールドで活躍する起業家やクリエイター、アーティストをゲストに迎え、未来を面白くするヒントを“妄想しながら”探っていきます。3月20日(土・祝)の放送は、クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんをゲストに迎え、お届けしました。

佐藤可士和さん、ハヤカワ五味さん

「綺麗な比率になるまで延々とやっている」

佐藤さんは、多摩美術大学グラフィックデザイン学科を卒業し、博報堂に入社。その後、2000年に独立しクリエイティブスタジオ「SAMURAI」を設立しました。国立新美術館や東京都交響楽団のシンボルマークデザイン、ユニクロやセブン-イレブンジャパン、楽天グループなどのグローバルブランド戦略、さらにはSMAPをはじめとするアーティストのアートワークなど多岐にわたり、日本のデザイン業界で活躍しています。

現在、東京・六本木の国立新美術館で「佐藤可士和展」を開催中です(※5月10日(月)まで)。佐藤さんは、自身にとって最大規模となる個展を開催するにあたり「クリエイティブディレクションという概念を“どうやったら伝えられるか”ずっと悩みながら、展示をどうするのか考えていた」と振り返ります。

というのも、これまで手がけてきた数多くのロゴデザインは多くの人にとって身近で馴染みはあるものの、「ロゴはデータですから、実体があるようでない。(手がけてきた)ロゴをそのまま展示しても『これのどこが作品なの?』となってしまう」。とはいえ、「ロゴはブランド戦略の要でもあるので、その存在感や社会での重要性などを“どうすればみなさんに伝えられるのか”と最初に考えた。インパクトのある展示にしたかった」と明かします。

同展の「THE LOGO」のコーナーでは、ロゴを絵画やオブジェに物質化。さらには、緻密に描かれたロゴの設計図なども展示されています。

著書『佐藤可士和の超整理術』(日本経済新聞社)を発刊するなど、超がつくほどの整理好きの一面を持つ佐藤さん。実際にロゴを設計していく際にも「本当に綺麗な比率になるまで延々とやっている」と言います。なぜそこまでこだわるのかというと、「ロゴはスマートフォンなどで目にすることもあれば、巨大な看板で目にすることもある。そのため、どのような場面で視界に飛び込んできてもイメージがブレない。これを僕は『ロゴの耐久性』と呼んでいる」と説明します。

美大、クリエイターを目指したきっかけ

続いては、佐藤さんが美術の世界に進むきっかけとなった原点に迫ります。子どものころから絵が大好きだったものの、職業にするまでは考えていなかったそう。

転機が訪れたのは高校生のとき。大学受験を目指すにあたり「文系か理系に分かれなさい」と言われ、自身の進路について真剣に向き合ってみたものの「どっちにも行きたくなかった」と言います。そんななか、同学年で1人だけ美大を受験する生徒から「可士和のお父さんは東京藝術大学美術学部建築科卒だし、美術をやらないの?」と聞かれ、はたと思い当たったと話します。

そこで高校2年生の冬、デッサンを学ぶために御茶の水美術学院の冬期講習を受講したところ、「初めてヘルメスの石膏図をデッサンしたんだけど、雷に打たれたかのように面白くて、その瞬間“絶対に美大に行って、クリエイターになろう!”と思った」と振り返ります。

また、御茶の水美術学院に通っていた高校3年生のときに衝撃を受けた出来事も。マルセル・デュシャンの画集を見ている生徒がいて、そこで初めてデュシャンの作品を目にした佐藤さんは「“コンセプトがアートなんだ”ということを知って、それが最高に衝撃だった。概念を作品にしている人がいたことにビックリした」と語ります。

次なる転機は、大学3年生のときに受講したアートディレクターの中島祥文さんの講演でした。「そこで初めて、アートディレクターという仕事のことや大貫卓也さんの話を聞いたんです。当時は、大貫さんが博報堂4、5年目の若手アートディレクターだったころで、『大貫さんの仕事を注目して見ておくように』と言われた」。当時、西武池袋沿線に住んでいて、大貫さんが手がけたとしまえんの「プール冷えてます」という作品を目にし、衝撃を受けたと言います。

そのころ、石岡瑛子さんや井上嗣也さんなど、名立たるアートディレクターが活躍し洗練された作品を手がけるなか、「大貫さんは、わざとダサい感じの作品にしていたんです。それがすごくパンクっぽくて、逆にカッコいいと思った」とその魅力を語ります。

仕事と向き合うときのこだわり

大学時代から「新しい価値を提示できるような、すごいクリエイターになりたい!」という思いを抱き続けていた佐藤さんは、憧れの大貫さんの背中を追うように博報堂にへ入社します。11年間在籍した博報堂から独立を決意したきっかけとなったのは、キリンビバレッジから指名で舞い込んできた商品開発(「キリンチビレモン」)の仕事でした。

この仕事で初めて「商品のネーミングからパッケージデザイン、広告キャンペーンまでを一貫してやったら、すごい手応えがあった」と胸を張ります。商品はヒットを記録し、「広告だけではなくて、もっと“デザインの力を総動員するようなことをやりたい”と思って、(博報堂を)辞めようと決意した」と語ります。

自身がクリエイティブディレクターとして携わるときのこだわりは、クライアントの視点とお客さまからの視点の双方で「ニュートラル(中立)に保つこと」。とはいえ、それは簡単なことではなく「努力をしても、なかなかうまくいかないものなんです。発信する側が伝えたいことって、受け手側からしたらどうでもよかったり、全然違う解釈にとられたりすることもある。(クライアントとお客さまの)間に立って、そこのコミュニケーションを“デザインの力”でつなげていくのが仕事だと感じている」と話していました。

【この記事の放送回をpodcastで聴く】


<番組概要>
番組名:マスメディアン 妄想の泉
放送日時:毎週土曜 24:30~25:00
パーソナリティ:ハヤカワ五味
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/mousou/
番組Twitter: @mousou_tfm


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