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最近よく聞く「パーパス」って何ですか? Vol.2 日本柔道躍進の陰にパーパスあり

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【前回】「最近よく聞く「パーパス」って何ですか? VOL.1「梨泰院クラス」にみるパーパス・ブランディング」はこちら

エスエムオー株式会社代表取締役/ブランディングコンサルタント
齊藤三希子

『パーパス・ブランディング』
齊藤三希子 (著) 
ISBN: 978-4883355204

近年、広告界を中心に注目され、ムーブメントになりつつある「パーパス」。「何のために存在するのか」という、企業経営における本質であるにもかかわらず、その本来の意味を理解しきれず、どのように活用していけばよいのか、答えを出しかねている企業が少なくありません。

日本において早くからパーパスについて取り組んできたエスエムオー代表取締役 齊藤三希子氏は、パーパス・ブランディングについて次のように説明します。「個別の事象で課題を解決していくのではなく、企業や組織の根幹となる拠り所=「パーパス(存在理由)」を見つけ、究極的にはそれひとつで判断・行動をし、課題を解決していくこと」。本コラムでは、7月9日に発売となる齊藤氏の著書『パーパスブランディング〜「何をやるか?」ではなく、「なぜやるか?」から考える』(宣伝会議)をベースに、身近な事例から「パーパス」について紐解いていきます。

日本チームのメダルラッシュに沸く東京オリンピック2020ですが、中でも開会直後から行われた柔道の強さには目を見張るばかりです。日本の柔道は、お家芸のように言われますが、決してずっと強かったわけではありません。2012年ロンドンオリンピックでは、男子はメダルゼロに終わり、また、その年、柔道界の暴力事件やパワハラが露呈しました。そして、問題の体制を一新すべく監督に就任したのが井上康生氏です。

井上監督が、まず大切にしたのは、「自他共栄」。「自分だけでなく他人も、そして社会全体が栄えていくこと」を意味するこの言葉は、講道館柔道の創始者、嘉納治五郎氏が「精力善用」(心身の力を最も有効に働かせること)と共に掲げた教えです。嘉納氏は、技術を身につける柔術を、技術のみならず人間形成を目指す柔道に進化させたのです。そして、嘉納氏には、「柔道の練習を通して、心身の力をもっとも有効に働かせることを身につけて自分を完成させ、その自分を使って社会を発展させて欲しい」という思いがありました。まさに、そこに柔道のパーパスがあり、井上監督が大切にした「自他共栄」は、私たちSMOが言うところの「パーパス」「ミッション」「ビジョン」の要素を含んだ言葉と言えます。

講道館サイトより、創始者・嘉納治五郎氏とその教え「自他共栄」「精力善用」。

ここで、SMOが考える組織理念の体系について説明します。

 
理念には、「パーパス」「ミッション」「ビジョン」「バリューズ」の4つの要素があると考えています。パーパスは、「組織が何のために存在しているか」を表したものであり、ビジョンは組織がなりたい姿または成し遂げたい世界、ミッションはパーパスとビジョンを実現するためにやるべきこと、そしてバリューズは、大切にしている価値観や信条です。

これらはあくまで私たちが4要素としている体系であり、企業によっては、パーパスをミッションと捉えたり、ミッションとバリューズの意味合いも含めたパーパスを策定しているところなど様々です。何より大切なのは、それらを何と呼ぶかではなく、関わる全ての人が腹落ちして、これらの理念を元に判断・行動できるか、です。そのための時間・労力・投資を惜しんでいては、全ての理念は絵に描いた餅になってしまいます。

井上監督は「自他共栄」を身につけるために、練習にカヌーを取り入れチームビルドを学んだり、柔道以外の「道」である茶道や自衛隊の訓練も導入したそうです。これらは、パーパスに基づいた判断・行動ができるように行なった浸透施策と言えるでしょう。

パーパス主導で組織を動かすにあたって、実はこちらの浸透施策が、策定よりも困難が生じやすいフェーズです。SMOでは、パーパスを浸透させるにあたっての、絶対条件を「信頼」と「理解」の2つとしています。「理解」は、当然のことのようであって意外と出来ていない、パーパスに込められた思いを深く理解し、具体的にどう判断につなげていくのかを理解していることです。「信頼」には2つの意味があり、1つ目は、組織に関わる人がパーパスそのものを信じていること、つまり、言語化されたパーパスを良いと思え、納得できていることです。2つ目は、パーパスを策定した組織への信頼、つまり、リーダーたちが組織のパーパスを本当に良いと思って策定し、実行しようとしているかに対しての信頼になります。綺麗な言葉だけを並べても、リーダーや上司たちが実践しないようでは組織に対する信頼は揺らいでしまいます。

「自他共栄」は、今の時代にもとてもマッチした考え方で、社会のためにできることを追求することは、パーパス主導組織には欠かせない考え方です。自分だけ良ければそれでよしだと、成熟しきった日本では通用しません。武道でそれがよく表れているのが、勝ってもガッツポーズをしないことです。未だに剣道や相撲で勝った時にガッツボーズをすることが問題視されているように、もともと、武道では「礼に始まり、礼に終わる」の精神に則り、礼儀を欠かさず相手を敬うことが勝敗よりも重んじられています。

柔道でも、本来はそのような考えなのですが、柔道が国際的スポーツとなるにつれ、他国の文化が入ってきたり、勝利時の「絵」が欲しいマスコミとの関係も絡み、ガッツポーズが当たり前のようになってきてしまっているのです。2016年のリオデジャネイロ大会に続き、今回の東京オリンピックでも金メダルを取った大野将平選手は、リオ大会の決勝で勝った時もガッツポーズも笑顔も一切見せずに、礼をして畳を降りた姿が称賛を集めました。これについて、大野選手は、インタビューで「対人競技なので、相手を敬おうと思いました。日本の心を見せられる場でもあるので、よく気持ちを抑えられたと思います」と答えています。

スポーツにしても、ビジネスにしても、「何のためにやるのか」という存在意義(パーパス)を問い、その答えを元に判断・行動していくことで成長に繋がっていきます。パーパスとは、自分よがりのものでは決して成立せず、社会的意義が求められている今の世の中に必要なものに他なりません。

齊藤三希子(さいとう・みきこ)

エスエムオー株式会社代表取締役。ブランディングコンサルタント。株式会社電通に入社後、電通総研への出向を経て、2005年に株式会社齊藤三希子事務所(後にエスエムオー株式会社に社名変更)を設立。企業の存在理由である「パーパス」を軸に全てのアクションを行い、社内外にそのパーパスを浸透させることで一貫したブランディングを行い、ブレない強い組織を作る「パーパス・ブランディング」に10年以上取り組んでいる。株式会社バルカー社外取締役。慶應義塾大学経済学部卒業。