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福井の学習塾・今西数英教室、小さなチームで10年間作り続けたCMの軌跡

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左より友久陽志監督、電通 CMプランナー 大石タケシ氏、エンジン プロデューサー 柴原大樹氏

「地方都市の青春」へと連れて行ってくれるコピー

日本中、そして世界中が思いもよらぬ状況になった2020年。私たちの生活は、大きく変わった。そして、リモートワーク、リモート打ち合わせ、さらにはリモート撮影と、広告のつくり方も変わらざるを得なかった。しかし、そんな状況下でも、むしろそんな状況下だからこそ生まれたCMの一つが、福井県の学習塾、今西数英教室の「2020」篇だ。

 「2020」篇

♪~
駅前のオレボステーションで、スパムにぎりを2つ買った
県大会に向けた、野球部の練習を終え
オレンジ色に暮れゆく空は、果てしなく広かった
雨は、もう止んだらしい
月1000円、なけなしのこづかいで買った
ビニール傘は傘立てに寄付しよう
授業に間に合う、バスに乗りそびれた
英単語帳をペラペラめくり、九頭竜の橋を渡った
恐竜大国だったこの辺りは、もう人間しかいない
足跡も残さず、恐竜はどこかへいってしまった
夕暮れに浮かぶ、大きな雲がフクイサウルスに見える
真っ暗のなか、教室の明かりが、灯台のようでホッとする
今日も高志高校の、あのコは来てるだろうか
教師を目指してるって言ったっけ
ボクには夢がない、恥ずかしくて言わないけど
遅刻して入ったら、今西先生に「ばかたれっ」て叱られるんだろうな
あぁ、しまった、クリームソーダを買い忘れた
Laー La La La ー La La La ー
La La La ー La La Laー

S:それでは、授業をはじめます。
一生忘れない塾。
今西数英教室

次々と映し出される日常の光景に、軽やかに歌われるリリック。その歌に描かれているのは、今西数英教室に通う高校生たちが目にする情景だ。2021年度TCC賞で、児島令子審査委員長はこのCMについて「ことばの世界観が知らない地方都市の青春へと連れていく」と評し、審査委員特別賞を贈った。

「コロナ禍で塾がしばらく休校になり、再開するタイミングでオンエアしたCMです」と振り返るのは、企画とコピーを手がける大石タケシ氏。今西数英教室のCMを手がけて2021年で10年目、「2020」篇は30本目となるCMだ。

今西数英教室のCMは、大石氏ほか、友久陽志監督、エンジンプロデューサー 柴原大樹氏に、ムービーカメラマン 志田貴之氏と制作の殿村晋作氏、臼井明里氏という、ほぼ5〜6人の体制で、この10年にわたって現場での撮影を続けている。そして本CMは地域限定のCMでありながら、先に書いたTCC審査委員長賞をはじめ、これまでにACC賞フィルム部門でゴールド、シルバー、ブロンズを受賞している。

「2020年はコロナ禍で撮影が難しく、CMをつくれないかもしれないとあきらめかけたのですが、こういうときにしかできないことをやろうと話して。まずはこれまで撮影した膨大な映像を見直してみようということになりました」(大石氏)

「2020」篇の制作にあたり、友久監督は過去のロケハン時に撮影したものも含め、大型のハードディスク2個分ある9年間の映像をすべて見直したという。そして使われたのは、これまでのCMからこぼれて落ちてしまった映像。本番がスタートする前のシーンやカットがかかった後のシーン、さらにはロケハン時の記録用に撮ったものなどである。ちなみに「2020」篇の最後に登場する虹のシーンは、初年度(2011年)のロケ帰りの新幹線の窓から撮影したという。「寄せ集めのシチュエーションの中から、どちらかと言えばメインではない、日常の出来事のかけらを集めて1本の映像に仕上げていきました」(友久氏)。

友久監督と柴原氏らが絵作りを進める一方で、大石氏はコピーを書き続けた。いくつか書いたコピーの中から、チームみんなで選んだのが冒頭に掲げたコピーだ。塾に通う彼らにしかわからない、ささやかな日常が描かれている。

「コロナ禍で塾が休校になり、学生たちが通えなくなり…。これまで当たり前と思っていた普通に塾に通えることの幸せを描けたら、と思いました。10年にわたって福井に通い、この仕事を続けてきたので、駅から塾への道や九頭竜川の景色などが自分の中にしっかりと染みこんでいて、あのコピーは、わりと時間をかけずさーっと書くことができたんです。そして今回の原稿は、最初に書いたものをほぼそのままの形で使っています。10年間の積み重ねがあったらから書けたコピーだと思います」(大石氏)

当初はナレーションで語る予定だったが、分量が多かったこともあり、友久監督の提案で歌を制作した。

わずか3人でスタートしたCM制作

そもそも福井県にしかない学習塾の仕事は、どんなきっかけから始まったんだろう。

「きっかけは、僕の同期が声をかけてくれたことでした」と、大石氏。「社会人になって5年目、自分には仕事らしい仕事がなくて、漫画喫茶に通う毎日でした。そんなときに、同期のプランナー吉川隼太が“自分が通っていた塾の塾長からCMをつくってほしいと頼まれたのでやってみないか”という話がありました。制作費を聞いてみたら、一桁足りない(笑)。でも、とにかく仕事がなかった僕にとって、こんなチャンスは無い。ぜひやらせてほしいとお願いしました」(大石氏)。

そして吉川氏から塾についてたくさんの話を聞き、考えたのが「一生忘れない塾。」という、現在も使われているタグラインだ。大石氏にとって自らのコピー・企画で進める初めての仕事となった。

「コピーをたくさん書いてみたものの、CMの作り方もわからないし、制作費もない。これはもう自分でカメラ担いで撮影してパソコンで編集するしかないかな…と思っていたのですが、以前に先輩の仕事でご一緒させていただいた友久監督にお願いできたらすごくいいCMになるのではないかと直観的に思い……ダメ元で直接お電話したら、『大石さんの最初のお仕事に声をかけてもらって嬉しいです』と引き受けていただけたんです」(大石氏)

大石氏、友久監督に、当時ウィークスに在籍していたプロデューサーの柴原氏という3人で2011年、今西数英教室のCM制作は始まった。

「1年目はとにかく撮影できるものを撮って、大石さんのコピーに合う映像をつないでいくかたちでつくり上げました」(友久監督)。

「夏A」篇
「冬A」篇
「クリスマス」篇

今西数英教室のCM制作は、大石氏がまずコピーを考えるところから始まる。A4縦のパワーポイントに書かれた7行程度のコピーの、ぶ厚い束の中から、友久監督がいいかたちで絵になりそうなコピーを選んでいく。「コピーがいくらよくても、映像にしたとき制作費がかかると実現が難しい。今年はこのコピーではないかもしれないなど、ああだ、こうだ言いながら、柴原さんと3人で映像として実現できるポイントを探していくんです」(友久氏)。

コピーが決まると、まず柴原氏がロケハンに行き、ロケ場所のあたりをつけてから友久監督が合流。ロケ場所を決めると共に、塾の授業中に教室でカメラを回しながら生徒一人ひとりを撮影。2年目以降は、高校生たちに回答してもらったアンケートと照らし合わせながら、キャスティングを検討している。

3人で始まったこのCM制作、1年目は手探りながらも6本が完成。そして地元でCMがオンエアされると、塾の卒業生や親から連絡が相次ぎ、入塾希望者も増えたという。ちなみに、大石氏はこの仕事でTCC賞新人賞を受賞した。

「当初プレゼンした案の中にはギャグ系の企画も入っていましたが、いざ塾を訪問してみたら、そんな気持ちはなくなりました。今西塾長の教育に対する考えや姿勢に触れて、とにかくこの塾の良さをまっすぐ伝えよう、と決めました。とはいえ、実は僕自身は、ちゃんと受験を経験していなくて、受験や勉強に対する苦手意識がすごくあって…。その反動もあって、1年目の企画では、そういうものに対する僕の憧れやロマン、妄想が入ったコピーになっていますね」(大石氏)

ちなみに今西塾長は、最初のプレゼンと最終の試写を見るだけで、基本的に地元での撮影も立ち会わず、すべてを制作スタッフに一任している。この10年間、完成した映像を見て修正を依頼されたことはないという。

「プレゼン時から最後の編集までの間にコピーを直して、一番いいと思うものを最終的な映像に入れているのですが、そういう変更についても何もおっしゃらず、僕たちがよいと思うものを受け入れてくださっています。信じて任せてもらっているからこそ、僕らも一番いいものを見せなくてはと思って、最後の最後までコピーや編集を練り直しています」(大石氏)


素人である高校生たちの演技を引き出す演出

2年目から、ムービーカメラマンの志田氏、そして制作の殿村氏が参加して、ようやく5人体制に。2人増えても、通常のCM制作に比べると、かなりの少数精鋭チームだ。ロケハンはもちろん、時には照明を担当したり、さらには撮影場所や予算の交渉、小道具や美術の準備、撮影時の高校生たちの引率や話し相手など、それぞれが自分の本職以外の役割も担いながら、みんなでこの企画に取り組んできた。

1年目からCMに登場しているのは、すべて塾に通う高校生たち。予算が潤沢になく、俳優やモデルは起用できないことから、苦肉の策として出演してもらうことになったが、「結果として福井の子どもたちの素の姿がよかった」(友久監督)。現在、塾に通う高校生たちを起用することは、CM制作のルールのひとつになっている。

素人である高校生たちに出演してもらうにあたり、制作スタッフは毎回、入念な準備を行なう。まずは、事前にアンケートを実施。CMに出演可能かどうか、友だちと一緒に出演するなら可能かどうか、絶対に出演不可能といった確認をはじめ、部活、趣味など、それぞれの人となりをアンケートシートで見ていく。その上で、ロケハン時に撮影した高校生たちの表情をカット割りし、それぞれのプロフィールシートを作成。そのシートをもとに、友だち関係も見ながら出演シーンや演技内容を決めていく。

「この撮影で僕が一番気にしていたのが、彼らが現役の高校生であると同時に受験生であるということ。撮影で彼らの貴重な1日使ってしまうこと、そもそも出演してもらうこと自体が、受験のノイズになってしまうのではないかということを懸念していました。だから、当初はドキュメンタリー風というべきか、顔を真正面から撮らずに自然な姿を撮影した映像を使っていたんです。でも、あるとき塾長が、どんどん撮ってくれ、とおっしゃって。話を聞いてみると、学生たちも1日くらい受験勉強休んでも支障ないです、と。そこで5年目からセリフを入れてみたり、演技にトライしてもらったり、ちょっと長めのやりとりをしてもらったり。少しずつハードルを上げていきました」(友久氏)

友久監督の演技指導は、サッカー部に所属する人にはサッカーをやってもらうというように、「その人ができることをやってもらう」というやり方。例えば、後ろの席に座っている子の眼鏡を取るというシーンでは、最初に机の上にある消しゴムを取ることから始めて、モノを変えていき、最終的に目指す演技に近づけていく。さらに、仲のよい友だち同士で演じてもらったり、自然体でいられる環境をつくることで、彼らの演技はより自然になっていくという。

「自分ができることをやってもらうと彼らも自信がつくし、その過程で彼らのことをよく知ることができて僕にとっても演出をする上で自信につながるんです。この仕事を始めてから、相手のことを思って丁寧に向き合っていけば、演技ができる、できないという問題じゃない、これは演出側の問題だと気づかされ、僕自身の大きな学びになりました」(友久監督)

「歌」篇

また、このCMの見どころは、福井県中をロケハンした中から選ばれたロケ地だ。毎回、友久監督のイメージするところを聞いた柴原氏らが先行ロケハン。その後、実際に友久監督も足を運んで確認後、ロケ地は選ばれている。

中でも2014年に公開された「203」篇は、柴原氏と殿村氏がロケハンと本番を合わせて福井県内だけでレンタカーを600キロ走らせた中から選ばれた場所で撮影している。草原、海や岩場、そして樹齢1500年を超える大木のある場所など、教室を飛び出し、広大な自然の中に机と椅子を置いた。この時のロケには今西塾長も参加し、草原で実際の授業を行い、CMではそれを受ける高校生たちのリアルな表情をとらえている(ちなみに、タイトルの「203」は今西塾長が授業をしている教室の番号とのこと)。

「203」篇

3年目までは年に2~3本のCMをつくっていたが、映像としてのクオリティを上げるべく、2017年からCM制作を年に1本にし、そこに集中することになった。これまで制作したCMは、全部で30本。そして11年目を迎えた2021年、31本目となる新CM「空」篇を公開した。このCMは、今西塾長からコロナ禍で伝えたいメッセージがあるという話があり、新たに制作したものだ。これまでの学生たちを主軸に置いたCMと違い、塾から通っている高校生たちへのメッセージになっている。

「空」篇

「この仕事を始めたとき、友久監督と知り合うきっかけになった大建直人CDに『一生忘れない塾。というブランドを、10年間育てなさい』と言われました。それで、僕らの中では、まずは10年を一区切りにしようと考えていました」と、大石氏。しかし、「コロナになってロケにも行けず、『2020』篇をつくったものの、僕らの中では最終回をつくり損なってしまった感があるんです。」と、友久監督。「今後についてはまだわかりませんが、続くとするならば、変わらず時間をかけてクオリティが高いものをつくるのみです」と、柴原氏は話す。

この10年で、制作スタッフは福井県の個人塾、今西数英教室と濃密な時間を過ごしてきた。毎年出演してくれる今西の高校3年生たちを、気づけば、10回も見送ってきた。その中で、広告会社とクライアントという関係を大きく超えて、今西塾長は、自分たちの先生のような存在になったという。

「おそらく塾長も僕らのことを生徒と思って任せてくれたから、これまでのCMがつくれたんだと思います。福井県で塾長と一緒に飲むといつも『俺も君たちのこと、本当の生徒だと思ってるんやって』と話してくれます。まさに僕らにとっても、今西数英教室は『一生忘れない塾。』になりました」(大石氏)

今西数英教室のこれまでのCMは、同塾のCMギャラリーほか、YouTubeですべて公開されている。

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東京コピーライターズクラブ (編集)
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