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人を動かすマーケターの力が企業変革期のコアスキルになる―「ピープル・ファースト」の時代がやってきた

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2023年4月4日に宣伝会議より刊行の「ピープル・ファースト戦略 ー企業・商品・従業員『三位一体ブランディング』」(矢野健一著)では経営、そしてマーケティングの双方を経験した著者が、企業や商品だけでなく、従業員に投資をし、従業員もブランディングすることで、商品の競争力を高め、企業全体の業績向上に貢献する実践論を解説。理想論ではない、ピープル・ファーストの姿勢を企業の業績につなげる 「三位一体ブランディング戦略」の設計から実践まで詳述しています。

著者である矢野健一氏は複数社経営マネジメントを担ってきましたが、それ以前はマーケターとしての経験を積んでいます。そして、同氏が掲げる「ピープル・ファースト戦略」の実践においては、このマーケティングの力を組織として獲得し活用していく必要があると説きます。

それでは、なぜ今、「ピープル・ファースト戦略」が必要とされているのか。さらにその実践に際して、どのようにマーケティングの力が生かせるのか。著書の内容も紹介しながら、矢野健一氏が解説します。

マーケティングは一部署が持つべき能力から全社で共有すべき能力に

「マーケティングはもはや一部署が持つべき能力ではなく、全社で共有すべき能力である。」拙著「ピープル・ファースト戦略」で主張させていただいたことですが、いよいよ企業が本気で取り組むべき時代になってきたという実感を強く持っています。

コロナ禍を経験し、多くの企業が事業の変革期を迎えています。その中で既存事業に見切りをつけ、現状のまま保持しながらも新規事業に企業の軸足を移して再建を図ろうとしている企業は少なくありません。現在、私のクライアント企業においても、コスト高、競争激化の波を受け、薄利多売のビジネスモデルの限界を感じて新規事業への変革に取り組んでいる最中です。

ライフサイクルのステージ変化に合わせ、再び“創業期”からのスタートが必要に

企業のライフサイクルを創業期、成長期、成熟期、衰退期としたときに、新規事業に軸足を移そうとする現在は、創業期に戻ることを意味すると言えるでしょう。企業のライフサイクルは、まず事業を創業し、成功事例を積み重ねて成長を続けたのち、事業が成熟してくるにつれて利益幅を求めて効率化を推進していきます。

この成熟期の中での人事評価はいかに効率よく成果を上げるのかにフォーカスが当たります。それは次第に企業が設定した手順やマニュアル化されたオペレーションを最適に遂行できるかという評価軸に代わり、ベテランと呼ばれる従業員や社歴が幅を利かせるようになります。新人は先輩の背中を追いかけながら早く同じようなことができるようになろうと努力し、新しい発想をぶつけ合いながら進めるよりも、いかにスムースに事が運ぶのかに注力されていきます。

この環境下にあった企業が再び“創業期”に戻るとは何を意味するのでしょうか。創業期の企業は本来、非常に属人的であり、効率的な手順もマニュアルも開発されていません。効率化どころかどんどん手を動かしていかないと物事を進めることすらできませんし、そもそも正解が何かすらもわかりません。

今、多くの日本企業が再び、創業期に立ち戻ろうとしようにも、価値観が全く異なるのです。つまり、新規事業を始める時は成熟期で凝り固まった価値観をリセットするところから始めないといけないという点が、元来の創業期と大きく異なります。

それは、成熟期を安定的に長く過ごした期間の長い企業であればあるほど、従業員に価値観が染みついており、深刻な問題となります。いま評価されていることを自ら否定して新しいことに挑戦しようという人はなかなかいないからです。

むしろ、「なぜこんなことをやらないといけないのか」という、これまでの常識から培われた心理的な高い壁が新規事業の足を引っ張ってしまうことがほとんどです。新規事業の最も難しいところは、人々に「なぜ自分がやる必要があるのか?」と、自分事化してもらうことだと言っても過言ではないでしょう。この常識の壁を壊さない限り、どんなにきれいに作り上げられた事業戦略やマーケティング施策も消費者にフルパワーで届くことはありません。

もっと言えば、実はそうした常識の壁が業績衰退自体のけん引役となっていることがほとんどです。よく言われるのが「過去の成功事例に固執することで市場の変化に取り残された」というケースですが、これに限らず、実は新規事業というのはそういう企業内にくすぶっていた旧態依然の組織の課題を浮き彫りにして新陳代謝を促進するという特徴があります。

それは時に若手や女性、外国人の登用などダイバーシティの促進や異才の発見をもたらします。私は、新規事業は企業が永続的に成長を続けていくために必要不可欠な進化だと思っていますので、企業が成熟期に入ったころには新しい新規事業を検討し始めることを皆さまに強くお勧めしています。

企業変革時の課題 新規事業をいかに自分事化してもらうか?

それでは、どうやって新規事業を自分事化してもらうのか?一般的によく言われているパーパスやバリューの浸透はもちろん大事ですが、普通に従業員の価値観とすり合わせていく通常の方法だと手間も時間もかかることが多い。しかし、そこにマーケティングの力が加わると状況が一変します。

一例として、ブランディングを活用して早期のイメージの刷り込みを行うケースを紹介しましょう。あるビール会社で新規事業として通常の倍の価格帯の高級ビールを新規導入するケースを想定してみます。
その場合、これまで値引の駆け引きでしか商談してこなかった営業部隊の意識をまず変える必要があります。例えば、「ワールドビールマイスター」という資格試験を新設して合格者を「世界のビールのプロ」としてブランディングすることで、営業部隊を世界中のビールの良さや売り方などを卸や飲食店にコンサルティングする部隊に変貌させるというアイデアが考えられます。

この時、ワールドビールマイスターが目利きした高級ビールという立ち位置は商品に付加価値を与え、かつ「世界のビールのプロ」となった営業パーソンはそれまでの値引商談をしていた頃とは提案内容も熱量も全く異なる自社のビールに誇りをもった別人のような戦力に変貌していきます。

実は、これらは私が実際に経験した事例で、その後成果が上がり、営業部だけでなく全部署の従業員がその資格を取ろうとして全社をあげて一生懸命に世界のビールについて勉強を始めました。まさに組織の意識があっという間に変わったのです。もし、このブランディング活動をしなかったらどうなっていたか?おそらく、「ビールの単価が下がっている市場の
中で、そんな高い値段のビールは売れません」という常識の壁にぶち当たり、組織一丸となって真剣に現場で売り込むことはなかったでしょう。

企業そして従業員をブランディングすることで三方良しの事業変革を実現する

この企業や従業員をブランディングするという考え方は特段新しいわけではなく、古くは「銀行マン」「商社マン」「電通マン」などのように企業や業界の画一的な価値観からブランディングされる、もしくは結果としてされたことはありました。これからの時代ではそこに顧客視点を入れて、従業員体験(Employee Experiences(EX))を顧客体験(Customer Experience(CX))とクロスオーバーさせて、商品と従業員に同時に付加価値を与えることでビジネスの業績と従業員のやりがいを双方引き上げる戦略的な発想が必要です。

従業員が喜び、顧客が喜び、企業が喜ぶ、まさに三方良しの企業変革や新規事業でないと、常識の壁を一気に超えていく瞬発力が生まれません。そのために必須となるのは、前の例で見たような人の心を動かすマーケター発想なのです。

企業変革の必要性が増していくこれからの時代は、人の心を動かすマーケティングは社内外でシームレスに設計していくことが重要になってきます。このマーケティングを組織のコアスキルとして持つことができた企業が次の100年を生き抜くことができるでしょう。

これは、経営資源であるモノとカネに関する戦略・戦術を磨いて戦ってきた時代から、いよいよ最後の経営資源であるヒトが戦略上の大きなカギを握る「ピープル・ファーストの時代」に移ってきたことを意味します。ライフスタイルの変化やグローバル化、ダイバーシティや働き方改革等によってすべての経営課題が人の課題と切り離せなくなっていく。マーケティングはそんな時代の最強のビジネス兵器になっていくでしょう。

People First Branding ピープル・ファースト戦略

著者:矢野健一
2023年4月4日発売  出版:宣伝会議  定価:2000円 (本体価格+税10%)

 
 

【著者紹介】

矢野 健一
D&Fクリエイツ 代表取締役社長

新入社員としてアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。主にメーカー、サービス業の業務改革や経営効率化のプロジェクトを推進。その後、45歳までに社長になると決意。そのためにはマーケティングの力が必須であると確信してP&Gに転職。
当時、最短記録でブランドマネジャーに昇進すると、「ファブリーズ」、「プリングルズ」、「パンパース」のブランドマネジメントを担当。その後リーバイ ストラウス ジャパンのマーケティング責任者を経て、42歳でモルソン・クアーズ・ジャパンの代表取締役社長に就任。予定より3年早く夢を果たす。ZIMAとコロナビールを柱に2年連続で歴代売上記録を更新し、大きく業績を伸ばす。
その後はブルーボトルコーヒージャパンの代表、アサヒコの代表取締役社長として、社員中心の経営、3rdウェーブコーヒーのブランド育成や海外進出、プラントフォワード事業などの新規事業を推進。
現在は経営・マーケティングのコンサルタントとして独立。会社のパーパスやバリューを商品と一緒にブランディングして競争力に変える三位一体ブランディング手法を開発して、社員が誇りとやりがいをもって働く環境づくりを目指して活動している。

 
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月刊『宣伝会議』6月号(5月1日発売)

5月1日発売の月刊『宣伝会議』6月号の巻頭特集テーマは「マーケティングと事業変革」。人に働きかけるマーケターのコミュニケーション力を用い、市場をつくり、事業をつくり、さらに社内の意識を変革する企業・ブランド実例を紹介しています。矢野氏の本原稿も掲載。
 
6月号の巻頭特集の主な内容
■承継社長のマーケティング思考
・タニタ 谷田千里社長
・岩下食品 岩下和了社長
・飛騨産業 岡田明子社長
 
■企業の未来を創る、新事業のマーケティング戦略
・ZENB JAPAN
・西日本新聞社 ビジネス開発部
・東邦ガス「ASIMITAS」  他