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言葉にしてたどり着く 理想のドラムサウンド

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本記事では、宣伝会議「編集・ライター養成講座」45期修了生の塚田智さんの卒業制作を紹介します。

音楽制作の世界には、「テクニシャン」と呼ばれる楽器の調整を専門とする人たちがいる。

パソコン1台あればハイクオリティな楽曲を全世界に発信できる今、演奏者とテクニシャンが顔を突き合わせてサウンドメイキングしていくことに、どんな価値があるのだろうか。

ドラムの音づくりを専門とする「ドラムテック」という職業をとおして、生身のコミュニケーションでしか生まれない“理想のサウンド”を追求する世界を紹介する。

“ドラムテック”とは?

ドラムテックと聞いてピンとくる人は少ないと思う。簡単に言うと、おもにバンドでのレコーディングやライヴの現場などで、ドラムセットの調整を専門に行なう人たちのことを指す。

仕事としては、楽器のメンテナンスや、演奏者(ドラマー)や、おもに作曲者をはじめとした楽曲制作に関わる人たちからの「こんな音にしたい」という要望を受け、音をつくっていくことがメインだ。さらに、リクエストのイメージに合った楽器の提供、修理やオーバーホールを受け持つドラムテックもいる。

ドラムテック(以下、「テクニシャン」「テック」も同義)の北村優一さんは、米津玄師やindigo la Endをはじめ、国内の有名ミュージシャンのレコーディングやライヴに、テクニシャンとして携わる。

北村「自分の仕事のことを人に説明するときに、“ピアノの調律師のように、ドラムを調整する仕事”と答えることが多いです。ただ、音楽をやらない人でも、“ピアノには調律が必要”という認識があると思うんですけど、ドラムにもそれが必要と知っている人は、そんなに多くないはずです。なぜならピアノには決められた音階があるけれど、ドラムにはそれがない。そこが大きく違うところだと思います」

ほかにもギターやベースを専門とするテクニシャンも存在するし、もっといえば楽器全般を見るテクニシャンも多い。しかし、ドラムだけを専門にしているテクニシャンは日本ではかなり少ない。

北村「僕も正確な数を把握しているわけではないのですが……、相当少ないと言っていいと思います。テクニシャンに近しい存在としては、“ローディー”と呼ばれる、バンドのさまざまな楽器の調整を行ない、ライヴをトラブルなく進行させるためのプロフェッショナルがいます。そのなかで、ドラムに特化した専門的な技術が必要になってきたときに、呼んでもらったりしています」

ドラムテックはアメリカでは日本より認知されていて、1980年頃から、日本にも広まっていったという。

複数の楽器がひとつになり、「ドラムセット」として演奏されるようになったのは1920年代頃とされている。それまではシンバル、大太鼓、小太鼓など各楽器にひとり演奏者がいるという形だった

ドラムテックの技術をまとめた教則本の類は国内では数少ないが、的場誠也さん監修のDVD『ドラム・チューニング完全攻略』はメディアとして世に出回るわかりやすい資料だ

ドラムテックとしての原体験

北村さん自身ももともとドラマーで、プロのスタジオミュージシャンを目指して20代前半のころ大阪から上京した。しかし、そこからなぜテクニシャンへの道に舵を切ったのだろうか。きっかけはふたつあった。ひとつは、知人から頼まれた“初めてのドラムテック”の体験だ。

北村「あるバンドのレコーディングのために、僕の楽器を使わせてくれないか、と頼まれたことがあったんです。そこで自分の楽器を持っていって、普段やっているような調整をして叩いてもらったら、“すごく叩きやすい!”と喜ばれたんですよ。このときのことはよく覚えています」

北村さんはそれまで、一ドラマーとしても楽器そのものに対する興味が人一倍強く、アルバイト代やサポートドラマーとしてのギャラは、ほとんど楽器に費やしていた。

北村「演奏の技術を磨くことはもちろんなんですが、まずは楽器のことを知って、それがどういう特徴を持っているのかを知ることが大事だというスタンスだったんです。“この楽器はどんな音が鳴るんだろう”という好奇心が誰よりも強いんだと思います。とにかく楽器を買いまくってました(笑)」

情熱と好奇心と、時間とお金をかけて追求してきたものが、こんな形で人に喜ばれるんだ、という“初めてのドラムテック”は、北村さんにとって新鮮かつ強烈な体験だった。

もうひとつ大きなターニングポイントがある。それは、「ミュージシャンズ・ジストニア」という病気にかかったことだった。これは、自らの意思とは無関係に筋肉の収縮が起こり、思うように楽器を演奏できなくなってしまうという、ミュージシャンに稀に見られる難病だ。

北村「最初はただなんとなく調子が悪いのかな、くらいにしか思わなかったんですけど、だんだん自分の思うように演奏できなくなっていって、ジストニアだということがわかりました。

同時期に、テクニシャンとしての仕事をある先輩に相談していたところ、一般のドラマー向けにチューニングのセミナーをやってみないか、というお話をいただきました。そのときの経験が今の土台になっています」

2014年から始まったセミナーは4年間で700名の来場者を数え、参加する人たちのさまざまな悩みや要望に対して、楽器への豊富な知識で接していった。なかにはそこからデビューにつながったドラマーもいるという。

こうして場数を踏み、経験値を深めたことで、自分のやりたいことと、求められるニーズが似ていたことに気づき、ドラムテックとしてやっていきたいという自信につながっていったのだ。そこから加速度的に依頼は増えていき、フリーのドラムテックとして独立。きっとこの記事を読む人も、北村さんが携わった楽曲を1度は耳にしたことがあるかもしれない。

CDの歌詞カードなどには、ミュージシャンだけでなくレコーディングに携わった人のクレジットが必ず入っている

北村優一(きたむら・ゆういち)

sumika、GRAPEVINE、米津玄師、indigo la End、中村佳穂、Saucy Dogなどをはじめ、これまでに1000名近いミュージシャンのドラムサウンドメイキングに携わる。FUJI ROCK FESTIVALやROCK IN JAPAN FESTIVALなど、国内大型フェスにもドラムテックとして帯同。個人向けのワークショップや、「キタムラボ」と称したドラムサウンドの実験イベントも開催する。近年ではカスタムドラムの作製もスタートした。大阪府出身。

北村さんの作業場は防音設備完備の1ルーム。水道とトイレのみの簡易的な部屋だ

買いまくっていたというスネアドラムは50台を超えるという。「途中から数えるのをやめました(笑)」

次ページ 「プレイヤーから見たドラムテック」へ続く


プレイヤーから見たドラムテック

国内の大型フェスにも出演実績のあるバンドDATS(ダッツ)、yahyel(ヤイエル)などに所属しているドラマー、大井一彌さんは、ドラムテックを「道しるべになってくれる存在」と表現する。

大井「もともと僕はどちらかというと“テック体質”な部分があって、演奏するだけでなく楽器のメンテナンスや曲ごとのチューニングも、ひととおりできるつもりなんです。でも、自分の理想とするイメージをより鮮明にサウンドに落とし込むために、テックの方が持っている経験が、探していたものに近づけてくれることがあるんですよ」

ドラムの音づくりに限らず、自分のイメージを言葉にして他人に伝え、それを音で表現していくということは、複数の人間が関わる楽曲制作の場においては欠かせない作業だ。それがたとえば「ビートルズの“ハード・デイズ・ナイト”みたいなかんじ」といったものであれば誰もが同じものを共有できるが、すべてがそういうわけにもいかない。

大井「たとえばですけど、“ぱかーんと開けたかんじの音”とか言うわけですよ(笑)。そういうのって、自分だけで模索していくと、どこに向かっていっているのかわからなくなるんです。そんなときに、テックの人のように自分と同等かそれ以上のスキルを持った人がいると、本当に心強い。目的地に向かって一緒にオールを漕いでいるかんじですね」

抽象的な音のイメージを追い求めるときの道しるべとして、大井さんはドラムテックにパートナーとしての強い信頼を置く。演奏者もなんとなくのイメージは持っていても、結局は正解を探している状態、ということがわかる。

大井「音楽には使わない言葉を使うことのほうが多いかもしれません。“情けない音”とか、“濡れたかんじの音”とか。具体的に伝えるよりも、そのほうがいいかもしれないと思っています。無邪気でピュアなイメージは、小、中学生くらいの語彙力があれば充分伝わりますしね。それにあえて漠然としたかんじで伝えていくと、だんだん自分のイメージも鮮明になってくるんです。最終的にそこを正確にしてくれるのがドラムテックという存在だと思っています」

楽曲に対するイメージから出てきた言葉を音に変換し、テクニシャンが提案する。演奏者との言葉と音のラリーを経て、正解と思えるサウンドを目指していくのだ。とくにドラムのような数値化できる基準のない楽器だと、なおさら必要なアプローチといえるだろう。

大井一彌(おおい・かずや)

バンド、DATS、yahyel、LADBREAKS、Ortanceに所属するドラマー/トラックメイカー。また、AAAMYYY、DAOKO、milet、THE SPELLBOUND、UA、アイナ・ジ・エンドなどのサポートプレイヤーとしても活動する傍ら、CMやゲームなどのサウンドデザイン、プロデュースも行なう。世界的に愛用者の多い日本のドラムブランド、「TAMA」のエンドーサーでもある。2022年にはYMOのドラマー、高橋幸宏さんの音楽活動50周年記念ライヴにも参加するなど、その実力は折り紙つき。神奈川県出身。

無数の選択肢のなかから適材適所のセレクトをするための準備

北村さんいわく、プレイヤーからの要望で多いのは、「この曲っぽい音にしたい」という具体的なリクエストだという。参考資料があるものはプレイヤーとテックの間で齟齬が生まれにくく、イメージに近づくのも速い。

その点北村さんはドラムテックのなかでも多くの楽器を所有しており、リクエストからディテールを読み取り表現するための提案には自信を持つ。

北村「たくさんの選択肢があり、また、どの楽器もほかにはない個性を持っているので、ドラマーさんにも楽しんでもらえるような提案を心がけています」

楽器の保管やレコーディングに向けた仕込みを行なうため、北村さんは自宅のほかに専用の部屋を借りている。防音設備も整っており、昼間であれば軽く音を鳴らすことも問題ない。6畳もないくらいのスペースには所せましと楽器の数々が積み上げられている。10数年にわたって買い集めているドラム機材は、さらにトランクルームを借りる量にまで膨れ上がった。

ドラムセット全体という点で言っても、その総数は14セットにのぼる。記者の知るかぎり、セット全体を複数所有している人すら少ないのに、ここまでの数のドラムを所有している人を見たことがない。

北村「たとえば、70年代くらいのヴィンテージドラムにはファンが多くて、喜ばれるんですけど、持っているだけでなく、いろいろいじって勉強したので、その知識や経験がテックとしての仕事にかなり活かされています」

北村さんが所有するなかでもっとも古い楽器である、1920年代、Ludwig社製のスネアドラム。「とても貴重なものですが、ヘッドを張り替えて、レコーディングでもバンバン使っています」

金属製のシェルには緻密な幾何学模様が施されている

近年スタートした、自らの名を冠したカスタムドラムの1台。「カスタムドラムのビルダーが集まる会合で、尊敬する先輩がテックとしての経験を形に昇華していることに感銘を受け、自分でも始めました。既存製品にはないものを目指してつくっています」
イメージするデザインにシェルを削ったのち、やすりで整えたエッジを確認していく行程。地道な作業が、たしかな音づくりへとつながっている

音を目の前に会話する

もちろん、大井さんのようにプレイヤーによっては抽象的な言葉で要望をぶつけてくることもある。これは、人によってイメージするものが違うので難しいという。

北村「たとえば、“海っぽいかんじの音”と言われても、いろんな人がいろんな海を想像するじゃないですか。なので、まずは会話からイメージの解像度を上げていくことにしています。“どこの海ですか?”とか、“砂浜ですか?それとも堤防みたいな場所ですか?”、“季節はいつですか?”みたいな。そうすると、その人の言う“海っぽい”がどんどん具体的になっていくので、どこかで音に落とし込めるところが必ずあんですよね。そこで初めて音の提案ができます」

そこには、楽器ごとの特色を理解しているからこその、筋のとおった理論がある。けっしてやみくもに正解を探し出していくわけではないのだ。

そこで、ドラムセットのなかでもよく目立ち、リズムのアクセントとして鳴らされることの多い、「スネアドラム(=小太鼓、以下“スネア”)」を例に、音の性格を決定づける要素について一部を解説してもらった。音を言語化することの面白さを、少しだけ味わってみよう。

次ページ 「スネアの構造と、音の性格を決定づける要素」へ続く


スネアの構造と、音の性格を決定づける要素

円筒状になった太鼓の胴体部分をシェルと呼ぶ

【シェル】
胴の部分。材質、厚さ、エッジの形状などによって音色が変わってくる。スネアの性格を決定づける重要な要素のひとつ。

〇厚さ……分厚ければ分厚いほどパワーのある音になる。ヴィンテージのスネアはシェルが薄いものが多く、柔らかい音がする。

〇材質……木材か金属が使われることが多い。木材の場合、使われる木の硬さによって音色が変わる。分厚い金属を用いている場合は重みがあるのでずっしりとした芯のある音になる。また、木材の上からフィルムを巻いたものもあり、響きが抑えられた音になる。

1枚の木材ではなく、合板になっている場合は、何枚重ねているかというのも重要な要素だ

北村「たとえば“都会的なかんじの音”と言われたら、金属を用いたメタルシェルのスネアを選ぶかもしれません。暖かみのある自然な音ではなく、温度感の少ないかんじに近いかなと思います」

「“優しいかんじの音”と言われたら、アタックのトゲがなくて、立ち上がりの柔らかい音のするスネアを選ぶと思います。エッジが丸くてずんぐりしているドラムはそれに近いと思います」

〇エッジの形状……ヘッドとコンタクトする部分のこと。形状によって音の性格が変わってくる。先端が鋭利だと、輪郭のはっきりした、シャープで立ち上がりの速い音に。先端が丸まった形状をしていると、丸くて柔らかいアタック音になる。

〇シェルの深さ……浅いと、叩いたときのレスポンスに優れ、減衰(音の消滅)が速い。クリスピーな、音価(音の長さ)の短いサウンドになる。深いと懐のある、「ドンッ」という音になる。

同じスネアでも、さまざまなシェルの深さがある。0.5インチ(約1.27 cm)の深さの違いで、音の印象が変わってくる

記者がベーシストとして所属するバンド、Glimpse GroupのEP『Her Waves』(2022年)には、北村さんにドラムテックとして参加してもらった。リードトラック「Singer」では70年代製のSONORというメーカーのスネアを使用。軽快かつ芯の強い音が特徴的な、フェローマンガンスチールというシェルが採用されている。「曲全体の疾走感は支えつつも、芯の強い音色がいいなと思い、このチョイスにしました」

【ヘッド】
スネアの打面、底面に取り付けられるもの。演奏者が直接叩くのは打面部分。
〇材質……かつては本革(動物の皮)をおもに使用していたが、近年は耐久性に優れるプラスチック製のものが主流。本革は柔らかい響きになる。北村さんは、カントリー調など、暖かい音を必要とされた際に本革を使用することが多い。
〇厚み……薄いと繊細で明るい音色になる。厚いと音量が大きく、太い音を出すことができて、耐久性もよい。

比較的安価に手に入るので、好みのヘッドに変えることはドラマーのチューニングとしては一般的。これだけで無数の組み合わせがあるので、材質や厚みによる音色の違いを楽しむことができる
これまで数多くのヘッドを試しに試してきたという北村さん。部屋の奥には大量のヘッドが収納されていた

フープの材質、厚さもスネアの音色に大きく影響する要素のひとつ

【フープ】
ヘッドとシェルを密着させ、叩いたときの振動を伝える役割を持つ。
〇材質……真鍮(ブラス)は柔らかくて華やかな音に。鉄(スチール)は硬くて暗いサウンドになる。
〇厚さ……一般的な厚みは2.3mmで、分厚いタイプだと3mmのものがある。ヴィンテージのスネアには1.6mmや1.8mmなどの薄いタイプも存在する。分厚くなればなるほど、アタックの太い音になる。薄いと、アタックよりも音の広がりにフォーカスしたサウンドになる。

12インチのスネア。普通のスネアより口径が小さいので 「クローズド ・リム・ショット」と呼ばれる、フープを叩くテクニックを補助するための木材が取り付けられている

【口径の大きさ】
音程を決定づける要素になる。12インチ(約30cm)など口径が小さくなればなるほど、音程が高くなる。一般的なサイズは14インチ(約35cm)。

テンションボルトをチューニングキーで締めているようす。すべてのボルトに均等な張力をかけ、よどみのない音色が響く打面に仕上げる。スネアチューニングの基礎的なテクニックだ

【テンションボルトの数】
両端のヘッドとシェルを接続するボルトの数によって、音の膨らみかたが違う。
〇多いと……10テンションなどボルトが多くなると、それだけ多くの数で支えられているので、締まりのよい音になる。
〇少ないと……おおらかな音になる。

張力を調整することで、楽曲のメインとなる音階(キー)に合わせてチューニングすることも可能。このスネアには、打面にキーがメモされていた。ドラムにも、ドレミに近いものが存在するのだ。「あくまでひとつの手法ですが、キーに合わせてチューニングすることで、再現性が生まれるというメリットがありますね」

チャットモンチーのアルバム『告白』(2009 年)のうち数曲は、曲のキーに合わせたドラムのピッチ選びが行なわれているのではないかと、北村さんは推測する

これは接地面が広いタイプのラグで、シェルを覆う面積が広ければ広いほど、響きを抑えた締まった音になる

【ラグ】
テンションボルトを差し込むパーツ。シェルへの接地面の広さによって、音の広がりかたに違いが出る。接地面が狭いと、広がりのある音になる。接地面が広いと、締まった音になる。ラグだけを作っているメーカーもあるという。
材質は大きく分けて2つで、鉄(スチール)は暗くて硬い音に。真鍮(ブラス)は柔らかくて華やかな音になる。

【スナッピー】
金属製のワイヤーで、スネアの底面に装着されている。コイルの本数が多いと、「バシャバシャ」としたアタック感が強調された音に。少ないとスッキリした音になる。20本が一般的な本数。

スネアならではの「タンッ」という音はスナッピーの存在が大きい

ドラマーの要望は、名もなき音楽用語だ

私たちが普段耳にする音楽はけっして生のドラムセットだけでなく、電子音が取り入れられた楽曲もある。それは近年に始まった話ではなく、1980年代ごろからさまざまな音楽ジャンルで聴かれるようになった。

「ドラムには数値化できる基準がない」と記したが、電子音であれば音量、音程、音の伸び具合などを数字で設定した細かい音づくりができる。どちらにも良さがあるし、好みの問題なので一概には言えないが、電子音のほうが理想に近づくことがより簡単なのでは?という疑問もあるだろう。生ドラムと電子音をハイブリッドさせて演奏することの多い大井さんはこう語る。

大井「録音した素材の音量や音程をいじることは、電子音に限らず生ドラムの音でも可能です。半音上げたり下げたりすることもできる。でも、ドラムってスネアを1回叩くだけでも、そこにはものすごい量の音の情報が含まれているので、正解不正解の幅がすごく広いんです。電子音で細かい調整をしたからといって、それが楽曲にマッチしているかは、また別の話。紙に書いて説明できることだけではないんですよね。“均衡”とか“整頓”とかっていうのだけがいいとは限らないのが、奥深い理由のひとつだと思います」

北村さんは、生ドラムと電子音の“融合”という点において、今後も新たな可能性が出てくるのでは、と指摘する。

北村「生ドラムは実際に空気の振動から音が生まれているので、当然電子音では味わえない響きが存在します。ただ、けっしてどちらがいいという話ではありません。両者を融合させるという手法でもたくさんのかっこいい音楽で用いられているので、これまでにないドラムサウンドの面白さっていうのは、どんどん生まれてくると思います」

「空気の振動」という点においては、最近アメリカで画期的なドラムソフトが開発されている。有名なロサンゼルスの「キャピタルスタジオ」で実際に録音した音源が使えるというものだ。なかには、「1920年代の楽器を使ったドラムサウンド」も収録されており、そのスタジオでの響き方まで忠実に再現されているとのことだ。

それでも、漠然としたイメージから「正解」のサウンドを目指すような人間味のあるアプローチは、これからもなくならないと思う。思えば人間はずいぶん昔から、音楽を言葉にしてきた。18世紀のイタリアでは作曲者の意図を演奏者に正しく伝えるために、「andante(アンダンテ=歩くような速さで)」、「crescendo(クレッシェンド=だんだん強く)」など、多くの音楽用語が生まれた。それは、「on spiritoto(コン・スピリト=元気に、精神を込めて)」などのように、抽象的な用語にまで広がっていった。

演奏者は、理想のイメージを音に変換するために、言葉を尽くしてテクニシャンに伝える。それを具体的な理論をもって音として提案するのがドラムテックの役割。そして名もなき音楽用語「海っぽいかんじ」が、演奏者の納得のいく形で表現される。血のかよったドラムサウンドが、今日も私たちの心を高揚させてくれるに違いない。

「ドラムという楽器がなくならない限り、ドラムテックという仕事もなくならないと思います」


(本文文字数=6568字)

塚田智(つかだ・さとる)

ライター、バンド「Glimpse Group」のベーシスト。釣り雑誌専門の出版社、(株)つり人社の編集部にて約4年間勤務したのち独立。現在はフリーのライターとして同社の月刊誌『Basser』などで執筆する。バンドは2022年、FUJI ROCK FESTIVAL「ROOKIE A GO-GO」に選出されるなど、ライヴに定評のある実力派。
所属バンド「Glimpse Group」のTwitter
塚田智のnote

自分のバンドのレコーディングで北村さんとご一緒したとき、楽曲にマッチしたドラムサウンドを実現していく過程を見て、いったい、どんな知識があればできる仕事なのだろうかと衝撃を受けました。自分が違う楽器の専門であることは関係なく、どんどん興味が膨らんでいきました。

音楽制作の世界にこんな人がいると紹介をするだけでもとっても価値のあることだと思いますが、それだけでは読みごたえのある内容にならないので、楽器に関する専門性という部分にボリュームを割くことを心がけました。
また、 プレイヤー目線のコメントとしてDATS、yahyelなどで活動する大井一彌さんにもインタビューをしました。これでグッと記事に厚みが増し、説得力も生まれたと思っています。おふたりには本当に感謝しています。

この講座を受けようと思ったきっかけは、勤めていた専門誌の出版社を辞めたとき、これからはそれ以外のジャンルにも挑戦してみたいと思ったからです。世の中で言われている「ライター」という仕事への体系的な理解を深めるのにとても充実した半年間でした。

なかでもとくに印象に残っているのは、毎回違うテーマを与えられて文章を書く、少人数でのクラスです。毎回的確なアドバイスをいただき、本当にためになりました。

これからは、せっかく音楽の現場にいるので、今回のドラムテックのような、音楽のテクニカルで専門的なことを、わかりやすく解説するような記事を書いてみたいです。