「読み書き障害」がある僕が学ぶ楽しさを持ち続けられた理由~合理的配慮を受けて学んだ若者の今を追う~

本記事では、宣伝会議「編集・ライター養成講座」45期修了生の三好ひろみさんの卒業制作を紹介します。

「障害者差別解消法」の改正に伴い、令和6年4⽉より⾏政機関だけでなく⺠間事業者も、障害のある⼈への「合理的配慮の提供」が義務化される。しかし、その事実や詳細についてはまだまだ認知されていないのが現状だ。

教育現場では、7年前から「合理的配慮の提供」が始まっており、特別な教育的⽀援を受けて学んだ⼦どもたちが社会に出始めている。合理的配慮とは何か。それがどのような効果をもたらすのか。困難な状況がありながらも、⾃分に合った学び⽅で⼒を蓄えた若者が、いきいきと夢を追う姿を通して、その意義について考える。

写真 人物 ⾼尾耕⼤さん

高尾 耕大(たかお・こうだい)さん/「読み書き障害」があり、高等学校で合理的配慮を受けて学ぶ。その後、県内の農業⼤学校へ進学し、現在は香川県小豆島にある実家のオリーブ農家「農業生産法人 株式会社高尾農園」で働く。

「先⽣、お久しぶりです」――6年ぶりに会う⻘年は冬にもかかわらず⽇に焼けた顔で、はにかみながら名刺を差し出した。肩書きは「農夫修⾏中」。⼩⾖島にある実家のオリーブ農園で働く⾼尾耕⼤さん(22歳)。彼が⾼校1年⽣のとき、筆者は教員として彼の教育相談を担当した。

ノコギリ⼀本で⼭を開墾し、こだわりのオリーブを育てている⽗親の背中を⾒て育った彼は、⾼校に⼊学してまもなく「⽗に憧れているんです。将来は家業のオリーブ農園を継ぎたい」そう熱く語っていた。その彼が⼀歩⼀歩夢に近づいている。しかし、ここに来るまでの道のりは平坦ではなく、さまざまなトライ&エラーの連続だった。

 

⾃分だけできないのはなぜなのか分からなかった⼩学⽣時代

学習障害(LD)と診断されたのは、中学1年⽣のとき。特に、漢字やアルファベット、カタカナなどの読字障害(ディスレクシア)や書字障害(ディスグラフィア)があることが分かった。⾔葉の概念や⽂章の理解ができないわけではない。⽂字情報のインプットとアウトプットに困難がある。「⻑い⽂章を読むときは、全部の⽂字がポーンと⼀気に⽬に⾶び込んでくる感じ。それを処理することが難しい」と彼は⾔う。

文章を読むとき、一般の人の目の動きは行ごとに左から右へと順に移っていくのに対し、「読字障害」がある人の目の動きは、文字順を追うのが難しい状況であることが分かる。出典:河野俊寛(2012)「読み書き障害のある子どもへのサポートQ&A」読書工房

「読み書き障害」と⼀⾔に⾔っても、下の図のように⽂字の⾒え⽅が⼀般の⼈と違う例もあれば、⾳韻処理(⾳と⽂字を組み合わせること)が難しい場合など、⼈によってその原因や状態は異なる。

出典:河野俊寛(2012)「読み書き障害のある子どもへのサポートQ&A」読書工房

「⾃分にとってはそれが当たり前だったから、⼈との違いに気づきようがなかった」――⼩学⽣低学年のころは、宿題の時間になると怒ったり騒いだりして⼈の何倍も時間がかかった。ノートの字は線からはみ出し、汚くて読めなかった。

⾼学年になっても状況は変わらず「周りの⼦はテストでいい点をとるけど僕はとれない。⾃分はバカな⼈間だと思ってた」分かっていたのは⽬の前の結果だけ。劣等感に打ちひしがれた。

 

学⽣サポーターとの出会いが勉強嫌いな少年の好奇⼼に⽕をつけた

学ぶ意欲を失ってもおかしくなかった⼩学⽣時代。しかし、そんな彼の知的好奇⼼を掘り起こし、耕してくれた⼈たちがいる。実家の⾼尾農園に毎年やってくる京都⼤学の学⽣サポーターだ。縁あって農園の除草作業や収穫などを⼿伝いに来てくれている。

「もう10年の付き合いですけど、⾃分の⼈⽣にすごく影響を与えた⼈たち」

初めての出会いは⼩学5年⽣のとき。内気な彼に農業サークルの先⽣が声をかけた。「京⼤⽣はどんなことでも答えてくれるから好きなこと聞いてみなよ」⾃信のない彼は(相⼿にされなかったらどうしよう…)と不安だったが、勇気を出して⽇頃の不思議を聞いてみた。「地球はなぜ丸いの?」「海はなぜ⻘いの?」「夜になるとなぜ暗くなるの?」

すると学⽣たちは、物理も化学も分からない⼩学⽣にも分かるように、分⼦や電⼦をマリオカートのカメに例え、⾝振り⼿振りで楽しく説明してくれた。「なるほど!」分かる楽しさと、⾃分に向き合ってくれた嬉しさが同時に込み上げた。その後も、学⽣たちは⼩学⽣のあふれ出る探究⼼に真摯に向き合い、学問の楽しさを教えてくれた。

「あのとき軽くあしらわれていたら、もう⼈に聞くことをやめていたと思う」勉強がとことん嫌いになるかどうかの分岐点だった。
その後も相変わらず学校の成績は悪かったが、知的好奇⼼に⽕がついた少年は、雑学だけは周りの誰にも負けなかった。

中学⽣で学習障害があることが分かった⾼尾さんは、医師の意⾒をもとに学校でできる⽀援をお願いした。

「聴覚からのインプットが有効」なことからボイスレコーダーの使⽤が許可され、家に帰って⾳声を聴きながら授業の復習ができるようになった。定期考査の試験問題の拡⼤やルビ振り、試験時間の延⻑などの配慮もされた。

「勉強に熱⼼につき合ってくれたのは⺟です。僕が覚えやすいようにクイズ形式で問題を出してくれた。まだデジタル教科書がない時代に、あの分厚い教科書の1ページ1ページに⼿書きでルビを振ってくれました」

できることから始めた。何が正解か分からないし、すぐに効果があらわれるわけでもない。「いつか咲くかもしれない種をこつこつと蒔く」そんな地道な作業だった。

 

特別な教育的⽀援を必要としている児童⽣徒は、通常学級に8.8%

⽂科省の令和4年度の調査※1によると、⾼尾さんのように「知的発達に遅れはないものの、学習⾯または⾏動⾯で著しい困難を⽰す児童⽣徒」は、⼩・中学校の通常学級で8.8%在籍している。これは1学級のうち約3⼈の⼦どもが、特別な⽀援を必要としているということ。しかし、そうした困難があっても適切な⽀援を受けることができず、学校不適応を起こしている⼦どもも少なくない。

令和3年度の全国の⼩・中学校の不登校の数※2は、前年度から約25%増の24万4940⼈。その要因は「無気⼒・不安」が半数近くを占め「学業の不振」も含まれている。

「不適応の⼦どもたちの中には、何かしらの障害が隠れている場合もある」と⾹川⼤学教育学部の坂井聡教授は⾔う。そのような⼦どもたちが、やる気を失うことなく学校⽣活に参加できるようにするためには何が必要なのか。

※1 通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童⽣徒に関する調査(文科省)
※2 令和3年度 児童⽣徒の問題行動・不登校等 生徒指導上の諸課題に関する調査(文科省)

「障害は環境の側にある」――新しい障害観へのアップデートが必要

そもそも「障害」とは何なのか――⾼尾さんの⽀援にもかかわった坂井教授によると「障害はその⼈にある」という旧来の考え⽅から「障害は環境の側にある」という新しい障害観に変化しているのだという。

香川大学教育学部特別支援教育講座 坂井 聡 教授 言語聴覚士。公認心理師。バリアフリー支援室室長。障害児の教育方法やコミュニケーション指導が専門。教育学部附属特別⽀援学校校長も務める。

「以前は『ICIDH』※3の考え⽅が主流でした。『何らかの機能障害がもとで⽇常⽣活や仕事、余暇に⽀障をきたす能⼒障害があり社会的不利が⽣じている』といった場合、能⼒障害の部分を教育で改善することで社会的不利を取り除きましょうという考え⽅。⼦ども⾃⾝を鍛え、できないことはできるようにするという訓練的な発想です。例えば、読字障害のある⼦どもに『カタカナが読めないなら、読めるようにして受験しなさい』ということ。でも、読字障害があってカタカナが読めない⼦どもは、いくらがんばってもそれを読めるようにはならない」

「それに対し、今は『ICF』※4の考え⽅が主流です。参加できないことや活動できないことが障害。例えば、⾞椅⼦で⽣活する⼈にとっては階段が障害だということ。この⾞椅⼦ユーザーにとっての階段が、世の中にはまだまだ多い。この階段(障壁)をスロープ(バリアフリー)にかえるような⽅法を考えて、多くの⼈が参加・活動できる社会にしていかなければ」

※3 ICIDH…「International Classification of Impairments,Disabilities and Handicaps」(国際障害分類)1980年
※4 ICF…「International Classification of Functioning,Disability and Health」(国際生活機能分類)2001年

合理的配慮は、同じ眼鏡ではなく同じ様に⾒える眼鏡をかけること

そうした障壁を取り除くために必要な⼿⽴てが「合理的配慮」だという。

「障害のある⼈から申し出があった場合に、個別の状況に応じて⾏われる配慮です。『合理的配慮の否定は障害を理由とする差別に含まれる』とされています。もちろん可能な範囲があるので、実情に合わせて落としどころを考えていく必要がありますが、要は⼀⼈⼀⼈が度に応じた眼鏡をかけられるようにするってこと。『みんなが同じ眼鏡をかける』のではなく『みんなが同じ様に⾒える眼鏡をかける』という発想です」

実データ グラフィック

左)みんなが同じ眼鏡をかける 右)みんなが同じ様に見える眼鏡をかけるの意。
誰もが参加・活動ができるようにそれぞれの状況に応じた配慮をするということ。

 

⾼等学校⼊学と同時に学校での合理的配慮が義務化

地元の公⽴⾼校を受験した。⼊試では、中学校からの特別措置願いにより、問題⽂の多い教科の試験時間の延⻑と問題⽂のルビ振りの配慮が⾏われた。

合格発表は、みんなが⾏く時間を避け、⼣⽅に⾒に⾏った。⾃分の番号があるのが⾒えた瞬間、ホッとして⾜が震えた。

平成28年4⽉「障害者差別解消法」の施⾏により、学校での「合理的配慮の提供」が義務化された。それと同時に⼊学した⾼尾さんは、医師の診断などをもとに合理的配慮を申し出た。

「これ分かる?分からない?」
先⽣たちはまず、できることとできないことを把握し、障害によって⽣じる学校⽣活の中での不利益を調べてくれた。それによって彼⾃⾝も客観的に⾃分の状況を知ることができた。できない部分を補うための情報や⼿段を提⽰してくれた上で「いろいろやってみて合うものを探せばいい。選ぶのはあなただよ」と⻑い⽬で⾒てくれた。

写真 ルビ入り教科書

当時の試験問題 B4サイズをA3サイズに拡大し、本文との間隔が空いた見やすいルビが振られている。

当時、学校では禁⽌だったタブレット端末の持ち込みが許可されたことで、授業中の困難は軽減した。板書は写真に撮って拡⼤、アプリを使ってまとめたノートは、データ提出が認められた。まだ出始めだったデジタル教科書を取り寄せ、読み上げ機能で聴いたり拡⼤したりできるようになったことは画期的で、それによって膨⼤な量のルビ振りが必要なくなった。試験時は1.3倍の時間延⻑やルビ振り、⽤紙の拡⼤など⼤学⼊試と同等の対応がされた。

写真 ボカペン

VOCA-PEN(ボカペン) 録音ができるペン型ICT機器。問題集とテスト両方にシールを貼り、リスニングでインプットできるようにした。

「でも英語だけは全くダメでした」ーー他の教科は少しずつ点数がとれるようになったが、アルファベットがネックだった。朝の単語テストは、ほぼ0点。⾒かねた英語科の先⽣がボカペンを使って、リスニングでテストする⽅法を提案してくれた。みんなと同じテスト⽤紙にシールが貼られており、ペンで触れると先⽣が録⾳した⾳声がイヤホンから聴こえる。聴いた単語の意味を、みんなと同じく⽇本語の選択肢から選んで解答した。

リスニングでのテストの効果は絶⼤だった。「読む」ことでは全く認識できないアルファベットが、聴けば⾔葉として覚えられる。その後、単語テストは満点をとれるまでになった。「定期考査の英語は、卒業までに得点が3倍になった。最初何点だよって話だけど」

⽂字情報のインプットとアウトプットを代替策でカバーすることで本来の⼒が発揮できるようになってきた彼は、テストの点を隠さなくてもよくなった。「僕の点数を⾒て、仲間はびっくりしてた。『え、俺よりいいやん?』って。僕の点数がみんなの安⼼材料だったみたい」と笑う。点数の良し悪しにかかわらず、同じ⼟俵で学べるようになったことで「これが⾃分だ」とオープンにできるようになったという。

「⾼校に⼊学するまでは濃い霧の中にいた感じ。何も⾒えず、どこにいるのかも、どこに向かえばいいのかも分からなかった。でも、⾃分にとっての困難がクリアになって、⾃分に合った⽅法が分かって、それを求めていいって知れたことで⽬の前の霧がスーッと晴れた。⽬の前に現れた道をずっと進んでいけば、⾏きたいところにたどり着くと思えた」と彼は当時を振り返る。

次ページ 『「⾔葉は伝わるだけでオールオッケー」それを実感したアメリカでの事件』へ続く


「⾔葉は伝わるだけでオールオッケー」それを実感したアメリカでの事件

⾼尾農園を訪れたアメリカ⼈農夫からの招待を受け、⾼2の春休みに弟とサンフランシスコに⾏った。初の海外だが、2⼈とも英語には全く⾃信がない。弟がぎりぎりキッズサービスを受けられる年齢だったこともあり、国際線の乗り降りはスムーズだった。

「⼊国審査は⼤して難しくない」と⽗から聞いていた。なのに⽬の前の審査官がものすごい剣幕でしゃべっている。「………。」何を⾔っているのか全く理解できず、なすすべがない2⼈はまたたく間に別室に連れて⾏かれた。

いかつい⼈たちの中に放り込まれた、⽥舎から出てきた坊主頭の頼りない2⼈。完全武装でライフルを握る恐いおっちゃんたちがこっちをにらんでいる。「ヤバいヤバい」――不安に耐えること1時間。担当者が連れてきた通訳者に話しかけられた瞬間、彼は叫んだ。「に、⽇本語通じるぅ~!!」通じない絶望の後の通じるありがたさに涙した。

「最近、アメリカにやってくる⼦どもが⾃爆テロを起こす事件が起きてるの。あなたたちテロリストと疑われたのよ」
「ええーー!?」

読めなくても書けなくても、⾔葉は伝わるだけでオールオッケー。⽇本でならもう何でもできそう!⽇ごろ不便を感じていた彼が、それは⼤した不便ではないと気づいた瞬間だった。

 

⾃⼰理解と⾃分に合った⼿段の獲得が⾃分らしく⽣きるための第⼀歩

⾃信がついた彼は、⾃分の良さにも⽬が向くようになる。中でも⼀番の強みは「⾃分⼤好きになったこと」で、オンリー1でよかった⾃分が、ナンバー1を⽬指したくなったそうだ。弱み、強み、⾃分に合った⼿段…彼は試⾏錯誤の過程で⾃⼰理解を深めていった。

当時の担任だった⻄条知⼦教諭(現:香川県立坂出商業高等学校)は、学ぶ意欲を継続させるには、個の特性に応じた学習⼿段を⾝につけることが⽋かせないという。

「学習には動機づけが⼤切です。彼には⽬標も意欲もありましたが、⼒をつけるための⼿段がなければモチベーションは維持できません。本⼈の特性に応じた学習⼿段を⾝につけた上で動機づけをすることが、学⼒を伸ばす上では重要なことでした。あとは⾝につけたことを⾃分のものにして⾃⽴していけるか。学年が上がるにつれ、彼の主体性を優先していきました」

教育現場では⼦どもたちの⾃⽴を⽬指して⽀援を⾏っている。しかし、その⽬指すべき「⾃⽴」をどう捉えるかによって、教育の⽅向性は違ってくるのではないか。

 

「⾃⽴」って、何でも⼀⼈でできるようになること?

「あなた⾃⽴してますか?」

坂井教授は教員研修で先⽣たちにこう質問した。すると意外にも「してません」と答える⼈が多かったと⾔う。学校の先⽣ができていない⾃⽴を、はたして⼦どもたちができるのか?

「ハードルが⾼すぎるんです。⾃⽴って、何でも⼀⼈でできるようになることではない」教授はそう⾔って、さらに続けた。「⾃⽴とは、尊厳ある⼈として認められながら、周囲のサポートを受けて、⾃分らしく⽣きること。⼈や物に頼ってオッケーなんですよ。だから誰にでも⾃⽴は可能。そのことをみんなで共有できたらいい」

「助けてもらったらダメ」「⼀⼈でできないとダメ」と⾔われ、苦⼿なことを克服することにとらわれ、気⼒を失っていく⼦どももいる。苦⼿なことは代替策や⼈に頼ることでカバーし、⾃分の強みや興味に時間を費やす⽅が健全なのではないか。「⾃⽴」の概念を⾒直し、「⾃分らしく⽣きる」ための⼿段や活⼒を育む教育への転換が必要だ。

 

使える武器と環境変化で 特別な配慮が必要なくなった

⾼校で⾃分らしく⽣きるための⼿段と活⼒を⼿に⼊れた⾼尾さんは、県内の農業⼤学校に進学。「⼊学後は特別な配慮を申し出る必要がなかった」と⾔う。ここ数年で学習環境は⼤きく変化した。ICTの活⽤は当たり前になり、タブレットの持ち込みも、課題のデータ提出もわざわざ許可を得る必要がない。環境が変われば、彼の代替⼿段が⼈とは違う「特別なこと」ではなくなった。

発想を変えるだけで、フェアな環境はすぐにでもつくれるのかも知れない。「みんな同じ紙の教科書」「ノートは⼿書きでなければ」などという既成概念が「個別最適な学び」の弊害になってはいないか。改めて⾒直す必要がある。

 

ただ今、農夫修⾏中!

農業⼤学校教育助⼿として1年勤務したのち、⾼尾農園がオリーブオイルを卸している広島のフランス料理店で5ヶ月間修⾏した。お客様の前で料理に直接オイルをかけ「いかがですか?」と⽣の声を聞く。それは⽣産者としてとても貴重な経験だった。

秋にはオリーブオイルの採油から濾過までを初めて⼀⼈で⾏った。「⽗と味が変わったと⾔われるのが⼀番怖い」と苦笑いする。それもそのはず。昨年⽗親が絞ったエキストラバージンオイルは、フランスの権威あるコンテストでブラックラベル(世界⼀)を受賞している。⽗のように妥協せず⼀⽣懸命に⼿間をかけた。⾼尾農園のモットー「どこまでも真⾯⽬で真っ直ぐな」エキストラバージンンオリーブオイルだ。

高尾農園のオリーブ畑 エキストラバージンオイル耕⼤ver.第1号
左)ミッション種 右)ルッカ種

 

夢はつづくよ、どこまでも。

学⽣サポーターが耕してくれた知的好奇⼼という⼟壌に、みんなで地道に蒔いた種がしっかり芽を出している。

4⼈兄弟の⻑男。将来は兄弟で⾼尾農園グループをつくることが夢だ。オリーブ・アスパラ・養蜂・柑橘……来年からは養蜂場での修⾏が始まる。

「オリーブオイルといえば、ミスター⾼尾のオリーブ農園と⾔われるような世界で通⽤するブランド⼒をつけたい」
「⽂化功労者に選ばれるくらい、農の道を極めたい」
「いつかメルセデスのゲレンデを買う。それと25歳までにハーレーでオリーブ畑を⾛る。それと、それと……」

芽⽣えた若者の夢は果てしない。

事務所で夢を語る高尾さん 壁面には、エキストラバージンオイルの鑑定書や多くの受賞額が飾られている。

 

努⼒すべき正しい⽅向性をサポートすることが⼀番のキーになる

――もし困難が理解されず、みんなと同じ学び⽅しか選択肢がなかったらどうなっていたか。

「うーん……」と少し考えて、⾼尾さんはこう答えた。「完全にやる気を失って、今ごろ廃⼈になっていたんじゃないかな」――そう思う彼は⾃分と同じようなことで困っている⼦どもたちにも「⾃分に合った参加の仕⽅を⾒つけるチャンス」があって欲しいと案じる。

「⼦どもが⼈との違いに⾃分で気づくのは難しい。だから周囲の気づきが必要です。よく『努⼒は報われる』とか『報われない』とかいうけど、要は努⼒の仕⽅。努⼒すべき正しい⽅向性をサポートすることが⼀番のキーになると思う。⾃分なりの⽅法が分かったら、勉強も学校も楽しくなるから」

 

みんなが参加・活動できる明⽇へ

「合理的配慮」――その⼈らしく⽣きるための個別の⼿⽴てが、活⼒ある若者を育てている。今やテクノロジーは進化し、困難をカバーするための選択肢はいくらでもある。しかし、それを活かすべく使い⼿の意識が、旧来のままとどまってはいないだろうか。

⼤らかな発想と少しの⼯夫で誰もが参加・活動できる環境をつくり、⾃分らしくいきいきと⽣きる⼈が増えれば世の中はどんどん元気になるはずだ。

「⼈に恵まれ、多くの⼈に助けてもらった。今度は⾃分が助ける番。⼩学⽣のころ夢中で語り合った学⽣サポーターとの時間みたいに、多様な⼈がフェアな⽴場で集える場所をつくりたい」

もえ⽴つ若者の夢は、やがて花を咲かせるに違いない。

三好 ひろみ氏

三好 ひろみ(みよし ひろみ)

1968年生まれ 香川県在住
高等学校・特別支援学校教員として30年勤務し、2022年に早期退職。
今後は「聴く」「書く」「話す」ことを通して、人と社会をつなぐ活動をライフワークにしていこうと目下修行中。

 

【受賞コメント】
人に伝える一つの手段として、「書く」スキルを身につけたいと「編集・ライター養成講座」に飛び込みました。全40回の講座のうち、何度かは表参道の教室に。一歩踏み出したからこそ出会えた多種多様な方々とのコミュニケーションを通して、自分の知らない世界や多様な価値観、多くの情熱に触れ、自分自身の内と外を見つめ直す良い機会になりました。
卒業制作は、今後もライフワークにしていきたいテーマを選びました。初めての取材と執筆。インタビュイーの思いや、時間を無駄にするまいと必死でした。何とか形にすることができてほっとしましたし、賞をいただけたことで少し恩返しができたような気持ちです。この記事がより多くの方々に届くことを願っています。
「先生、全部オープンに書いてよ」と、若いながらも自分の生き様をさらけ出してくれた教え子の高尾耕大さんにはリスペクトと感謝しかありません。その後も明るく誇り高く生きている姿に、ただただ喜びが込み上げました。「いつか僕の本を書いて」という彼の望みを叶えるためにも、ますます精進しなければ。また、障害のある子どもたちへの支援について、常に先進的な知識をご教授くださる坂井聡先生にも心より感謝申し上げます。
講座を受けながら、自分が成長しているという実感がありました。そんな感覚は久しぶりでした。お忙しい中、熱のある講義をしてくださった先生方、準備・調整をしてくださった事務局の方々、ともに学んだ仲間たちのおかげです。ありがとうございました。本講座での学びを生かし、「世の中捨てたもんじゃない」——読む人がそう思える文章を届けられるライターを目指します。

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