黒須美彦×長久允「黒須さんのCMと現場は、まさに『映像の学校』でした」

「プレイステーション」「金麦」をはじめ、数々の話題のCMを制作してきたクリエイティブディレクター 黒須美彦氏。2023年12月末に、これまでの仕事で培ってきた映像の企画と技、そして広告界のさまざまな人たちについて綴った『門外不出のプロの技に学ぶ 映像と企画のひきだし』を上梓しました。そんな黒須氏のCMにほれ込み、自ら「黒須マニア」と称するのが、映画監督でクリエイティブディレクターの長久允氏。若かりし日に黒須氏と仕事を共にしたこともあり、さまざまな学びがあったと言います。今回、師弟関係とも言えるお二人に、映像の企画について語っていただきました。

黒須美彦氏(左)と長久允氏(右)

企画前にあらゆる映像を見て、徹底的に検証する現場

黒須:長久くんと一緒にお仕事したの、何年前でしたっけ?僕が電通の若手クリエイターをいっぱい呼んで、競合の仕事をしたときかな。

長久:僕が入社して2、3年目だったと思います。15年ほど前ですね。

黒須:当時、僕がシンガタに移って6年目くらいで、野末敏明さんが電通の若手を見てください、と采配してくださったんですよね。それで、個人的に気になる人たちの名前を挙げた中の一人が長久くんだった。

長久:そのとき、僕は女の子がブランコに座ってしゃべるだけのコンテを提出したんです。他のCDだったら絶対に落としたと思うんですが、黒須さんが「すごくいいね」と言ってくださって。あ、僕が考えていることが伝わっている、わかってもらえた!と思ってうれしくなったんです。それまでは、どちらかと言うとマーケティングありきの企画に参加していたこともあって、世界観とかセリフの語尾とか、そういうのをわかってもらえたことがとてもうれしかったんです。

黒須:それは何かに収束するストーリーだったんですか。

長久:細かいところは自分でも覚えていないのですが…収束しなかったと思います。

黒須:多分、それがいいと思ったんだ(笑)。

長久:ただホワっと商品説明をしていただけでした。CDである黒須さんの作風にあてたわけでもなかったのですが、そこからお仕事に呼んでいただける機会が増えましたね。

黒須:僕もそこで電通の人たちのやり方を学んだり、して。

長久:黒須さんと一緒にお仕事しているとき、楽しかったですよ。イオンのお客様感謝デーとか。

黒須:あの仕事は出演するタレントさんの関係で撮影が一度しかできないから、編集段階で色々と組み合わせられるように、カレンダーの数字のカットを全部撮ったり。

長久:タレントさんのリアクションもいろいろ撮りましたね。

黒須さんとのお仕事は、それまで僕がやってきたこととだいぶ違って…。「こんな商品が出ました!どうだ!」ではなく、その商品の周りにあるものをとても大事にしている感じがしたんです。語尾とか、しぐさとか、商品だけではない人のシズルのようなものやユーモア。そして、黒須さんご自身は商品についてとても機能的に思考された上で、そういう雰囲気や世界観をアウトプットしている。そういう気配を察知するような感覚は、他のCDでは見たことがありませんでした。当時から、僕は意味のないセリフを書くのが好きだったので、ようやく自分のことをわかってもらえる人に会えた!という。自分の価値観と合う方を初めて見つけたような気持ちでした。ご本人のそういう価値観と広告が表裏一体でできているのが、黒須さんならではですね。

黒須:かつて電通にも安西俊夫さんのように、セリフにこだわっている人たちがいたけれど、長久さんが入社したときは、もういなかったんだね。

長久:黒須さんと仕事をさせていただいたことで、いまの自分の筋肉になった部分がたくさんあるんです。特に印象深かったのが、映像実験の検証。CMを撮るとなると、本当にいろいろな映像を見て研究しますよね。

黒須:そうでうすね、CMだけじゃなくて映画とか、ミュージックビデオとか。

長久:黒須さんの代表作とも言えるロッテ・ザッカルの葉月里緒菜さんのCMはまさにそうですが、「カメラ目線で突然しゃべる」というテーマがあれば「ウッディ・アレンのあの時突然喋り出すシーン」というようにとにかくありとあらゆるものを見直す。それらをすべて網羅した上で、「いまはこれなんじゃないか」と企画していきます。だから、一緒にお仕事をさせていただいた時期に、自分の中に映像がものすごくストックされたんです。

黒須:もちろんそれは協力してくれる制作会社の方たちの力も大きいんですけどね。僕はYouTubeを見ていて気になる映像があると、すぐに動画に撮って、その時に一緒に仕事をしているスタッフに送るんです。新しい映像に対する反応は、昔もいまもずっと変わっていないかもしれないです。

長久:映像って、これまでのリファレンスがあった上で自分はどうしていくか、と考える作業だから、自分の中に常に新しいものをストックしておくことが大事。ある意味、そこからサンプリングして、自分たちの表現をつくりあげていくようなところはありますよね。

黒須:本にも書きましたがが、マイケル・ケイン主演の『アルフィー』(1966年)はカメラ目線に特徴がある映像で、のちにジュード・ロウでリメイクされています。リメイク版では同じ脚本を使いながら、スタッフは1作目を見ないようにして、どういうふうにカメラ目線をつくるかを新たに考えていったそうです。そういう本質をつく考え方、大事ですよね。

とはいえ、企画によって、入口から考えるものもあれば、出口から考えるものもあって、映像のストックの仕方もいろいろでした。例えば「最近、油絵のCGってないよね」と思って、そういうのを集めたり。「これは分割だな」と思えば、分割をしている映像をひたすら見たり。

長久:映像って無限にあるじゃないですか。その上、新しいものがどんどん出てくるし。だから、そこには常に貪欲であるべきだなと思います。ただ周りになかなかそういうマニアがいなくて。趣味で映像が好き、音楽が好きという人はたくさんいますが、仕事においては、ここまでマニアックな視点で作業されている方は黒須さん以外で出会ってません。

黒須:僕は理系の出身なので、学生のときは映像に携われるなんて思ってもいなかった。でも映画はすごく好きだったし、せっかくそこに関われるんだったら、もっと覚えてやろう、誰よりも知ってやろうという気持ちがありましたね。

長久:新人の頃、カンヌライオンズで入賞したCMのカット割りを自主的に描き写してみたことがあるんです。3日くらいひたすらやっていたら、先輩に「そんなことやっても意味がない」と怒られたことがあって…。このカットはこうなんているんだ!という発見がいろいろあったので、いま振り返ると、あれは絶対に意味があったなと思うんですが。

黒須:僕も博報堂時代に、新人研修で自分の好きなCMの絵コンテを描いてもらうのをやっていましたよ。結構、みんないい加減に描くんですよ(笑)。

長久:カット割りには全部意味があるから、映像を勉強するうえでは絶対に役に立つと思います。

黒須:長久くんは青山学院大学を出たあと、専門学校で映像を学んだんですよね?卒業制作でつくった『ゼロ年代全景「FROG」』のDVDを持っています。90日間雨が降らず、ペットボトルが500円になった世界が舞台という、あれは不思議な映画でした。

長久:あの映画は、自分の作風とは違う映画っぽいことをやろうとして失敗しました。その後、映画という夢は一度あきらめて、CMプランナーとして仕事を始めたんです。それで黒須さんと出会った後、あらためて『そうして私たちはプールに金魚を、』という映画を撮ったのですが、このときはCMの仕事でのトレーニングで身に付けたものを使うことができました。

黒須:僕がトレーニングしたわけではなくて、長久さんが仕事の中でいっぱい拾って吸収してくれたものが、あそこでポン!と花開いたんだと思います。

長久:『そうして私たちは~』ではカメラ目線で話す、ここでタイトルを入れるとどうなる?という実験をしながら、黒須さんがCMでオフナレーションを活用していたのを思い出して、それを使ってみたり。映画的に言えば、当時オフナレとスーパーインポーズはまだ邪道でしたから。

黒須:15秒で収めるのに、映像で説明していたら終わっちゃうけど、オフナレ使うと、なんでも簡単に説明できちゃうものね。

長久:最近は連続ものの配信ドラマも増えたので、そういうのがうまく活用されていますね。

黒須:僕は昔からCMの中にカレンダーや数字を記号として出したり、CMだけど文字を使ったグラフィカルな表現にトライしてきました。近年のウェス・アンダーソンや『キングスマン』を演出したマシュー・ヴォーンといった監督は、タイトルなどに文字を上手に使っているなと思います。

長久:黒須さんと一緒に仕事をして、もう一つ印象に残っているのが、登場するキャラクターにちゃんと名前を付けるということ。あるコンテで「私の彼は…」と書いていたら、黒須さんに「みんなに知ってもらう必要はないけれど、彼氏に名前を付けたほういい」とアドバイスをいただいて。それで「勝浦くんは~」と変えた覚えがあります。例えあだ名であっても、具体的であればあるほど、その人物や彼らがいる世界のディテールやシズルが増してくる。それ以降、必ず名前を付けるようにしています。

黒須:それは、ロッテの「ヨーグルト100」というキャンディを担当したことがきっかけでした。CMキャラクターである葉月里緒菜さんがカメラ目線で男の子に話しかけるストーリー。カメラの位置には手をつないでいる男の子がいるという設定で「ねぇ」と話しかけるんだけど、相手を呼ぶのに「ねえ、君」より、リアルな名前がいい、監督が「ねえ、くろす」はどうかと。これには、めちゃくちゃドキドキしました。ま、結果ほかの名前になりましたが、そのグッとくるリアル感は忘れられない。それから、コンテを描くときに具体的に名前を考えるようになりましたね。

長久:絶対に「ねえ、あなた」より「ねえ、くろす」のほうがディテールの解像度が上がりますよね。例えその人が登場しなくても、存在が際立ちます。

もう一つ、黒須さんの現場に参加して気になったのが、CDの多くは撮影中にモニターを見ているのですが、黒須さんはいつもカメラの脇にいますよね?

黒須:「カメラの後ろに立て」というのは、かつて広告会社時代に教えられたことなんです。撮影を見ていて何か気づいた瞬間にすぐに言える距離にいないとだめだ、と。モニターを見ているだけでは言いづらいですからね。でも、カメラの後ろにいると、カメラマンにうるさく思われることもあり、そういうときは監督の後ろにいました。

長久:僕も以前はプランナーとしての撮影中に監督に「この台詞の語尾違いもください」と言っていたので(笑)、相当嫌がられていたと思います。

黒須:撮影時に、僕はいつもストップウォッチを持ってるんです。だから、中島哲也監督に「CDがストップウォッチ持つかよ」と、現場でよく言われてましたが、そのうち信頼されるようになり、同録のときに「絵を見なくていいから、音を聴いていて」と言われるようになりました。「今どう?」「いいと思います」と音のニュアンスのOKを僕が出して、絵はお任せしていました。

長久:僕もいまディレクターになって、現場で追加の語尾違いやリアクション違いなど、その人が言ったらよい言葉を探して粘りますね。語尾が「お」なのか、「ワオ」なのか、「へえ」なのか「ひゃ」なのかで、同じ文章でも全然違う聴こえ方になりますからね。

黒須:音に関して言えば、最近ナレーターががんばりすぎているのがどうも気になります。ブースに入った瞬間に、自分のカラーを出そうとがんばる。それは間違ってないんだけど、僕はできるだけ「フラットに読んでほしい」とお願いしています。今マイクの性能もいいから、そんなに声を張らなくてもいいし、普通に話してもらった上でニュアンスを変えていくようにしています。もちろん監督によっては「もっと強く!」みたいなこともあるけれど。

長久:広告は「伝える」ことを重視するから、どうしても「ドヤ感」が強いものになりがちだけど、それだけではない、もっと引いていた方が伝わることもあるんじゃないかと思いますね。

黒須:昔、糸井重里さんが「小さい声はみんなが聞き耳立てるから、よく聞いてくれるんだよ」とおっしゃっていましたね。

長久:いま、そういう思考を持っている人が広告界に少なくなった気がします。

 

黒須CMに見る「発明」の数々

長久:僕は黒須さんが思っている以上に「黒須マニア」なんですよ。ここで僕が好きな黒須さんのCMを発表したいと思います。

まずはサントリー「グレフル」の「かぜつよ」。言葉を情報過多にしていきながら、構造的でもあり。この商品名は先にあったんですか。

黒須:商品名もプレゼンしたんです。元々はクライアントの資料に「レモン、みかん、グレフル」って書いてあって。「グレフルって何ですか?」と尋ねたら、業界ではグレープフルーツを「グレフル」と呼んでいると。つまり四文字短縮言葉なんだけど、これは商品名になりますか?と尋ねたら、一般名詞になっているので商標は取れないけどできますよ、と言われて実現したんです。

長久:プランナーとしてはネーミングからCMまで一貫してつくられたからか、その整合性が取れているというか、きちんと映像のディテールに落ちていますね。

黒須:調子に乗って、シリーズの最後のほうで歌にしたら、唄は語尾を伸ばすから、4文字のキレの良さが無くなってしまった(笑)。

長久:二つ目は、カゴメの野菜生活の定点観測シリーズですね。庭に抜けていく部屋にカメラを固定して、その中で篠原涼子さんなど登場人物たちによる小さなドラマを見せる。あの切り取り方がシズルになっていて、静かだけど強さがあります。

黒須:この頃はいろんなやり口を考えていたので、定点観測もその一つ。

長久:あの映像を見ていると、野菜生活をすごく飲みたくなるんです。マーケティングとは違うかたちで、映像じゃないとできないシズルが購買意欲をそそるんですね。

ちなみに、僕は黒須さんがつくられたプレステはどれも好きなのですが。特に好きなのが、プレイステーション2の発売までのカウントダウン広告。プレステの発売を待ち望むいろいろな人たちの気持ちを描いているのですが、中でも僕が好きなのは起動音がして、男の子がフロントローディングを唇で押し戻すというCM。

黒須:唇で押し戻すのは、蜷川耕士くんのアイデアでした。そういう些細な表現をCMでやりたかったんです。そういう表現を嫌うクライアントも多いのですが、ソニーコンピュータは僕らの自由なアイデアを受け止めてくれてました。このカウントダウンシリーズは他にも実験的なことをやっていて、チャット画面だけしか映っていないCMとか、12タイプのCMの質感を全部変えているんです。

長久:みんなの気持ちをそれぞれに合うようにかたちにしていったんですね。それぞれの購買意欲にシズルを感じます。

黒須:表現の形式をいろいろなかたちで散らしていく、そのやり方を当時は「チラシ」と呼んでいました。中島哲也監督と開発したのですが。マツダの「アンフィニ」もそうでした。あのCMでは最初にコピーを6つ決めて、それに合う映像をつくっていったんです。同じシリーズとは思えない、全然違う質感の映像を用意して、そのチラシ方がいいぜとつくってみたのですが、ほとんどがオンエアされず…。そのチラシ方の効果は検証できず、でした。

長久:あと、とても印象的だったのが、資生堂のエクボ堂。「エクボの立場としましては~」というナレーションが好きで。広告の立ち振る舞いとして、すごく楽しそうでいいなと思いました。

黒須:それはオマケでつくった映像ですね。登場していた女の子の生意気そうな画をあれこれ撮っていたんだけど、編集してみたら、なんだかいじめているみたいな気がしてきちゃって。それで一転、いい顔だけ集めようと編集し直して、「エクボの立場としては~君はそのままかわいくいてね」的なナレーションにしたんです。

長久:あとは室井滋さんが木の下にいる…

黒須第一生命のCM。市川準さんの演出ですね。最初、僕が室井さんになんでもいいから喋ってくださいとお願いして、子どもの頃の話とか、好きだった男の子の話とかしてもらって。それを長回しで、ただ撮っているだけ。あのCMは、公園で居心地のよさそうな場所を市川さんがいくつか探してきて、室井さんに選んでもらったのね。あの木の根元に室井さんがお尻をはめ込みながら「ここがいい!」って。そのあたりから撮っているんですよ。

長久:通常のCMでは撮れない動きやしゃべり方で、その自然体の感じはつくろうと思ってもつくれないものになっています。それがテレビからポン!と流れる強さがある気がしました。

黒須:あのCMでもう一つ重要なのは、オフナレなんです。同録ではなくて、あとから別に撮った声を載せているんです。オフナレの強さが見事に出ていますよね。

長久:オフナレで言うと、関谷宗介監督の蒼井優さんが登場する「まいにちイオンカード」のCM。登場したときの、部屋の中で蒼井さんが一人でしゃべっているのが本当に好きで。顔のアップが続くのですが、最後に「まいにちイオンカード」と書かれたパネルを持って風に当てて声を出しているのに、その声を使っていない。声が聞こえないのですが、あのシーンがポンとくるんです。

黒須:あれは関谷監督の引き算の凄さですよね。あのシリーズはいろんなことを仕掛けていたのですが、何かネタをやった後の蒼井優さんの表情がとてもよいから、カメラはずーっと冷静に回っているわけです。そういうところは関谷さんらしい。

長久:いろいろやっているけれど、やりすぎに見えないのはそういうことなんですね。最後にポンと引いて仕上げる、監督の技ですね。

黒須:映画『アルフィー』を見て、カメラ目線になるのをやりたいと関谷さんに言ったら、振り向いている所作まで入れると15秒で終わらないから、カメラ目線のカットをインサートしようと。「買い物」篇では、そういう流れになっています。

長久:このシリーズでは「雨の高速」というセリフがすごくいいんですよ。それから黒須さんと言えば、やはりNTTドコモの広末涼子さんのデビュー。僕はあのCMは全部好きなのですが、特に最後に流れる「ワンダフルプライス」という、独特のイントネーションが好きで(笑)。

黒須:あれはナレーションを加藤治子さんにお願いしたんです。

長久:大きな企業になればなるほど、サービス立ち上がりのCMで正しくないイントネーションを好まない。あれを通すのは、CDとして大変だったんじゃないかと思いました。でも、あの独特のイントネーションが圧倒的に強かったから、広末さんのビジュアルと共にすごい印象に残りましたね。

黒須:ディレクターは中村佳代さんです。佳代さんは、普通のイントネーションを嫌うんですよ。いつも劇画のようなセリフを書いていましたね。

長久:黒須さんのCMで好きなセリフはいっぱいあるのですが、特に言葉で印象的だったのは、葉月里緒菜さんが出演したロッテ「ザッカル」。「葉っぱに月の砂漠の月で葉月」と自己紹介する。

黒須:あれは古川裕也さんがつくったNECのCMで、齊藤由貴さんが「理由の由に貴金属の貴」と言うのに感化されて作ったの。「貴金属」という単語がすごいなと。

長久:あのCMは葉月さんが自己紹介している上に、「葉っぱに月の砂漠~」というセリフはザッカルという商品から遠い言葉を使っています。クライアントからすれば、一見無駄な時間にとらえられそうですが、それがCMとしての強度になっているし、何よりもしっかり商品名が残っていますよね。これは、意味があることとしてクライアントを説得なさったんでしょうか。

黒須:まあ当時、クライアントさんには若干言われたりしましたが…

長久:いまは、そういう戦いができない時代になりましたね。

それから黒須さんと言えば、女の子CM。イオンの「お客さま感謝デー」は、いまでも続いているカレンダーというフレームをつくったことは革命的でした。そして出てくる女の子、中でも特に乙黒えりさんの立ち振る舞いや演技の匙加減がとてもよかった。

黒須:実は当初、別のモデルさんに決まっていたのですが、その人は女子的な共感系の「かわいい」タイプだったんです。でも、CMは老若男女が見るのだから、絶対値のかわいい人がいいと思って、と、まあ勝手な独善的な言い方ですが、僕が乙黒さんを推薦して、クライアントを説得しました。

長久:セリフをちょっと棒読みするところが、毎月見てもいやじゃなくて、「お得でーす」と言われても押し売りされていない感が絶妙でした。こういう情報伝達系のCMって広告賞などではなかなか評価されないけれど、カレンダーで見せる、数字だけで見せるという企画はもっと評価されていいと個人的には思っています。

黒須:ああいうフレーム物は他でもプレゼンしたけど決まらなかったですね。

長久:結果として、カレンダーCMは今でも続いているし。あの発明はすごいことです。

黒須:カレンダーCMで「今日!」「明日!」というセリフは、「週刊新潮は明日発売です」というCMのナレーションからヒントを得ました。

長久:それから、中島哲也監督の三菱重工の「パーマをかけたのりこ」。「のりこさんは今日パーマをかけました」というナレーションから始まるCMで、フォークリフトのCMなんですよ。地味な会社員だったのりこさんが、フォークリフトで仕事が効率化して、恋をして、おしゃれになって、ついにパーマをかけたという…。

黒須:クライアントからのオリエンは、消費財として売るものではなくて、キャタピラーやフォークリフト、駐車場システムなどの500~1000万くらいの中量産品を押し出したいという。めったにCMの題材にならないような製品ばかりで、楽しんであれこれ企画しての1本目が「パ―マをかけたのりこ」です。このシリーズは、中島監督が15秒4階建ての段積み的なシークエンスの作り方にして60秒で見せました。さすがだなと思いましたね。

長久ロッテのヨーグルト100のCM「売店のさちこ」も近い質感ですよね。

黒須:駅の売店を舞台に「私は売店のさちこ」とモノローグが始まるCMですね。売店の売り子さんにとって売れる商品は面倒くさいんだろうなと思って、「私は暇なほうがいい」と。

長久:黒須さんはご自分で「けたぐり」と言うけれど、どれもロジックで成り立っているし、全然けたぐってないと思います。僕にとって、黒須さんのCMや一緒に仕事をした経験は、まさに「映像の学校」なんです。

そしてCMはいま旧文脈と言われているけれど、黒須さんのCMを見ていると、いまでもまだまだ試せることはたくさんあるし、まだまだ効くのにと思うんです。最近は直接話法のCMが増えてしまったせいか、視聴者の五感にひっかかりにくくなっていますよね。

黒須:僕も家でテレビが付いていて、そこに流れてきたものに自然に触れるという視聴態度ってやはりいいと思うんです。ネットは自分から入っていかないといけないから、突然出くわすとか、浴びるような感覚を得るのが難しい。それにWebムービーはターゲティングもされているから、自分がつくったCMが観れないことも多いよね。CMは、やっぱり、ふと出くわすのがいいなと。そこで五感が刺激されて、気にする、のめり込む、というのが理想かな。

※この中のいくつかの広告については、黒須さんの著書『映像と企画のひきだし』で紹介をしています。

 

「ここから来たか!」と驚かされる長久さんの企画案

長久:黒須さん、最近映像や音楽で気になったものってありますか。僕は最近、音楽家の窓辺リカさんの歌にはまっています。初音ミクを採用したものや、歌詞が素晴らしくて。それから、今年のR-1グランプリのトンツカタン・お抹茶さんの「かりんとうの車」の歌。

黒須:かりんとうの車?

長久:かりんとうの車にずっと乗っている…という人の歌なんですが、雨が降るからかりんとうが溶けちゃう。ワイパーはない…という。

黒須:それ、無意味でいいですね。

長久:「お風呂で考えました」みたいな歌を、人生がかかっている勝負の大会で歌って戦っているかと思うと、すごくしびれるんです。

黒須:最近話題になったドラマ『不適切にもほどがある』を見ていたのですが、最初はそんなに好きじゃなかったんです。でも、河合優実さんの目つきと存在とセリフが素晴らしくて、どんどん引き込まれました。ダメな父親をちょっと愛しながらも、どこかでバカにしている、あの目線が本当によかったですね。ご本人のキャラクターももちろんいいんだけど、やはり脚本の力も大きいのかな。

長久:ちなみに最近のCMはどうですか。

黒須:どうなんだろう…。問題解決型というのか、サービス名を連呼する、ちょっとうるさいCMが増えたような気がします。商品名を連呼するCMって昔から存在するのですが、いまのCMは本当にただ連呼しているだけで…。昨年リメイクされましたが、佐藤雅彦さんがつくった湖池屋「スコーン」なんて、ずっと商品名を連呼しているけど、リズムがあるから見ていて絶対にいやな気持ちにならないでしょう?そういう違いがあるんですよね。

長久:そういえば、佐藤雅彦さんがいま所属している映像チーム5月で、BEAMSのWebムービーをつくったり、NHKのドラマを演出なさっていたり、あらためて注目しています。BEAMSにしても、NHKのドラマにしても、佐藤さんはいまだに映像の思考実験をしている。それがすごいなと思いました。

黒須:CMもかつてはいろんな方向で試行錯誤して、時には映像の実験もできたけれど。最近はなかなか難しい。

長久:同じ佐藤で言えば、佐藤雄介くんは僕の同期で、一時期二人でプランナーユニットを組んで、カンヌのヤングライオンに挑戦したりしていました。彼は、日芸(日本大学藝術学部)で黒須さんの教え子なんですよね?

黒須:そうなんです。佐藤くんと長久くんは同じプランナーですが、企画の作り方とか、全然違いますよね。佐藤くんはCMの目標に向かって、最短距離のアイデアをビシッと提示する。長久君のアプローチの仕方は、他の人とは全然違っての意外性だらけ。あっちもこっちも「お。そこからかい!」と驚かされるんです。

長久:僕はいつもあちこちにいって収束できないんですよね。以前に、佐藤くんと一緒にプレゼンしたことがあるのですが、僕の企画はちょっと意味不明で影があるから、確実にメジャー感のある佐藤くんの案が通っていく……(笑)。

黒須:長久くんの企画は確かに散らかっていて、収束はしていないかもしれないけれど。でも、決して悪い意味じゃないんです。この表現コンセプトなのに「そこを掘るのか」というのもあれば、テーマのはるか裏側のような世界で漂うものもある。でも、ポンっと商品を置けば、意外と相対的にまとまってみたりする。散らかりというか、長久くんのA案B案C案は全く違う方向になっているから、いつも楽しみなんです。

長久:先日も脚本を書いて海外でプレゼンしたのですが、「企画書はストロングだと思っていたけれど、脚本を見たら支離滅裂すぎてご一緒できません」という返事が…(笑)。本当に散らかっているんですよ、もうそれは性分だから仕方がないなと思ってます。

黒須:それは長久くんの頭の中のフィールドの散らかりだから、きっとどこかでまとまったりするんですよ。それに長久くんの映画を観ると、いろんな発露があるというか、仕掛けがあるのはすごいなと感心します。おそらく骨子やプロットを見ても、そこはなかなか理解できないんでしょうね。

長久:脚本読んでも分からない、とよく言われるので、僕は映画を撮る前に自分でまるまるVコンつくるんです。それも、黒須さんの元でVコンつくっていた経験が活きています。スタッフで全部セリフを話して、現場では役者さんにVコン通りに読んでもらってはめていくだけという。

黒須:Vコンの絵は自分で描いたコンテ?

長久:最初は全部自分でコンテを描いていたのですが、『そうして私たちは~』からロケハンのときに全部iPhoneで撮って、カット割したものをつないでつくっています。でも、それをやることで無駄を省けたり、撮影しなくていいものやつくらなくてもいい美術とかもわかるようになって、予算を押さえることができたり。ジャッジが早く、明確になりました。

『そうして私たちはプールに金魚を、』予告編

黒須:いま一緒に仕事をしているディレクターの皆さんもVコンつくっているけど、検証用だから僕にはあまり見せてくれない。

長久:それは黒須さんに見せると、いろいろ始まっちゃうからですよ。

黒須:ディレクターチームが検証してくれているから、もちろんお任せしてるんだけど、ちょっと見たい気持ちはあるんですよね(笑)。

それにしても長久くんのいまの立ち位置は面白いよね。電通にいながら脚本家と映画監督をやって、旧世代的なCMやグラフィックとは違うコンテンツ領域を切り拓いている。

長久:今の立ち位置で監督業をやらせてもらっていることで自分自身が安定するので、作品により没頭して、クオリティを上げていくことができると感じています。ちなみに黒須さん、僕が演出したGUCCIの「KAGUYA」見てくれました?

黒須:あ、まだです。

「Kaguya by Gucci」で、長久さんは2023年ACC賞フィルムクラフト部門監督賞を受賞。

長久:これは75周年を迎えたGUCCIの「バンブーハンドルバッグ」のショートフィルムなんです。曲は渋谷慶一郎さんが、歌詞は僕とAIの共作でつくりました。美術は霊柩車をモチーフにした作品などをつくっている美術作家の江頭誠さん。映像の一部は、ゲーミングCG作家の浮舌大輔さんにお願いしています。久しぶりに広告らしい映像をつくりました。これはうれしいことに、売上にも貢献できたと聞いています。

黒須:きちんと商品が動いたというのは素晴らしいことです。映像を見て商品が動くというのは、やはり心に触れるものがある、ということだから。長久くんの映像を見ると毎回思うんだけど、全カット楽しみながらつくっていますよね。そして、こういう映像が好きなんだなーというのがよくわかります。

長久:そうですね。僕はとにかく映像と言葉が大好きで、脚本を書くのも好きで、時間があればずーっと書いていますね。いま7本くらい書いていて、それ以外にも長編のアンビルド脚本がたくさんあります。

黒須:本でも紹介しているけど、かつて山内ケンジさんでこんなことがあったんです。ある企画会議で、山内さんが「できた!」と言うから、「何?」と聞いたら、「ストーリーもキャストも全部頭の中でできて、MAまで終わったから、これでもうつくらなくていい」って(笑)。さすがにすごいなと思ったけれど、長久くんはアンビルドにしておかないで、つくったほうがいいよね。

長久:そうですね。長編映画をきちんとつくれる人生でありたいなと思っています。

黒須:今年は何か公開されるんですか。

長久:AppleTVで配信されるA24制作の海外ドラマのエピソードの1話を演出したのですが、それが7月から全世界で配信されます。そのドラマの舞台が京都で、アメリカやオーストラリアの監督が来日して撮影していたので、現場を見学させてもらったんです。日本で映像の話をすると、すぐ「ハリウッドが…」と言われがちですが、僕が見た感じでは日本の現場は全然負けていない。現場を見て、自分たちのやっていることに自信がつきました。

7月からApple TVで放映となるドラマ「Sunny」、長久さんが演出したエピソード9より。

黒須:2023年に公開された『蟹から生まれたピスコの恋』では、サンダンス映画祭 短編部門の監督賞を受賞したんですよね。

『蟹から生まれたピスコの恋』予告。本作で、長久さんは第40回サンダンス映画祭の短編部門にて最優秀監督賞を受賞。

長久:はい。この作品はテレビ朝日のバラエティ番組「トゲトゲTV」の「短編映画をつくってみよう」という企画に呼ばれて製作したのですが、120%の本気を出してつくって良かったと思っています。

黒須:サンダンスでの受賞は3回目?

長久:『そうして私たちはプールに金魚を、』『WE ARE LITTLE ZOMBIES』に続いて3回目です。いまアメリカのCAAともマネジメント契約していて、そこ経由でプレゼンを行っています。

黒須:なんかうれしいですね。長久くんがCMを超えて、これまでと違うところに行っているのが。もっといろんなところに行ってほしい。

長久:日本でもいろいろとつくりたいのはもちろんですが、こういう賞をきっかけに海外でのものづくりにもう一歩踏み出していけたらいいなと思っています。

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黒須美彦

1975年慶應義塾大学工学部卒業後、博報堂入社。PlayStasion、カゴメ、資生堂など数々のCM仕事を経て、2003年に佐々木宏氏らが設立したシンガタに参加。2018年独立して、クロロス設立。サントリー/金麦・金麦のオフ・-196℃ストロングゼロ、明光義塾/YDK・サボロー、NTTdocomo/ドコモダケ、AEON/Singing AEON(山口智子)・お客さま感謝デー(武井咲)・AEON CARD(蒼井優)、ローソン/それいけ!ローソン物語、ロッテ/小梅・ガーナチョコレート・ザッカル・ヨーグルト100他、日本テレビ/日テレちん、ディー・エヌ・エー/いい大人のモバゲー、WOWOW/いいものゴロゴロ、森永製菓/ダース・inゼリーなどを手がける。カンヌライオンズ銀賞ほか受賞多数。

長久允

電通 コンテンツビジネス・デザイン・センター 映画監督
1984年生まれ、東京都出身。2017年、監督作品「そうして私たちはプールに金魚を、」がサンダンス国際映画祭で日本人初短編部門グランプリを受賞。受賞歴にTCC新人賞、OCC最高新人賞、カンヌライオンズヤングライオンFILM部門メダリスト他。代表作に長編映画「WE ARE LITTLE ZOMBIES」、「デスデイズ」、WOWOWオリジナルドラマ「FM999」、「オレは死んじまったゼ!」(柳楽優弥主演)、GUCCIによる短編映画「Kaguya By Gucci」、羊文学「FOOL」MV など。脚本家、舞台の演出家としても活動している。

『門外不出のプロの技に学ぶ 映像と企画のひきだし』
黒須美彦著
定価 2,530円(税込み)

サントリー、PlayStationなど話題のCMに数多く携わり、現在も活躍中のクリエイティブディレクター 黒須美彦氏。本書では、自身がかかわってきたCMの企画や制作方法を中心に、広告などコミュニケーションの仕事に携わる人が知っておくべき基礎にも触れています。また、時代の空気や感覚をどのようにつかみ、それを企画に活かしていくのか、黒須氏ならではのテクニックも明かします。CMはもちろん、オンライン動画など、映像コンテンツをつくる人にとって、また広告やコミュニケーションにの企画に携わる人にとって教科書となる1冊です。

 




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