もっと「書けない人」になりたい。(中村直史) 〜『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』に寄せて

『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。今回は、五島列島なかむらただし社 コピーライター/クリエーティブディレクター 中村直史氏が、『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』を紹介します。

嘘なく書きたい。書評というものは、結局ほめることが前提だから、隠れたお世辞がまぎれこみがちです。著者が知人の場合はなおさらです。僕もこの『言葉からの自由』の著者を知っています。それでも、この書評にテクニックで上手く隠されたような嘘やお世辞は許されません。なぜならこの本を読んでしまったから。あらゆる小賢しさと戦って、言葉の高みに向かうことを繰り返し問いつづけるこの本をつきつけられてしまったからです。嘘なく書きたい。

コピーライターにとって「書ける」ようになることは、同時に、より「書けなく」なっていくことだと思います。経験を重ね自分の中の「いい」の基準が高くなるほど、「書くべきではないこと」も増えるからです。いいものを書いている人は、膨大な「書かなかったこと」に支えられている。どんな言葉たちを、どんな表現たちを拒否し、捨ててきたかが、その一言の確からしさときらめきをつくっている。

だから、書く人は、書けないことと戦い続けなければいけない。それらたくさんの書けないことを乗り越えて「この言葉なんだ」にたどりつく技術と意志を手に入れつづけるしかない。なんども打ちのめされながら。

けれどどこかでこの戦いをあきらめるときがある。クライアントのせいにしたり、時間のなさのせいにしたり、もしくは、ただ自分に甘いという理由で。

僕もまたその一人だと冷や汗をかいた。なんとなく書けるようになった気でいて、まあこんなもんだろう、で答えを出していないのか。みんなが納得しやすい、同じような落とし所で納品し、満足したふりをしているんじゃないか。いや、そうなっている。恥ずかしいけれど、いつか自分の書けなさにもがき苦しんでいた熱量を忘れて、安全地帯で書いているんだと思う。

より書けなくなることは苦しい。めんどくさい。でも、書けないことを捨てたら、書き手としては死んだのだと思う。それの何が悲しいって、書けなさを乗り越えて「こんな自分でも、こんなものを書くことができたぞ」というふるえるような喜びもまた失っていることだ。

もういちどあらためて、書けないという不自由さの中に身を投じたい。より書けなくなっている自分を発見して、いいぞ、それでこそ書いていることだと思いたい。それでも力を尽くして、書けなさの一つひとつと向き合って、書きたい。書けないくるしみを捨てなかったから自分の言葉にたどり着けたんだといつか言いたい。

この本には、渾身の力で、より書けなくなる道筋が書かれてありました。でもそれは、たくさんの書けなさを乗り越えていく道でもあるはずです。一人ひとりがそれぞれの書けなさの向こうに行こうぜと呼びかけている。ここまで示されて、ここまで問われて、ぼくには無理かも、で済ませられるわけがない。今日のこの気持ちを忘れないために、この本を仕事部屋の視界の中に置いて、もういちどトライしてみようと思います。

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中村直史(なかむらただし)

コピーライター/クリエーティブディレクター

2000年電通入社、2019年五島列島なかむらただし社設立。
担当はYAMAP、BORDERLESS JAPAN、ONE、五島つばき蒸溜所、ユーグレナなど。「価値を再発見し、示し、言動一致をつくる」ことを目指しています。

『言葉からの自由 コピーライターの思考と視点』
三島邦彦著
定価:2200円(税込み)

この本に書かれているのは、「コピーライター」という名刺を持った日から現在に至るまで、「コピーライティング」について三島氏が考え、実践してきた数々の「思考のかけら」。「言葉を考える」「言葉を読む」「言葉を書く」「そして、言葉を考える」という4つの章から構成されています。これらについて、三島氏は日頃考えていることを惜しみなく書き綴りました。しかし、そこに書かれているのは、コピーライティングの作法でも手法でもありません。さらに言うならば、書き方の技術でもありません。コピーライターとして16年のキャリアを積んだ現在の三島氏ならではのフォーム、そして言葉に向かうときの心構えです

 


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