スマートフォンと哲学が出会うとき●ソーシャルメディア時代の基礎情報学(2)―サイバネティクスへの誤解をとく

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東京大学大学院情報学環教授 西垣 通

サイバネティクスは、20世紀最大の知的成果の一つであり、情報、コミュニケーション、メディア、フィードバックといった現代社会のキー概念をもたらした。一方で、大きな誤解も生じている。生命体と電子機械との連続性・同質性の一般的議論として表面的に拡大解釈されてしまったのである。
技術の発達により、情報コミュニケーションが新たな局面を迎える今日、生命体である人間が生きのびるための知として、いま一度サイバネティクスをとらえなおす必要がある。

「スマートフォンと哲学が出会うとき●ソーシャルメディア時代の基礎情報学(1)―今なぜ「基礎情報学」なのか」はこちら

現代知のエース

ノーバート・ウィーナー

ノーバート・ウィーナー(Norbert Wiener, 1894年~1964年)。サイバネティックスの創設者として知られるアメリカの数学者。ミズーリ州コロンビア生まれ。父親の英才教育と自身の才能により、神童として育つ。1906年、11歳でタフツ・カレッジに入学、1909年、14歳で数学の学位を取得し、ハーバード大学の大学院に入学。ハーバード大学では動物学を専攻、1910年、コーネル大学大学院に移籍し、哲学を専攻した。1912年、18歳で数理論理学に関する論文によりハーバード大学よりPh.D. を授与される。ケンブリッジ大学やハーバード大学、マサチューセッツ工科大学などで研究に勤めながら、サイバネティックスを定式化することに注力した。1964年にストックホルム( スウェーデン) で、69歳で没するまでロボティクスやオートメーションなどの分野で新たな境地を開拓し続けた。

われわれの研究している基礎情報学は、「ネオ・サイバネティクス」という国際的な研究潮流の一部をなしている。

いったいネオ・サイバネティクスとは何だろうか。この用語は、文学システム論研究者ブルース・クラークとメディア論研究者マーク・ハンセンが2009年に書いた論文「ネオ・サイバネティック・エマージェンス」によって新たな脚光をあびた。内容は同じ著者によって同年に編集刊行された『創発と身体化』(デューク大学刊)の序文と重なっていて、この本からは、21世紀の知にとってネオ・サイバネティクスがいかに重要な意義をもつかが、情熱と説得力をもって伝わってくる。関連分野は、哲学、生命論、社会学、認知心理学、情報学、メディア論、文学芸術論など驚くほど広いものの、基本的な考え方は一貫しており、散漫な感じは全くしない。まさに現代知のエースとさえ言えるだろう。

とりあえずネオ・サイバネティクスとは、20世紀中葉に天才数学者ノーバート・ウィーナーによって提唱された総合学問「サイバネティクス」を基盤にし、さらに発展させた学問として位置づけられる。

フォン・ユクスキュル

ヤーコプ・ヨハン・バロン・フォン・ユクスキュル(JakobJohann Baron von Uexkull、1864年~1944年)。ドイツの生物学者・哲学者。それぞれの動物が知覚し作用する世界の総体が、その動物にとっての環境であるとし、環世界説を提唱した。動物主体と環世界との意味を持った相互交渉を自然の「生命計画」と名づけて、これらの研究の深化を呼びかけた。また生物行動においては目的追求性を強調し、機械論的な説明を排除した。この考え方は当時の西欧知識人の人間観に多大な影響を与え、ユクスキュルは「新しい生物学の開拓者」と呼ばれた。

サイバネティクスは周知のように、変動する環境のなかでシステムを安定的に作動させるための制御の知である。これは専ら、恒常性などシステムの秩序の「維持」にかかわり、秩序の「生成」を扱うものではなかった。そこで20世紀後半には、形態構造など自らの秩序を新たにつくりあげ、高次の機能を「創発」していく自己組織化の研究がさかんに行われた。それは、非線形数学にもとづく「複雑系」の研究とも関連が深い。これらをまとめてネオ・サイバネティクスと呼ぶ場合もある。

しかし、本稿でいうネオ・サイバネティクスは、さらに1歩議論を深めたものだ。それはシステムの外側から見た秩序の生成というより、むしろシステム自体にとっての、「内発的な秩序」のあり方を論じる学問なのである。実はこの点こそ、生命活動、また情報/コミュニケーションにとって、本質的なポイントに他ならない。外発的秩序を自動生成する工学技術は実現不可能ではないが、内的秩序をうむことは、容易に真似のできない生命体の特徴なのだ。生物学者フォン・ユクスキュルが喝破したように、生物とは、自分にとって意味のある世界(環世界)を自らつくりあげる存在にほかならないのである。

拡大解釈されたサイバネティクス

ここでサイバネティクスをめぐって世間にはびこっている大きな誤解についてふれておこう。言うまでもなくサイバネティクスは20世紀最大の知的成果の一つであり、情報、コミュニケーション、メディア、フィードバックといった現代社会のキー概念をもたらした。

しかしその一方で、生命体と電子機械との境界を曖昧にしてしまったことも事実である。ウィーナーが1948年に刊行した著書『サイバネティクス』の副題は「動物と機械の制御と通信」であり、確かに生命体と機械の連続性・同質性を主張しているような感じがする。そこでは脳神経系とコンピュータ通信系とが重ねられるのだ。

このことから、サイバースペース、サイボーグ、サイバーパンクといった語句が次々に流行することになった。この延長上で、人間の脳神経が直接電子機械と結びつき、意識が人工知能と交錯しつつ、異次元の電脳空間を疾走していくSF的未来図が描きだされる。

では、サイバネティクスの思想とは「人間の機械化」だったのだろうか?――否である。少なくともウィーナーの意図は逆に、「機械の人間化」にあったのだ。博愛主義者だったこの人物は、いかに電子機械を人間の幸福のために利用するかに腐心し、傷病者のための義肢の開発などに没頭した。

誤解を生んだ原因の1つは、サイバネティクスの難解さだろう。これは基本的に、統計確率論とルベーグ積分論にもとづく予測と制御の理論である。著書はベストセラーになったが、実は数学の専門知識のない人々に読みこなせるような内容ではない。

たとえば、高速で飛来する爆撃機を高射砲で迎撃する例を考えよう。着弾時点での爆撃機の位置を予測して狙いを定めなくてはならないが、パイロットは迎撃をさけるためにジグザグに飛行経路を変えるはずだ。さらに、地上で受けとる爆撃機の位置信号には、カムフラージュ弾や気象条件による雑音が紛れこむ。過去の飛行軌跡や雑音の統計的性質を分析し、撃ち落とすべき対象の経路に追従することが目標となる。

このような、確率過程にもとづくフィードバック制御系の設計法がサイバネティクスの内実なのだ。こういうモデルが、人間がハエをたたき落とす筋肉動作にも応用できるのは確かだろう。だが基礎になるのはあくまで、経路の集合の測度に関する専門的な数学理論なのである。

こういった理論的性格に対する吟味を経ることなく、サイバネティクスは単に、生命体と電子機械との連続性・同質性の一般的議論として表面的に拡大解釈されてしまったのである。

複眼的で生命的な世界

ここで、高射砲の射手の立場に戻ってみよう。射手の周囲環境は分からないことで一杯だ。爆撃機の位置信号には雑音が混じり、飛行経路予測には誤差がつきまとう。爆撃される不安のなかで、何とか生きのびなくてはならない。つまり、射手は、統計確率モデルを用いながら、必死で環境を認知観察し、「自分なりの世界」を構成しつつ、予測迎撃行為を実行しているのである。当然ながら、別の地点にいる射手の構成する世界はこれとは異なる。つまり、そこで用いられるのは、俯瞰的・絶対的な予測モデルではなく、あくまで個々の射手という観察者に特有の、いわば相対的な予測モデルに他ならない。

こうして、(射手などの)観察行為そのものを観察する、「2次観察」という問題が出現してくる。言いかえると、世界を認知観察する主体をもふくんだモデルが研究対象となってくるのだ。これこそ、数理哲学者ハインツ・フォン・フェルスターが提唱した「セカンド・オーダー・サイバネティクス」であり、ネオ・サイバネティクスの原点をなす議論に他ならない(当初のウィーナーの議論は「ファースト・オーダー・サイバネティクス」と呼ばれる)。

この議論の影響のもとに、生物学者ウンベルト・マトゥラーナとフランシスコ・ヴァレラの「オートポイエーシス理論」、社会学者ニクラス・ルーマンの「機能的分化社会理論」、教育学者エルンスト・フォン・グレーザーズフェルドの「ラディカル構成主義発達心理学」、ジークフリート・シュミットの「文学システム論」などがきらめくように生まれた。基礎情報学がその一翼を担うネオ・サイバネティクスとは、こういう学問潮流なのである。

システム論としてのネオ・サイバネティクスの特徴は、従来のシステム論が俯瞰(単眼)的・絶対的であるのに対して、複眼的・相対的なことだ。それぞれのシステムが、自分なりに世界を構成しつつ、行為を行うのである。
このような思想が生命体の生存という目標と深く結びついていることはすぐ分かるだろう。高射砲の射手は、電子機械を利用しつつ何とか生きようとしているのであり、地上防衛軍の単なる機械部品ではない。サイバネティクスとは本来、生命体である人間が生きのびるための知であり、浅薄な「人間機械論」の誤解は払拭されなくてはならない。

まさにこれこそ、いま求められる知なのではないか。近年再刊された『サイバネティックス』(岩波文庫)の解説で、社会学者大澤真幸は「サイバネティックスは、未だに死んではいない。それは、新しいシステムの理論の中で、むしろ蘇生するのである」と述べている。

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にしがき・とおる
1948年東京生まれ。東京大学工学部卒、工学博士。日立製作所主任研究員ならびに明治大学教授を経て、1996年に東京大学社会科学研究所教授。2000年より東京大学大学院情報学環教授。文理にまたがる情報学を研究している。著書『デジタル・ナルシス』でサントリー学芸賞(芸術・文学部門)受賞。このほか『、スローネット『』ネットとリアルのあいだ』など著書多数。『1492年のマリア』など小説も手がける。
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