野老朝雄さんがめざす「変わりゆく時代の中で活きる、強度のあるデザイン」

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昨今、デザインが持つ力に気づき、個人の生活や自社の戦略にデザインを組み込もうとする気運が高まってきています。デザインを重視する企業が、市場において競争力を持つようになっていることもまた事実です。企業は今、デザインを、クリエイティブを、いかに活用していくべきか。クリエイティブを経営や事業に取り込んでいくことに、どんな意義があるのか。宣伝会議主催「プロモーション&クリエイティブフォーラム2016」の会場で、東京2020大会エンブレムを手がけたアーティスト/デザイナーの野老朝雄氏と、クリエイティブと事業構想を研究テーマとする事業構想大学院大学学長で宣伝会議取締役メディア情報統括の田中里沙が意見を交わしました。
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登壇者

  • アーティスト/デザイナー 野老朝雄氏
  • 事業構想大学院大学 学長/教授 田中里沙

田中:「企業戦略とデザイン」をテーマにお話を伺いたいと思います。例えばプロダクトデザインに関して言えば、デザインの良し悪しでプロダクトの売れ行きが左右されるくらい、デザインの力は大きいです。

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広告界における一般的なデザイン、つまり広告や販促ツールのデザインは、限られたメディアの枠内にどう表現するかということを目指します。一方で野老さんの専門の仕事は、まず「どこで使われるのか」ということを想定するところからデザインに入ると思います。

野老さんには今年、「宣伝会議賞」の新ロゴマークをデザイン・制作いただきました。CIといわれる企業のロゴなどのマークを考えるときに、野老さんはどのような手順で考え始めるのですか。

野老:僕は建築出身で、建築の概念でいう「サイト・スぺシフィック(美術作品が、「特定の場所に帰属する」性質を示す)」という、「ここでしか起こり得ない」という考え方をずっと学んできました。その対極が「anywhere」というか、「どこでも成立する」もので、例えばオリンピックのエンブレムは、都市のありとあらゆる場所に、さまざまな形で掲げられますよね。

一方で、建物のファサードは動かないものが多い。建築を学んでいたからかもしれませんが、僕は「長く残るもの」への憧れが非常に強いです。「宣伝会議賞」についても、かなり遡っていろいろと勉強した上で、「ここでしかできない」ことをやろうと考えました。宣伝の「宣」という字をデザイン化したシンプルなものですが、他では使えないという意味では、“コンディション・スぺシフィック”というか、その環境でしか成立しないものができたのではないかと考えています。

田中:「他にもあるな」とか「A社がダメでもB社で使えるな」というのは、企業やブランドを象徴するデザインにおいて、あるべき姿ではないですものね。

野老:特に「宣伝会議」という強力な社名・雑誌名が、企業のアイデンティティの一つとして存続してきたことは、他が絶対に真似できないところでしょうから。

『宣伝会議』誌面のインタビューでも、常に「つくったデザインを墓石に彫れるか」を考えながらデザインをしているとお話ししました。そのように強度があって長く保つもの、そこでなくては成立しないものをめざしています。

ただし、例えば宣伝会議賞のロゴマークは、応募期間中からその後に至るまで、さまざまな媒体で使われるでしょうし、特に贈賞式ではいろいろなところに表示・掲出されるものでもある。そうした多様なシーンで、このロゴが、同賞で受賞をめざす若者の憧れの対象になってほしいですし、トロフィーもこのロゴでなくてはつくれないものを目指そうと、いままさに構想を練っています。

田中:CIは、企業の創業理念や歴史を踏まえながら、「現在の姿」と「未来の姿」が象徴的に表現されるものです。しかし変化のスピードが速い今の時代、環境変化に合わせて企業はどんどん変化していかなければなりませんし、未来は予測しづらくなっています。

こうした中、マークをつくるときには、それを将来にわたって使っていけるように、デザインがどのように変わっていくのか・変わっていけるのかということも考えなければならないのではと想像します。時代の変遷に合わせて、少しずつ微修正しながら使い続けられているマークもあります。

野老さんのつくるマークはシンプルで、だからこそ自由自在に変形していける性質を持っている印象もあります。マークがどう使われていくのか、マークがどう成長していくのか、ということについて、どのように考えていますか。

野老:僕の手がけるデザインは、どれも幾何学に基づくものなので、実は一定のルール以外のことはできない、修正はしにくいという性質があるんです。「ここに線を1本増やしてほしい」「この四角形をもっと大きくしてほしい」と言われても、幾何学の法則上、それはできない。デザインのプロセスは、方眼紙を塗りつぶしていく作業です。極端に単純なデザインをめざしたいと考えており、それがデザインとしての強度につながると考えています。企業やブランドを表すマークが、あまりにコロコロ変わってしまうのは信用を損ねることになると思うのですが、考えてみれば最も信用が求められる「銀行」でも、合併などによって銀行名がどんどん変わって、ロゴも変わっていきましたよね。銀行に限らず、今後も多くの企業名やロゴが変遷していくと思いますが、そうした中で、変わらないアイデンティティがより一層求められている気がしています。世の中から求められている役割や姿、その団体のあり方を規定するデザイン−−家紋も含め、そういうものに対する人々の憧れには、強いものがあるでしょうね。

田中:企業からデザインを依頼されたら、その企業や、属する業界などについていろいろリサーチもされると思います。宣伝会議賞のロゴデザインにあたっても、同賞や、雑誌『宣伝会議』の62年にわたる歴史を紐解いてくださいました。企業のデザインを考える際、野老さんはどんなことを大事にされているのでしょうか。

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野老:先ほども触れたとおり、僕は基本的に、クライアントの細かな要望に応えづらいデザインをしています。ですから、作家としての僕がめざす方向性を知り、理解した上で声をかけてくださる企業とは、やはりやりやすい。上手くコミュニケーションがとれて、デザインしていくプロセスを楽しめたときには、デザインも上手くいきます。

あとは、デザインには、あれもこれもと要素を盛り込むことはできません。東京2020大会エンブレムも、とにかく「つなげる」という理念に集中しました。でも、捉え方によっては、別の意味が見えてくる可能性もある。幾何学には、いろいろな捉え方があるんです。宣伝会議賞のロゴマークも、見ようによっては「出口のない迷路」のようだと言う人がいるかもしれない。その人が持つ価値観によって多様な捉え方ができるデザインは、デザインとして面白い・魅力的だと思っています。

デザインは、「何を見るか」を決めること。そして「何を見るか」を決めることは、「何を見ないか」を決めることだと考えています。ありとあらゆるものを詰め込む“お子さまランチ”のようなものをつくることもできると思うのですが、僕は、やはり多くのものを捨てますね。「他のものをいかにシャットアウトして、一つのことに集中するか」に興味があります。CIの場合は、形をつくっていくプロセスが、経営者や経営戦略担当の方がどんなことをめざしたいと考えているのか、再確認する機会にもなりますよね。僕が一つ目標にしているのは、7〜10ミリ四方のピンバッジのような小さいサイズに落とし込んでも、はっきり視認できるようなシンプルなデザインです。

田中:「何を捨てるか」を決めることは、当事者である企業側には難しい決断でもあります。あれもこれも盛り込んで……とはいくらでも言えますが、その結果、ごちゃごちゃにってしまう。東京2020大会エンブレムも、応募者の皆さんに渡された仕様書には、満たすべき条件がかなりたくさん記載されていました。あの膨大な情報を、野老さん流に解釈して、あの組市松紋のロゴマークが完成したのですね。

野老:あのケースは、制作にあたってエンブレム委員会の方と直接話ができないというのが、与えられた一つのコンディションでした。ということは、提示された情報の解釈は自由であるはずで。一企業の規模でも、そうした環境のコンペティションができると面白いと思います。その企業にどれだけのオリジナリティや、世の中からの期待値があるのか、企業とデザイナーが互いにプレゼンテーションし合う。そこでは、つくる側(デザイナー)とつくらせる側(企業)の、互いに対する敬意が不可欠だと思います。

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田中:野老さんが宣伝会議賞のことを調べた上で、「コピーの力、言葉の力ってすごいですね!」と言ってくださったことは、私たちにとって非常に嬉しいことでしたし、これまで自社が取り組み続けてきたことに改めて自信を持つことにもつながりました。デザインの立ち位置からコピーを見るとどうなるか、ということも認識させていただきました。自社や、自社の商品・サービスの魅力はどこにあるのか、どこにスポットを当てるべきなのか、外からの目によって明らかになることは多いです。

企業が、戦略的にデザインを取り込んで成長していくためには、デザインの力を信じて、もっと身近なものに引き寄せて活用しようという考えが重要ではないかと思います。野老さんは建築出身ということもあり、平面だけでなく立体、空間のデザインも手がけられますね。東京2020大会エンブレムも、実は立体にして触ったときに感じられる凹凸も考えながら形にされたと伺いました。そうした、五感で伝わるデザインについて、どのような考えをお持ちですか。

野老:「ビジブル(見える)」「オーディブル(聴こえる)」「タンジブル(触れる)」……東京2020大会エンブレムについては、目や耳が不自由な方とも共有できるデザインというのが、確かに頭にありました。今は3DプリンタやUVプリントといったさまざまな技術がありますから、エンブレムを直径1〜2センチの立体にして親指の腹で触ったときに形を認識できるようなものができたら面白いなと考えました。ジングルのような、音で伝えるという方法もあるかもしれません。

デジタルプラットフォーム上で、そのデザインがどんな“佇まい”をめざすのかということは、今後ますます重要になってくるでしょうね。これまでは印刷物上の平面としての佇まいを考えればいいだけだったのが、映画配給会社のフライングロゴのようにひとたび動き出すと、「裏面や側面はどうなっているんだろう?」という視点が出てきて、デザインに奥行きや重さが生まれてくるでしょうし、もっと進んで、音や味が付加されるケースも出てくるかもしれません。

田中:お話を伺っていて、“柔軟性”が、野老さんの制作スタイルの一つと感じました。サイズが小さくても大きくてもきちんと見えるデザイン、また身体に降り注いでくるように感じさせるデザインなど、さまざまな見え方・見せ方を想定して、一つひとつのデザインに奥行きと時間軸を込めているように思います。じっくりと考え、熟成の時間を要した分、できあがったデザインには野老さんのストーリーが込められているので、どこかを少し調整したり、変えてほしいとは思わない。

野老:言葉、グラフィック、映像、空間……さまざまなジャンルのクリエイティブは、それぞれ単体としての素晴らしさもありますが、互いに敬意を持ちながら引き込み合って、一つの音楽を奏でたり、一つの料理をつくっていくようなことが、今後は求められているのではないかと考えています。そして、そのようにさまざまなものを受け入れながら、新しい・独自のものを生み出していくのは、日本人が得意としてきたことだと思うんです。もっと自由にジャンルを超えて、デザインというものが語られるようになると素晴らしいなと思います。

田中:野老さんは、今後も広告・グラフィックの業界に大きな刺激を与えてくださると思いますし、2020年に向けて活躍の機会もますます増えることでしょう。クライアントワークも幅広く手がけていくと思いますが、これからも“野老さん流”のもの、日本への愛情や、未来へのメッセージが込められたデザインを世の中に発信していっていただきたいです。

ロゴマークが完成したらおしまい、ではなく、それをどう使っていくのか。完成したロゴが世の中に行きて、成長していくことをどう考えるか、企業の方々にも大きなヒントになったのではないでしょうか。

野老:互いに敬意を持ち合い、楽しい時間を過ごす中で何かが生み出され、それがきちんとビジネスとして回っていく−−そういうことを実現していきたいと考えています。先日行われた、リオ五輪の閉会式は素晴らしかった。ご覧になった方も多いと思うのですが、異なる才能を持った方々が集まって一つのものをつくり出し、世の中に存在するさまざまな対立構造を超えて、皆が巻き込まれ、つながっていく。そういうことを、もっとスケールの小さなプロジェクトでも起こしていけたらと思います。


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