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電通 古川裕也さんが振り返る 2016年 国内外の広告賞審査会【後編】

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電通 古川裕也さんが振り返る 2016年 国内外の広告賞審査会【前編】 はこちら

文:古川裕也

D&AD Impact 1年目審査

D&ADは世界で最も受賞がむつかしいアワードとして知られる。カンヌよりはるかに。5年くらい前、サー・ジョン・ハガティ審査員長のもとで審査した時など、200本以上の応募作の中でたった1本、Nominationを獲得しただけだった。

Nominationはshort list相当だけれど、ふつうのアワードでいうとシルバーくらいの感じである。ちなみにその1本は、カンヌ・プレス・グランプリのSamsonite “Heaven and Hell”。どれだけきびしいかわかるだろう。

そのD&ADが今年から、本体とは独立させて設立したのが、D&AD Impact。「インパクト」という単語は、まともな日本人はほとんど使わなくなってしまったが、要は、「社会に衝撃を与えるクリエーティブ」を評価しようという趣旨。当然、広告はほとんどない。

アワード全体のスローガンが、「Inspired by Doing Good」。「Where brands behave like responsible citizens and use creativity for social impact」 と説明されている。社会的責任を果たすのはもちろん、社会を動かすことにクリエーティビテイを使ったブランドを評価するということだ。

アワードの役割のひとつが、他人の仕事にインスパイアされること。D&AD本体が100%表現からのインスパイアだとすれば、方法は何でもいいから社会を動かした仕事からのインスパイアと規定されている。正しげならつまらなくてもいいというものとは一線を画そうとしている。

孤高のクリエーティブという感じのあったD&ADとしては、ずいぶん思い切ったアワード設立である。カンヌはじめどこのアワードにもあるプロモとかサイバーとかダイレクトとか、いわば中間を捨てて、もともとの極端に高度なクリエーティブ・ワークと、広告とは無関係で社会を動かすクリエーティブ・ワークの両極をとったことになる。

12のカテゴリーに分かれている。全部挙げます。それがいちばんわかりやすいので。

  • Communication & Interaction
  • Community
  • Diversity & Equality
  • Education
  • Financial Empowerment
  • Humanitarian Aid
  • Health & Wellness
  • Industry Evolution
  • Government Engagement
  • Responsible Production & Consumption
  • Urban Living

なかなか大胆なカテゴライジングだ。カンヌで言えば、Creative for goodやGrass Lionsなどのいわゆるfor good系のカテゴリーが少しずつ追加されていったのに対して、今までこの種の仕事に無関心のように見えたD&ADだからこそ逆に、ここまで完全にbeyond advertisingに振り切れたのだろう。どう見てもエージェンシーの種目ではないものもかなり含まれている。

こうなると、審査委員の中にエージェンシー・クリエーティブはむしろ少数派になる。Under ArmorのDavid Droga、Leoのチーフ・クリエーティブ・オフィサー、Mark Tussel、R/GAのナンバー2、Nick Lowくらい。

他のアワードに比べると、圧倒的に多様な審査員構成で、日本人は僕ひとり。ほとんど知り合いがいない。何人か挙げてみると、まず、デザイン・ファームIdeo のCEO Tim Brownが、Urban Living審査員長。このカテゴリーには、FrogのECDとFitchのECDが並ぶ。Health & Wellnessの審査委員長が、スター・シェフのJamie Oliver。世界一有名なシェフがヘルスの審査員長というのはちょっといい。

以下それぞれタイトルだけ列挙しておくと、Airanbのマーケティングのトップ。Uberのproduct experienceのトップ。Facebook:Global ECD。Nasdaq、Unilever、Burger Kingのそれぞれvice president。Ad CouncilというNPOのCEO。Googleからは、Head of global education(こういうところまで張ってるんですね)という人が参加していた。おそらくこのあたりが、creativityを武器にする仕事の拡張した範囲なのだろう。クリエーティブの力で、ビジネス・デザインせよと言っている感じである。

ちなみに僕のカテゴリーは、「Humanitarian Aid」。人道支援ですね。世界は僕をいい人だと思っている。でもないか。

結果、ゴールド相当のBlack Pencilは全体で2本。

ひとつは、Marcheというフランスのスーパーの”Inglorious Fruits & Vegitables”。ニューヨーク・フェスティバルでもグランプリを獲得するなど、すでに世界的に高く評価されている。

中身は変わらないのに見た目が不格好な野菜を安価で提供するというキャンペーン。それをカラフルでキュートなデザインが統一していて、おいしそうに見えるだけでなく不恰好であることがむしろチャーミングに転換するように設計されている。ブサイクな野菜たちは普通の野菜の売り上げを上回った。マルシェだけではなく、フランス中に拡がったという。

とてもリアルなキャンペーンだ。方程式でいえば、無価値だったものを価値あるものに変貌させるという、きわめて実効性のある社会的アイデアだ。話ばかり大きくて実効性のない絵空事とはまるで違う。カテゴリーは、Industry Evolution。なるほど。

もうひとつは、「Moms Demand Actions Gun Sense in America」(Moms Demand Action)。銃規制がテーマ。子供を持つお母さんたちが主役で、大手スーパーチェーンをターゲットに、店内での銃の携帯禁止を訴えるキャンペーン。

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直接電話してその様子をネットにあげたり、そのスーパーのヘッド・クオーターが銃携帯を禁止してるところを突き止めたり。地方都市社会派ドラマのようになっている。

今までの銃規制ものにも傑作はあったが、どれもジェネラルに銃規制を訴えるいわば広告的なものだった。いいアイデアで正しいけれど、実効性は不明。

これは、焦点を絞って敵を設定している。小さいターゲットを確実に捕まえることに重きが置かれていて、結果カナダ全国に拡散した。ヒーローはお母さんたち。特定地域のまきこみ方がとてもリアルだ。ここにも大言壮語はない。自分たちでできることを確実にカタチにしていこうという姿勢がすばらしい。すごく今日的かつ示唆的だと思う。カテゴリーは、Community。なるほど。

Socially Goodが注目されたのが、もう5~6年前。少数の優れたものと、大半の退屈なものと、少なくないインチキものが含まれていた。どう見てもほんとに課題解決するつもりなどさらさらない、露骨なアワード狙いも多かった。

そのダサい傾向は今も残っているけれど、D&AD Impactが評価したのは、リアリティ。大言壮語ではなく、身の回りの、つまり切実な課題を、最適で実効性のあるアイデアでソリューションした2本。スケールが大きいものではない。けれど、確実に社会を動かし、世界を少しだけいい方に変えた。

こういう仕事がもっと増えて評価されると、僕たちが日常的に為すべき仕事になっていくだろう。

For Good的なものは、実はアワードと相性が悪いはずだ。本来それを目指すべきものではないからだ。ただ、ほんとにリアルに社会を動かしたアイデアを世界にスプレッドするためと、それによって持続可能になるためにのみ、アワードが関与する意味があると思われる。

クリエーティブ的な衝撃とは別に、社会的衝撃に完璧にフォーカスしたアワードの誕生は、世界中のクリエーティブ・エージェンシー・ビジネスに対して、ひとつの明確な方向性を提示したと思う。

表彰式はニューヨークのでかいライブハウスのようなところで行われた。クリオのように、クラシカルにゴージャスではないけれど、居心地のよい空間だった。セレモニーのあと、スティングが来て7曲歌った。「Every Breath You Take」「Message in a Bottle」など。みんなビールを持った腕を突き上げてるので、「When The Last Ship Sails」とか、ダウランドとかはやらないのだ。声も上腕もすごかったけれど、ベースがアンティークみたいでかっこよかった。

次ページ 「ACC賞 フィルム部門審査委員長」へ続く