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「優先テーマを率直に語った超実務的なスピーチ」―トランプ新大統領、日本企業の広報コミュニケーションへの影響②―(鶴野充茂氏)

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1月21日(日本時間)、ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に就任した。就任前から政策の方向性のみならず、メディアとの向き合い方、自らの情報発信にも注目を集めてきたトランプ氏の大統領就任を広報・情報戦略、企業のリスクマネジメント、メディアの専門家はどう見ているのか?日本企業の広報・コミュニケーション戦略への影響という観点から予測する。

鶴野充茂(つるの・みつしげ)

ビーンスター代表取締役、社会情報大学院大学客員教員(4月就任)。コミュニケーション・アドバイザー/メディア・トレーナー、著述家、プロデューサー。国連機関、ソニーなどでPRを経験し独立。中小企業から国会までを舞台に幅広くコミュニケーションのプロジェクトに取り組む。著書はシリーズ50万部のベストセラー『頭のいい説明「すぐできる」コツ』(三笠書房)など多数。


スピーチのセオリーを排除

大統領就任演説としては随分ざっくばらんな、選挙戦の流れを踏まえると大きなサプライズのない内容だというのが、第一印象だろう。しかし同時に、新たな見方も得た気がする。

第一に、「型にはまった」演説ではなかった。

ああいった式典の場では、ジャケットの前ボタンはきちっとするものだ、とイメージコンサルタントは言うだろうし、多様性に気を遣い国を形づくってきた偉大な先駆者に思いを馳せ、歴史のコンテクストから現状認識を語る表現が不可欠だ、とスピーチライターならば言うだろうが、そうした従来のセオリーからは無縁の演説だった。

昨年の選挙後、とりわけ2017年になってから日本国内でも大きな会合の話題は常に「トランプで、どうなるか」だった。候補者時代に頻繁に使われてきた「過激な発言」という彼を象徴する表現は、いつの間にか「先の見えない」という時代を示す表現にシフトしつつあるが、それが不安であれ期待であれ、注目度は高まる一方だ。

そんな中での大統領就任ということであり、世界の注目が最高潮に高まるタイミングでどのようなメッセージを発信するかは、何よりトランプ大統領本人にとって紛れもなくたいへん重要なものとして認識されていたと考えられる。

アメリカ第一主義、中身は「雇用」

第二のポイントとして挙げるならば、ところがそれは新大統領の就任演説というよりは、内容面でも表現面でも、支援者集会での1コマを見るような演説だったということだ。世界が注目する超大国の大統領就任、というイメージでは決してなかった。

就任演説で一貫して語られたテーマは、「仕事」であり、「雇用」であり、めざす方向としてのアメリカの「繁栄」だった。アメリカ・ファースト(アメリカ第一主義)という一つの言葉でまとめられるであろう中身は、アメリカ人の仕事の話である。

従来の大統領演説との違いを感じざるを得なかったのはその捉え方だ。典型的な大統領演説のイメージなら、アメリカ国民が不断の努力によって現在の地位を得たこと、一人ひとりが国を発展させ、アメリカを偉大な国にする力となっていることなどを語る。つまり、今「ある」ものの価値を評価する形だ。

これに対してトランプ大統領の就任演説では、本来あるべき仕事や雇用が失われている、トランプ的に言えば、奪われている、という見方を示した。つまり今「ない」ものに注目して見せたのだ。

そうして象徴的に選ばれたのが、「取り戻す」(bring back)という表現だった。

 雇用を取り戻す。
 国境を取り戻す。
 富を取り戻す。
 夢を取り戻す。

まるで労使対決の激しい労働組合の会合を感じさせるようなフレーズだ。

メッセージははっきり出た

しかし、意外と言葉を大事にしている人物ではないか、と見方を新たにした点もあった。それが大統領らしいかどうかは別にして、ある意味で主張と優先順位のはっきりした演説であったことだ。具体的に2つのシンプルなルールを守る、と言い切ったからだ。それは、

 ・アメリカ製品を買わせる。
 ・アメリカ人を雇用させる。

というものだった。これは言葉の使い方として、即興的なものでなく厳密に狙いを定めた表現だ。これは演説後にトランプ氏のツイッターでも発信されている。これを守る以外は、逆に言えば、フレキシブルな対応をする、というのが演説から伝わるメッセージだろう。

従来のように「ある」ものに注目させれば、それは共通の価値を認識し、結束を呼び掛けるための軸にしやすくなる。ところが「ない」ものに注目させれば、身内の団結には効果的なこともある一方で、排外的な思想に走ったり仮想敵を強く意識しやすくなり、選挙以降も心配されていた国の分断が修復する方向には進みにくい。

しかしトランプ氏に言わせれば、それよりも何よりも、アメリカ人の雇用だ、ということなのだろう。

繁栄してこそ国。
我々の国は繁栄する。

トランプ氏の英語は平易で分かりやすい。大切な言葉は繰り返すので、キーワードは頭に残りやすい。

スピーチの名手だったオバマ前大統領のようにレトリックを使うことはないし、言葉で聞くものを心酔させたり、大統領スピーチ本がたくさん出てお手本にされるような種類のものではないかもしれないが、何をしようとしているのかははっきりしている。その意味で、就任演説もざっくばらんで超実務的なものだった。

とにかくニュースの中心にいる、ということを重視した情報発信の仕方をしてきたのがこれまでのトランプ氏だったと私は分析しているが、今後はより政策的な優先順位のはっきりした発信になるのではないか、というのが今回の就任演説で得た印象だ。

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