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技の真価を“今”に問う、 次代のMade in Japanブランディング

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職人の手によるものづくりを核に持つ企業が、時代に合わせ発展し続けるにはどのようなブランディングが有効なのか。2000年代後半に急成長を遂げた土屋鞄製造所の代表取締役・土屋成範氏と、その成長をブランディング面から支えたフラクタ代表取締役の河野貴伸氏が、金沢で400年続く酒蔵・福光屋を訪ね、専務取締役の福光太一郎氏と語った。

コアにある「らしさ」の継承

福光:日本酒の市場規模は今、ピーク時の3分の1までに落ち込んでいます。そんな中、当社は30年ほど前から女性をターゲットにしたマーケティングに力を入れ始めました。今では日本酒・食品・化粧品の三本柱を持つ「米の醗酵会社」と位置づけています。

土屋:ランドセルも成長市場とは言えません。当社はランドセルが主力製品のひとつですから、今のままではいけないと、ビジネスシーンでも使えるような「大人ランドセル」など様々な展開を仕掛けているところです。

河野:どちらの会社も時代に合わせた多角化の中に「その会社らしさ」を保てていると感じます。それはどのように継承しているのでしょうか。

福光:企業理念を意識させる仕組みなどはありません。メーカーですから、どういう商品を創造し提案するのかが大切。商品を開発し、製造する過程そのものが社員にとって理念の再確認になっているように思います。

例えば当社の商品に「ライスミルク」というものがあります。これは米と麹から作られた牛乳の代替商品ですが、商品開発の際にずっと入れることを前提にしていた米油を、途中の段階で添加することをとりやめました。福光屋は米と水のみで日本酒を造る「純米蔵」を掲げていることから、「余計なものを入れるべきではない」という声が社員から上がったのです。福光家の家訓は「伝統は革新の連続」。祖父の代にあった銘柄は、実は現在一つしか残っていません。しかし、どれだけ商品が入れ替わっても、作るものは本物でありたいという意識は皆が共有しているようです。

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「純米蔵」を掲げる福光屋の酒造りについて、杜氏の板谷和彦氏に聞く。

河野:福光屋のように400年も歴史がある企業だと、一つの国の文化のように、あえて言葉で明示しなくても受け継いでいけるのでしょうね。一方で、歴史が浅い会社や、急成長して一気に社員が増えたような企業は意識的に理念を明示したほうが良い場合もあります。土屋鞄の場合は、創業者がよく現場に来て職人に話しかけることで「自分たちはこういう存在だったんだ」と思い出したり、こんなに大切に作っている鞄だから大事にしよう、自分たちが頑張ろうという動機付けがあったりする。それこそが、「らしさ」の生きた継承になっていると感じています。

土屋:創業者の父自身が鞄職人である、という点は間違いなくコアだと思います。社員は私の父を「お父さん」、母を「お母さん」と呼ぶんですよ(笑)。そのファミリー感を維持していることも「らしさ」かもしれません。

鍵を握るのは「情緒価値」

土屋:ただ、海外展開するときに、その「らしさ」をそのまま前面に出すのが良いとは限らない。当社は香港にショールーム、台湾に店舗を持っており、最初は日本のまじめなものづくりを前面に出していました。でも、現地にも誠実にものづくりをしている人がいますし、さらに今の時代はネットで世界中からものが買えてしまう。どんな価値を推すのがいいかを模索している最中です。

河野:私が様々な企業のブランディングを支援していて感じるのは、海外の人が日本に求めているものは、神秘性や、背景のストーリーのようなものなのではないかなと。福光屋には、酒蔵の入り口に神域と外界を隔てる「結界」としてのしめ縄や杉玉があったり、白山から地下を100年通って流れてくる水が湧き出る井戸のそばという、まるで「神様から与えられた土地」で酒造りをしているかのような非常に神秘的な要素を感じます。

福光:ここに井戸があるから会社を引っ越せません(笑)。水が変われば味は変わるし、同じ水でも手順通りに造れば同じ味が出るわけではなく、杜氏の経験と勘でコントロールしています。

土屋:酒造りの柱に職人の感覚があるというのを知って、実は今日とてもうれしかったんです。鞄作りでも、効率的な方法はありますが、その日その日の湿度や革のくせを見極めて職人が一針一針縫わないと仕上がらないものがたくさんある。それと同じだなと。

土屋鞄製造所は軽井沢に工房を開設。職人による手仕事を大切にしている。

福光:共通するものがありますね。酒蔵見学には多くの外国の方が来てくださるため、工程の途中段階を味見してもらうなど、説明だけでなく体験してもらうことも重視しています。

土屋:直観的に伝える仕組みはとてもいいですね。日本の企業は品質の高さや機能性をアピールするのは上手ですが、情緒的な価値を軸にしたコミュニケーションや、直観的に「格好いいから欲しい」と思わせるような色気のある製品づくりは得意ではないかも知れません。

河野:そういう「なんかいいな」「楽しいな」を作るには、費用対効果が明確には出ないブランディング活動を長期間積み重ねることが必要な場合が多いですし、すべて数字で説明のつく左脳的なマーケティングではカバーできません。

福光:効率やスピードに偏ると結果的につまらないものになる。そこのバランスは経営者として必要だと思っています。

土屋:日本で腕のいい職人が職にあぶれたり、後継者不足で廃業する現状は本当に悔しい。経営者がマーケティング・コミュニケーションや事業の育て方について理解を深めることで、そうした課題解決につながるのではないかと思っています。だからこそ、私は土屋鞄を育てるだけでなく、他業種の職人とも共に事業を行い育っていけるような取り組みをフラクタと一緒に進めています。

河野:「伝統」と「挑戦」、二つの土壌を兼ね備えて、飛躍する企業を日本に増やしていきたいですね。

福光太一郎(ふくみつ・たいちろう)氏

福光屋専務取締役。1978年、福光屋の14代目として石川県金沢市に生まれる。FordhamUniversity ESLを修了後、東京の不動産開発会社、アパレルメーカーを経て、2010年7月に福光屋入社。2012年8月より現職。2018年1月より金沢青年会議所の理事長を務める。

 

土屋成範(つちや・まさのり)氏

土屋鞄製造所代表取締役社長。同社創業者であるランドセル職人土屋國男の長男として、創業者の背中を見て育つ。海外生活の経験を経て1994年に土屋鞄製造所へ入社。2017年より現職。2018年に第35回優秀経営者顕彰最優秀経営者賞(日刊工業新聞社)を受賞した。

 

河野貴伸(こうの・たかのぶ)氏

フラクタ代表取締役。企業のブランディングを推進するサービス・テクノロジーを提供するフラクタを2013年設立。EC-CUBEエバンジェリスト、Shopifyエバンジェリスト。2011年より土屋鞄製造所のブランディングとデジタルコミュニケーションをサポート。