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第49回JAAA懸賞論文の金賞が発表に タイトルは「広告の倫理とデジタルテクノロジー」

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日本広告業協会(JAAA)では毎年、会員社社員を対象に「論文」「私の言いたいこと」の懸賞募集を実施している。2020年4月1日、第49回懸賞論文の受賞作品が発表に。最高賞である、金賞を受賞したのは電通 中部支社 シニア・コンサルタントの安藤真澄氏の論文『広告の倫理とデジタルテクノロジー ― howからwhatへ、そしてwhyへ』だ。

本論文を執筆した背景について安藤氏は、次のようにコメントしている。

「デジタル化による広告コミュニケーションの変化は目まぐるしく、より多くの顧客データを活用することで広告の無駄を減らし、目的に沿って合理的に成果を出すことが広告に期待されています。しかし、広告コミュニケーションは不確定性を伴うものであり、それが広告の面白さにもつながります。とは言え、ビッグアイディア一つですべてが解決すると考えるのも単純化が過ぎます。今、広告はどうあるべきなのでしょうか」(安藤氏)。

ここでは、金賞を受賞した論文のサマリーを紹介する。

『広告の倫理とデジタルテクノロジー ― howからwhatへ、そしてwhyへ』

広告は持続可能な形で商品を売るためのマーケティング・コミュニケーション活動の一環として行われ、広告主のマーケティング課題の中で、コミュニケーションによって解決可能なものに対してソリューションを提供します。そのあり方がデジタルテクノロジーの進歩によって大きく変わって来ています。インターネットを通じて生活者が広告の批評を発信することが可能になり、広告の送り手である広告主やクリエイターは広告の受け手のメッセージ受容のあり方を無視できません。広告が独立したコンテンツとして受容され、当初の目的から外れたネタとして話題になり、ネット上で想定外のバズも生まれます。素人が広告的な作品をネットにアップすることも可能になっています。

広告として話題になる方策をいくら懸命に考えていても、商品が売れなければ広告の失敗となります。そこで、広告コミュニケーションには、様々な顧客データを大量に収集、分析することで、顧客を中心に据えるデータマーケティングに最適化することが求められます。ところが、広告の無駄を回避し、効率的に広告メッセージをターゲットに届け、購買に結び付けることに注力する一方で、効率性を追求するあまり広告の質が後回しになる危惧があります。how to sayを重視するあまりwhat to sayがおろそかになるだけでなく、広告の自動生成のようにwhatがhowの道具として機械的に取り込まれる可能性もあります。

そこにレッシグが指摘する、顧客データの紐づけや顧客のトラッキングのような監視のインフラが広告目的に使われることがもたらす問題が存在します。一方、ネット広告掲出のアルゴリズムの裏をかいて広告主や顧客に不利益となるコンテンツに誘い、PVを稼ぐサイトも登場しています。これらは共に顧客の目を惹くための目的合理性を追求するエンジニアリングの暴走と言えます。そこには広告の倫理的な妥当性という観点(why)が不足しています。

デジタルマーケティングにおいて、合理的な推論に適したAIは「認知的・道具主義的合理性」(ハーバーマス)に基づく広告コミュニケーション設計に向いていますが、人間には「了解志向的」な「コミュニケーション合理性」に基づくコミュニケーションも欠かすことができません。道具主義的合理性に偏向しないためには、いかに広告をするのか。(how)や何を言うか(what)は言うまでもなく、なぜその広告を行うのかという倫理的な問いとしてのwhyについても意識する必要があります。

広告が社会的に意味のある存在であるためには、コンテンツ、メディア、広告関連テクノロジーを包括的に捉え、技術と倫理の観点から広告とテクノロジーの望ましい関係を構築することが必要です。そこでは広告が本来的に持つ不確定性(クリエイティビティの源泉でもある)を広告コミュニケーションにどのように包摂するかが問われます。人間はAIのように広告を論理的に理解し、受容するマシンではないからです。

(電通 中部支社シニア・コンサルタント 安藤真澄)