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押井 守監督特別インタビュー抜粋。新刊書籍『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』

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宣伝会議は書籍『見通し不安なプロジェクトの切り拓き方』(前田考歩・後藤洋平 著)を3月26日より発売。今回は、本書に収録されている、著者による映画監督 押井 守氏の特別インタビューを一部抜粋して紹介します。
 
映画製作の現場から、未知で困難なプロジェクトの切り拓き方を紐解きます!

監督×スタッフ。手足だけでなく、脳みそも借りる方法

見通し不安なプロジェクトの切り拓き方
著:前田 考歩・後藤 洋平
発行:宣伝会議

押井:アニメにしろ実写にしろ、映画のスタッフの意思を尊重することが重要。意思を尊重するっていうのは、言うこと全部聞いて、通してあげる、ってことじゃないよ。彼らが話す言葉を、いったん全部聞いてあげるってこと。

聞く耳を持たないっていう態度を最初から示しちゃうと、誰も監督の味方なんてしない。当たり前だよね。色を塗ってるスタッフに至るまで、何か言いたいことあれば全部聞いてあげる。聞いてくれる監督だって思ってもらわないとだめ。相手にしてくれてんだ、っていう。私はお茶を持ってくる人にも「ありがとう」って言う。

本当言うと、監督は全員の名前を覚えなきゃいけないんだけど。ナポレオンもそう言ったからね。名前と顔を全部覚えろって。中隊長は自分の部下を全部覚えられるはずだって。大隊長になったら無理だろうけどさ。人間が覚えられるのは、200から300人だっていう説があるけど、要するに中隊規模だったらできるはずだ。それが士官の絶対条件だって。

私はでも現場でさ、顔と名前が常に一致しない男だったから。5、6回付き合いのある原画マンでもさ、「あなた誰だっけ?」ってことがしょっちゅうあった(笑)。「前お会いしましたよね!」「あの映画もこの映画も、散々一緒に苦労したじゃないの!」って言われることもあるけど。ひとつの現場で7、8人しか覚えられないから。

後藤:そこで嫌われずに、愛されるっていうことも大事ですよね。

押井:それはその場ですぐに謝っちゃうから。ごめん誰だっけ、って言ってさ。「あん時これやったんですよ!」って言われたら「ああそうだったそうだった。ごめんごめん」って「今度こそ覚えるから」って言ってさ。覚えらんないんだけど(笑)。そういうふうにフランクに付き合うっていうのは、意図的にやってるわけじゃなくて、楽チンだから。

私は幸いにして誰とでも付き合えるんで。冗談も好きだし、おしゃべりすること自体も好きだから。人の話聞くのも苦痛じゃない。でもただ聞いてるだけじゃなくて、「それはちょっと違うんじゃない」とか「こうなんじゃないの」って必ず言うから。言うことも好きだから。だから苦労でもなんでもない。おしゃべりする、っていうか、スタッフと話すために現場に行ってるようなもんだよ。半分以上は。それが一番大事なことだから。

実務の現場は、作画監督もいれば撮影監督もいれば音響監督もいる。じゃあ監督は何をするのって言えばさ、状況を見てるだけ。何かあったときの予備だよ。例えば風邪で作画監督が一週間出て来られない。そこで交代できるか、っていうこと。監督って、現象的に言うと、現場では戦略予備だから。うまくいってるときは何もする必要がない。うまくいってるっていうふうに持っていければいいだけ。

少なくともそう思わせることができれば。後は喧嘩の仲裁とかね。雑務の塊だよ。できれば、そこの当事者にならないほうがいい。だから、朝から晩までびっちりいない。でも毎日来る。最低3時間、俺はだいたい3時間ぐらいしかいないけど、毎日監督が来てるっていう事実だけ作る。あなたのことをちゃんと見てるからね、っていう。小学校の先生と一緒なんだよ。40人もさ、俺らが子どもの頃は50人、60人が当たり前だったけど、全員が何をやってるのか見るなんて不可能だよ。

でもそう思わせることはできる。「さっきあそこでこんなことやってただろ」って言うと、大体びっくりする。「見てんだ、俺のこと」って言ってさ。「こんなこと書いてたよな」とか、「こんなこと言ってたよな」って言うとさ。そこは奇襲的に押さえる。相手を緊張させる。「この先生、俺のこと見てんだ」っていう。毎日同じ時間に見ることはできないよ。時々見ると、面白いことやってるから、それ覚えてるだけ。緊張させながら、なおかつ自分の味方だと思わせる。

後藤:見ている、というのは安心感じゃなくて緊張させるためなのですか。

押井:子どもだったら親に見てほしいとかさ、先生に見てほしいとか、そういう気持ちを持ってる。だから小学校のクラスだって言ってるの。高校のクラスになると、話は別になるんだけど。私に言わせると、アニメの現場なんて典型的な小学校のクラスみたいなもんだよ。学級委員長もいるし、風紀委員長もいるし。だから何かあったときに登場すればいいだけだ。

でもその裁定は絶対。絶対である根拠としては、「お前が普段やってること全部知ってるんだぞ」っていうこと。本人がやっていることを、全部ではないにしても、上司とかに「あいつ何やってる?」って聞くことはできるから。それぞれの上司に。あるいは隣の人間に。意図的に情報収集するとかでなくて。そんなこと続きはしないから。興味を持てばいいだけ、人間に。スタッフには、ある意味キャスト以上に興味を持ってる。

もっと極端なこと言うと、現場の親方に「今回の映画どう思う、面白い?面白くなると思う?」って聞くこともある。録音の親方のところとか、しょっちゅう行くからね。録音の親方って、一番遠いところにいるんだけどさ、当たり前だけど。タオルかぶってヘッドホンしてさ。普段接することなんて、ほとんどないんだよ。あるとすれば、今飛行機が通った、とかね。そういうところに行って、「あの人のセリフどう?いつも滑舌悪いんだあの人」とか言ってさ。そういうこと聞いてくる監督ってほとんどいないんだよ。だからみんなびっくりするんだよね。「なんで監督、俺にそんなこと聞くんだ」って。

私は実写の世界に確固たる足場を持ってるわけじゃないから、逆に普通の監督がやらないようなことができる。あんまり気にしないから。監督の権威とかどうでもいいと思ってるから。権威を証明することよりも、自分に興味を持ってもらうことのほうがはるかに大事だから。それは私にとっては大事なこと。職場の上下関係だけで関係作っちゃうと、誰もそれ以上出してくれない。同じ予算でどれだけの仕事するかって、特に低予算が多かったりするわけだから。そういうことはすごく大事。

だから、あなたに興味を持っている、ということを示すべきなんだよ。そこで初めて、「ここをこういうふうに変えたいんだけどさ、明日はタマが全体の半分しかないんだ。なんとかなんない?」って聞く。そしたらさ、「わかった」って言うよ。どっかからかき集めてくる。そういうことはいくらでもある。スタッフ同士のやりくりって、貸し借りだから。ない機材も平気で持ってくる。しかも、素晴らしい機材を。

後藤:すべては自分のために時間を使ってもらいたいがために。

押井:監督の脳みそひとつで作る映画なんて貧弱にしかならない。スタッフは手足じゃなくて、手足として使うだけじゃもったいないから、脳まで使わせてもらう。さっきの親方が脳みそ使わせてくれたら、作品は全然違うものになる。助監督だって誰だって、もっと言えば役者の脳みそだって使うんだよ。

ただ最初から脳みそ貸してくれる人はめったにいない。言われたことはやりますっていう人がほとんど。まあ言われたことちゃんとやってくれるだけで貴重なんだけどさ。まして脳みそまで貸してくれる人なんてめったにいない。だから貸してもらう努力をするんだよ。

スタッフを味方にするとかいうけど、内実はそういうことなんだよ。そのためには信頼が必要で、なおかつ今やってる仕事を面白がってもらう。これは、映画だろうがプロジェクトだろうが変わらないよね。
 
 
続きはぜひ本書をお手に取ってご覧ください。

書籍案内

見通し不安なプロジェクトの切り拓き方
今日の社会においては、実に幅広い領域で、ルーティンワークではない前例のない仕事、すなわち「プロジェクト」が発生しています。
特別な訓練を積んでいなくても、特別な才能がなかったとしても、共通のフォーマットやプロトコルに基づく「仕組み」や「方法」によって、チームを成功へと導いていける。
本書では、未知で困難なプロジェクトを切り拓くための方法をお伝えします。