「ブランデッドエンターテイメント お金を払ってでも見たい広告」(PJペレイラ 編/鈴木智也 監修・訳)— まえがき

『宣伝会議のこの本、どんな本?』では、弊社が刊行した書籍の、内容と性格を感じていただけるよう、「はじめに」と「あとがき」、そして、本のテーマを掘り下げるような解説を掲載していきます。言うなれば、本の中身の見通しと、その本の位置づけをわかりやすくするための試みです。

まえがき
訳者・監修者 鈴木智也

ブランデッドエンターテイメント お金を払ってでも見たい広告
カンヌライオンズ審査員 著、鈴木智也(監修・翻訳)、PJ・ペレイラ(編集)

カンヌライオンズ審査員によって共同執筆された世界で初めての書籍。本書は広告・ブランド・宣伝担当者・CM プランナーなどマーケティング・ブランディングに携わる方が新しいチャレンジをするためのテキスト・参考書として活用いただくために生まれました。一気にすべての章を読む必要はありません。また本書で取り上げられている世界を動かした様々なケーススタディへのリンクをまとめています。

ぜひサイトだけでも、ご覧ください。

■はじめに

はじめまして。STORIESの鈴木智也と申します。博報堂で広告・マーケティングの仕事や、博報堂DYメディアパートナーズ、メディア環境研究所での研究を経て、ジョージ・ルーカス、ロバート・ゼメキスなども卒業したハリウッドの映画大学院USC School of Cinematic Artsに留学、2011年STORIESという会社を仲間と共に設立しました。

STORIESは博報堂DYグループとSEGAなどから出資を受けたコンテンツと広告、そしてブランデッドエンターテイメントの企画制作会社です。東京とロサンゼルスの2拠点で、ブランデ「ッドエンターテイメント、ミュージックビデオ、CM、ドラマなど多くのプロジェクトを制作しています。マリオットホテルのアクションフィルムTwo BellmanやSUBARUのYour story withシリーズ、安室奈美恵さん、宇多田ヒカルさん、三浦大知さんのMVなど日米で多くのプロジェクトをお手伝いさせていただいています。

さて広告業界の私がみなさんに告白しないといけないことがあります。

私は先日、Netflixで「梨泰院クラス」を16話、わずか2日間で一気に見終わりました。2日間で16時間強です。起きている間はほぼこのドラマを見ていたということになります。そして私はその2日間、広告に一秒も接触していないのです。さらに言えばNetflixやAmazon Videoなどで広告に触れずに楽しんだコンテンツとその時間は数え切れません。これは広告業界にとって由々しき事態です。

■公然の秘密

私たちがNetflixなどのアドフリープラットフォームでコンテンツを楽しむ本当の理由はなんでしょうか。

「エレファント・イン・ザ・ルーム(部屋の中の象)」と言う慣用句があります。重大な問題なのに、皆が見て見ないふりをしているような状況の事です。「広告」は飛ばせるなら、飛ばしたい。これはコミュニケーション産業に関わる、ほとんどの人が実は課題と認識しているのに、声を上げてこなかったポイントなのではないでしょうか。テレビドラマを見ていたら、良いところでいきなりブツっと、ドラマが止まり、ドラマの内容と直接関係のないコマーシャルが2分から3分流れ、そしてまたドラマに戻る。エンターテイメントを楽しみたいユーザー体験として、果たして優れていると言えるでしょうか。Netflixなどの配信サービスでは基本的にはドラマの途中でコマーシャルで止められることはありません。広告で遮られないという特徴が受け入れられているのではないでしょうか。

何よりもブランド・マーケティング・広告産業で働く私たちにとって脅威的な事実は、広告の入らない動画配信でドラマやコンテンツを1日の間に例えば10時間イッキ見した生活者(私も含めて)は、その間広告に一切触れていないと言うことです。生活者の時間は限られています。音楽であれば、SpotifyやApple Music、Amazon Music、動画であればNetflix、Amazon、Disney+、Hulu、Apple TV等、サブスクでアドフリーに慣れた観客達が、従来の広告ありのプラットフォームに、理由なく戻ってくると考えるのは、楽観的すぎるのではないでしょうか。

確かに日本における地上波には依然マスメディアとしての高い到達力があるのは事実です。2019年の上半期のゴールデンタイム、全世帯の58.6%がテレビを見ているという数値(総世帯視聴率)があります。しかしピークの1997年には71.2%あった数値が下がってきているのも事実です。情報・コンテンツの量が飛躍的に増大し、20年前に考えられなかったメディア環境の変化がコミュニケーション産業を飲み込もうとしています。

■観客時間戦争

生活者は広告の有無を含めて、様々なプラットフォームから提供される大量のコンテンツ・情報から選び取り楽しむ選択権を持っています。ドラマ、バラエティー、映画、音楽、舞台、ライブ、ニュース、動画、写真、どのコンテンツを、どのプラットフォームから視聴・体験するのかを決めるのは観客なのです。

ブランド、広告のコミュニケーションの競争相手は、もはや競合ブランドだけではなく生活の前にある、ありとあらゆるスクリーン、そしてイベントなど実体験で展開される、すべてのエンターテイメントコンテンツだと言える状況です。

今までは広告枠を買えば同時に観客の時間を買えていましたが、そもそも貴重な時間を売ってくれない観客やプラットフォームが出てきているということです。

もちろん広告ありのプラットフォームにも依然として大きな需要があり続けるとは思います。しかし観客の時間は限られています。観客の時間を奪い合う戦い、つまり「観客時間戦争」の時代が来ているのです。

■ブランデッドエンターテイメント「お金を払ってでも見たい広告」

この時間獲得競争時代にブランドが観客の時間をいただくための新しい手法論が「ブランデッドエンターテイメント」です。「ブランデッドエンターテイメント」って一体どんなプロジェクトのことなのか? 一言で言えば、エンターテイメントコンテンツにブランドのメッセージを乗せて顧客に届けるものです。つまり観客が貴重な時間を使ってエンターテイメント性のあるコンテンツやプロジェクトを視聴、体験した結果、ブランドメッセージの伝達、ブランド好感度の向上、商品購買などが達成される、ブランディング・コミュニケーション手法です。

そして最高のブランデッドエンターテイメントは、「お金を払ってでも見たい広告」だと思います。

2001年にBMWが、ガイ・リッチー、トニー・スコット、アン・リー、ウォン・カーウァイなど著名監督陣を起用し、15億円以上の制作費をかけて、ウェブムービーシリーズ、BMW Filmsを製作し、特設サイトで公開し大きな話題になりました。メディア費用をかけずに、多くの観客にBMWブランドの価値をアクションエンターテイメントフィルムを通じて、伝えることに成功したのです(さらにテレビでも通常の映画として放送されました)。

このプロジェクトを起点に広告業界ではブランデッドエンターテイメント手法で様々な挑戦が続いてきました。それはテレビドラマか、長編映画か、ウェブムービーか、ドキュメンタリーか、イベントやテーマパークかもしれません。形はなんでもありです。

全世界で500億円以上の興行収入を稼いだ、レゴ・ザ・ムービーは究極の成功事例の一つです。観客はお金を払って、レゴによるレゴのための映画を見て、レゴがさらに好きになり、帰りにレゴを買っているかもしれません。企業が制作したウェブムービーがテレビドラマとして地上波で放送されることもあります。視聴者は直接お金を払ってはいませんが、ドラマの間にCMを見ていれば、実質的にはお金を払っているのと同様です。企業が制作した映画が、サンダンス映画祭に公式出品されNetflixで配信される例もあります。AppleがiPhoneだけで撮影した感動の短編動画をつくり、観た人の多くが共感し、さらにそのコンテンツを共有していく。観客はそのコンテンツを楽しんだと同時に、こんな映画が撮影できるiPhoneって凄い!と共感するのもエンターテイメントを活用したブランディングです。こうしたブランドが制作した短編映画の中には多くの場合メディア費用をほとんどかけていないにもかかわらず、YouTubeで数百万回から一億回以上の再生を獲得するようなプロジェクトもあります。

広告がエンターテイメント性を持ったコンテンツとして、生活者、観客の貴重な時間をいただく。プロジェクトのクオリティー、エンターテイメント性が高ければ、お金を払って広告を見てもらえるかもしれません。エンターテイメントとブランドメッセージが掛け算になって観客を楽しませながら、同時にブランドの課題を解決することはできるはずです。そのためにはこれまでのように消費者・ターゲットと考えるのでなく、まずはエンターテイメントを楽しもうとする観客、つまりオーディエンスと捉えなおし、オーディエンス・ファーストのアプローチでコミュニケーションしていくことが重要になってきています。どのコンテンツをどこで見るのかを選ぶ権利は観客が持っているからです。

今メディア環境は激変しています。サブスク・ストーリーミング時代、大量情報・コンテンツ時代に、ブランドは生活者からどのように貴重な時間をいただき、メッセージを届けていくのか。その一つの手法論として2020年の今、さらにブランデッドエンターテイメントという手法の重要性が増してきています。

■カンヌライオンズ審査員による世界で初めての書籍

私は幸運にも2017年にカンヌライオンズのブランデッドエンターテイメント部門の審査員として、事前審査を含めるとおそらく200時間以上、合計1000以上の世界中から集められた優れたプロジェクトを見て、体験し、そして各国から集まった広告・コンテンツ・コミュニケーションのプロフェッショナル達とカンヌの暗い会議室で6日間、濃い議論をかわす機会をいただきました。

審査員の内、15名の有志が、広告に携わる皆さんのためにその体験と学びを共有するために執筆したのが本書『ブランデッドエンターテイメント』です。カンヌライオンズの審査員が一体、何を考え、何を議論して、何を評価したのか、そして過去の優れた受賞プロジェクトを作り出してきたクリエイターたちへのヒアリングによる解説も含めて深い洞察が分かる、今のところ世界で唯一の書籍になっています。

世界でどのような革新的なプロジェクトが生み出され、ブランドの課題を解決しているのか、優れたプロジェクトやそのプロジェクトの背景にある意図や設計を分析すること、そして世界中の専門家たちのこの分野に対する知見が「広告の未来」のための参考書としてまとめられています。様々な条件・制限を乗り越えて、とるべきリスクを取り、このブランデッドエンターテイメントという新しい手法へ挑戦し、マーケティング業界を革新してきた、世界中のプロフェッショナルの生の声と興味深いケーススタディが満載です。受賞プロジェクトの数々のチャレンジングな舞台裏のストーリーを含む具体的な企画・制作・実施の細かいプロセスまで網羅され、自分たちにも、きっとできると勇気をくれる内容にもなっているはずです。

カンヌライオンズ審査員による初めての書籍として執筆された本書は、控えめに言っても各章に広告・宣伝・マーケティングに携わるみなさんにとって、変化を生き抜いていくための、あらゆるヒントが詰まってると思います。

コロナショックによって、サブスクプラットフォームの伸長などメディア環境変化がさらに加速しています。広告・コミュニケーション業界は本質的に、挑戦を続け、変化の中で新しいものや考え、文化を生み出してきた産業です。単に強い種ではなく変化に適応した種が生き残れるということであれば、私たちはこの変化を嘆くのではなく、受け入れ、抱きしめ、業界や会社の垣根を超えて団結し、共創していくことが大切だと信じています。

日本からも、エンターテイメントにあふれたブランドプロジェクトが増え、そして世界でも評価されるプロジェクトを次々と生み出していくために、ぜひ皆さんに私たちの学びを少しでも共有したいという強い思いで、日本語出版を進めさせていただきました。

ぜひ、マーケティング・広告・コミュニケーションに携わる、日本のプロフェッショナルのみなさんの役に立つ一冊になると嬉しく思います。

また本書で取り上げられているケーススタディへのリンクなど、一部のプロジェクトを実際に確認できるウェブサイトをご用意しています。実際の優れたブランデッドエンターテイメントの事例を見て、そのプロジェクトの舞台裏や企画の意図、結果を確認しながら、本書をお読みいただくことで、圧倒的に理解が深まると思います。

ぜひ合わせてご覧いただき、活用いただければと思います。

目次

PARTⅠ THE NEED(ブランデッドエンターテイメントの必要性)
1章 デジタルボーンキラー
(デジタル世代は広告を殺すのか)
ブランデッドエンターテイメントがブランドのためにできること
リカルド・ディアス、ガボール・ハラチ
 
2章 時間との戦いと集中力持続時間への誤解
マルセロ・パスコア
 
3章 ブランデッドエンターテイメントが生むニュース
モニカ・チュン
PART II THE ART OF BRANDEDENTERTAINMENT
 
4章 プロダクト・プレイスメントからアイデア・プレイスメントへ
ペレ・シェネール、ジェイソン・ゼノポラス
 
5章 なぜ「ストーリー:物語」は最も重要なのか?
鈴木智也
 
6章 緊張感を高める
ペレ・シェネール
 
7章 みんなドキュメンタリーを求めている
(あるがままに生きることを恐れるな)
ガボール・ハラチ
 
8章 怒りの力で社会を変える
ルチアナ・オリヴァレス
 
PART III OPPORTUNITIES AHEAD
9章 スポーツマーケティングにおける傑作コンテンツ
ミーシャ・シャー
 
10章 エンターテイメントの未来
ハリウッド、スポーツ、そしてゲーム(eSports)!
トアン・グエン
 
11章 アートと科学の出会い
マリッサ・ナンス
 
PART IV  THE BUSINESS
12章 ハリウッドとブランデッドエンターテイメント
(リドリー・スコット、トニー・スコットの挑戦)
ジュールズ・デイリー
 
13章 タレントとブランデッドエンターテイメントのおいしい関係
キャロル・ゴール
 
14章 世界に拡張するアイデア
グローバルなテレビフォーマットを生み出す方法
サマンサ・グリン
 
15章 広告の忍術/影での仕事術
誰にもマネできない戦略で攻める
ジェイソン・ゼノポラス
 
16章 マーケターのように考え、エンターテイナーのように振る舞い、ベンチャーのように行動せよ
~3つのカンヌライオンズグランプリ、制作の舞台裏~
PJ・ペレイラ

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