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2021年を、日本人が、日本語を取り戻す年にしよう。

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コロナで大きく影響を受けた2020年を振り返り、『言葉ダイエット』(宣伝会議刊)の著者であるコピーライターの橋口幸生さんから力強いメッセージが届いた。

 

1年前、『言葉ダイエット』という本を発売した。ひと言にまとめると、「具体的な文章を書こう」という内容だ。ビジネスでは、やたら長いわりに内容が無い文章が当たり前に書かれている。たとえば、

「イノベーティブなソリューションで衝撃的でインパクトのある顧客体験を共創させていただきます」

…というようものだ。具体的なメッセージを伝えるより、「やってる感」を出すことを優先すると、こういう文章がうまれる。当たり前だが「具体」にはリスクがともなう。誰かに嫌われるかもしれないし、失敗すれば恥をかく。忖度、保身、責任逃れといった事ばかり考えているから、長くて読みづらい悪文を書いてしまう。こんな状況に対する自分なりの問題提起として『言葉ダイエット』を書いた。おかげさまで多くの方に共感していただき、現時点で4刷まで版を重ねている。

しかし、残念ながら世の中は、ますます「やってる感」一直線を突き進んでいるように思う。背景にはあるのは、Covid-19のパンデミックだ。

人と人の接触が増えれば感染拡大する。減らせば収まる。手から体内に入るから、手洗いで予防になる。ウイルスとは「具体」そのものだ。面子も保身も忖度も責任も、一切存在しない。どこまでも具体的だ。

一方、ウイルスと対峙する人間は、「やってる感」を出すばかりで具体的な対策を打ち出せていない。

「ここ1,2週間が山場」

「高い緊張感もって注視」

「スピード感を持って対応」

「勝負の3週間」

コロナ禍にあって、「やってる感」だけの言葉たちは、一層寒々しく響くようになった。

手を洗う、マスクをつける、密を避けるなど。私たちはさまざまな感染対策を実行してきた。ここにひとつ、「具体的な言葉を使う」を加えることを提案したい。

コロナ禍で新しい問題が発生したわけではなく、これまであった問題が顕在化しただけだと、よく指摘される。私たちは、目の前にある問題を、「やってる感」言葉で誤魔化すことで、見て見ぬフリをしてきたのではないだろうか。「丁寧に説明する」と言って、説明はしない。「先手先手」と言いつつ、後手後手に回る。「待ったなし」と言いながら、待ち続ける。私たちは「やってる感」言葉の氾濫を許し、かつ、自分たち自身も使い続けてきた。言葉を軽んじきてきたツケを、今、払わされているのではないだろうか。

だとすると、やるべきことは明確だ。「ご相談させていただけないでしょうか」とぼやかさずに、「してください」とはっきり言う。「イノベーティブなソリューション」のようなカタカナに逃げず、斬新な企画を実際につくる。私たち一人ひとりが具体性のある言葉を使うことで、社会を建て直せばいいのだ。世界的パンデミックを前に、個人にできることは少ない。しかし、具体的な言葉を使うことは、今すぐ始められる。手間もお金も全くかからない。

繰り返しになるが、具体性のある言葉は嫌われる。責任を取らされる。恥をかかされる。問題を問題として言語化するのは、つらい。「やってる感」言葉で誤魔化すほうが、ずっと楽だ。しかし、誤魔化せば誤魔化すほど、大きなしっぺ返しを喰らうことになる。

それが、Covid-19が僕たちに教えてくれたことではないだろうか。

ドイツのメルケル首相は、同国のコロナ死者数が1日590人を記録した12月9日、連邦議会での演説でこう語った。

「人は多くのことを無力化できるけど、重力を無力化することはできません。光速も無力化することはできません。そして他のあらゆるファクトも無力化することはできません。そして、それはまた今日の事態においても引き続き当てはまるのです」

2021年を、日本人が、日本語を取り戻す年にしよう。

プロフィール

コピーライター
橋口幸生(はしぐち・ゆきお)

電通 コピーライター。代表作はスカパー! 堺議員キャンペーン、劇画 鬼平犯科帳25周年記念動画「鬼へぇ」、ANA、FRISKなど。TCC会員。ギャラクシー賞、グッドデザイン賞、ACC賞ゴールド、スパイクスアジアなど受賞多数。著書に『言葉ダイエット』。