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過激思想をつないだSNS テロリストに悪用されたテクノロジー

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広告コミュニケーションが関わる領域は、企業活動だけに限らない。テロ研究者の和田大樹氏は「テクノロジーと、国際政治や安全保障の領域が接近している」と指摘する。

2022年10月の共産党大会で中国の習近平国家主席は、2035年までに中国式の近代化・発展を意味する社会主義現代化をほぼ確実にし、今世紀半ばあたりまでに社会主義現代化強国を実現させる方針を明らかにした。

これは明らかに米国を意識した発言であり、米中2大国の対立は安全保障や経済だけでなく、サイバーやAI、宇宙などテクノロジーの分野でも今後いっそう激しくなることが予想される。バイデン政権は中国を唯一の競争相手と位置付け、先端テクノロジー分野での中国とのデカップリングを強化しており、同分野での二分化が国際社会で顕著になってくる可能性もあろう。

一方、国際政治・安全保障とテクノロジーという視点で見れば、懸念すべきことは国家間関係の外にもある。21世紀に入ってテロの脅威が世界を震撼させてきたが、実はテロリストにもテクノロジーは悪用されてきた。もっと言えば、テクノロジーは、自らの政治的な主義主張を社会に拡散し、それによって社会変革を実現させたいテロリストにとってはなくてはならないツールになっている。

たとえば、近年では1つに、欧米諸国で断続的に発生する白人至上主義テロで通信テクノロジーが悪用されている。2019年3月、ニュージーランド・クライストチャーチにあるイスラム教モスクで銃乱射テロ事件が発生し、イスラム教徒50人以上が殺害された。

NZモスク銃乱射事件 判決公判(写真=AP/アフロ)
NZモスク銃乱射事件 判決公判(写真=AP/アフロ)

犯人はオーストラリア人の当時28歳のブレントン・タラント(Brenton Tarrant)容疑者で、タラント容疑者は犯行の様子を自らのFacebookページでライブ配信するという異常な行動を取り、犯行前には犯行動機を「8chan」と呼ばれるネット掲示板サイトに投稿した。

タラント容疑者はその中で、白人の出生率の低下を問題視し、欧州各国を訪れた際に白人の世界が移民・難民に侵略されていると危機感を抱き、反イスラム、反移民など強い排斥主義を覚えるようになったと犯行動機に触れた。

そして、同事件の1カ月後、今後は米国カリフォルニア州サンディエゴ郊外のパウウェイ市にあるシナゴーク(ユダヤ教礼拝所)で、当時19歳の白人の男が銃を乱射し、1人が死亡、3人が負傷する事件があった。この犯人ジョン・アーネスト容疑者も「8chan」に自らの犯行動機に投稿し、その中で「タラント容疑者のマニフェストを少し読んだだけだが彼は正しい、彼から影響を受けた」と同容疑者を賞賛した。

2019年8月にも、メキシコとの国境に近い米国テキサス州エルパソにあるショッピングモールで白人の男が銃を無差別に乱射し、22人が犠牲となった。実行したのは当時21歳のパトリック・クルシウス(Patrick Crusius)容疑者で、同容疑者も事件直前に自身の犯行動機をタラント容疑者やアーネスト容疑者と同じ「8chan」に投稿し、その中でタラント容疑者から強い影響を受けたと賞賛した。

さらに、エルパソの事件の一週間後、今後はノルウェー・オスロ近郊のバールム(Baerum)にあるモスクで白人の男が発砲し、1人が負傷する事件があった。実行犯の当時21歳のフィリップ・マンスハウス(Philip Manshaus)容疑者も犯行直前に「Endchan」(エルパソの事件後、8chanはシャットダウンとなった)と呼ばれるネット掲示板にマニフェストを投稿し、「私が実行する時がきた、私は聖なるタラントから抜擢された」、「アーネストはタラントの一番弟子だ、クルシウスは彼の国を取り戻した」などとして賞賛した。

そして、今年5月にも同様の事件があった。米ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで18歳の白人の男がライフル銃を乱射し、黒人の買い物客や店員ら13人が撃たれ、10人が死亡、3人が負傷する事件が発生した。実行犯ペイトン・ゲンドロン容疑者も上述の一連の事件の犯人たちと同じ白人至上主義者で、事件前に180ページにも及ぶ犯行動機をインターネット上に公開し、タラント容疑者、また2011年のノルウェーの連続銃乱射テロの白人の犯人を賛美するコメントを残した。

「8chan」の元運営者のロン・ワトキンス氏と、父親のジム・ワトキンス氏(写真=Mark Peterson/Redux/アフロ)
「8chan」の元運営者のロン・ワトキンス氏と、父親のジム・ワトキンス氏(写真=Mark Peterson/Redux/アフロ)

これら白人至上主義者による相次ぐテロ事件は、1本の線でつなぐことができる。すなわち、タラント容疑者の事件がトリガーとなり、その後の事件の容疑者たちが何らかの影響を受けているのである。

実行犯たちの中では、白人の世界が非白人によって脅かされている、白人の世界を防衛する必要があるという極めて過激なイデオロギーが共有されており、それをつないでしまっているのが通信テクノロジーなのだ。こういった通信テクノロジーが世界的に普及していなければ、おそらくこういった危険な連続性は見られなかったことだろう。

事件を受け、欧米各国政府、フェイスブックやツイッターなどのIT企業は、危険な恐れのあるコンテンツの早期削除、テロを計画・実行する恐れのある者の使用停止など、情報を共有しながらの対策を強化している。

こういったIT企業には近年、IT関係者だけでなく、軍や警察で対テロ対策に従事していた者、テロ情報など安全保障インテリジェンスを専門にする研究者など本来は異業種にあたる人材も加わっているという。

正に、これは国際政治・安全保障とテクノロジーという本来は分野が異なる領域が接近、融合している典型的なケースと言えよう。

和田大樹/国際政治学者。清和大学講師や岐阜女子大学特別研究員である一方、都内セキュリティコンサルティング会社でアドバイザー(地政学リスク担当)を務める。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論、企業の安全保障、地政学リスクなど。共著に『2021年パワーポリティクスの時代―日本の外交・安全保障をどう動かすか』、『2020年生き残りの戦略―世界はこう動く』、『技術が変える戦争と平和』、『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』など。詳しい研究プロフィールはこちら(https://researchmap.jp/daiju0415)