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回収案件、発表タイミングの判断は? 小林製薬 「紅麹問題」会見からの教訓

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「紅麹」サプリメントをめぐる健康被害問題で2度の記者会見を開いた小林製薬。会見の場で論点となったのは「公表の遅れ」だ。本稿では『広報会議』で連載を執筆するジャーナリスト・松林薫氏が、危機管理広報の観点から、企業の公表判断に関して考察する。

小林製薬が製造したサプリメントが健康被害を引き起こした問題は、発表から1カ月経った現在も余波が続いている。この問題をめぐっては、同社の発表が遅すぎたとの批判がある。

一方、2度の記者会見を見る限り、事前に作成していたガイドラインを活用するなど広報体制はしっかりしており、場当たり的に対応しているわけではないようだ。それにもかかわらず対応に問題があったとすれば、どの部分に課題があるのだろう。現時点で分かっている情報から考察してみたい。

小林製薬はこれまで3月22日、29日に記者会見を開いている。印象に残ったのは小林章浩社長をはじめとした登壇者の回答のスムーズさだ。それぞれ2時間弱、4時間超の長丁場だったことを考えると、周到な準備をしたうえで臨んだのだろう。

一方、会見が成功だったかといえば、そう感じた広報関係者は少ないのではないか。これという失言がなかったにもかかわらず、同社への信用は当初の想定を超えて失墜してしまったように見える。

一連の広報姿勢を評価するうえで論点になるのはタイミングだろう。実際、2回目の会見では「公表が遅すぎたのでは」という質問が相次いだ。

小林製薬によると、医師からサプリと健康被害の関係を疑う連絡があったのが2024年1月中旬。その後も問い合わせが相次ぎ、2月6日には小林社長が回収を覚悟したという。しかし実際に発表を決めたのは、サプリに原因がある可能性が高いとの分析結果が3月16日に出た後。会見を開くまで、それからさらに1週間近くを要した。

2回目の会見では、原因物質に目星をつけていながら、厚生労働省が公表するまで「確認中」として物質名を明らかにしなかった。会見が異例の長さになったのも、途中で「プベルル酸」というキーワードが浮上して質問が振り出しに戻ったうえ、記者の不信感が高まったのが原因だ。

会見動画を比較すると、記者席の空気が2回目で明らかに悪化したことが分かる。そして同社が厚労省に報告しながら自社の会見ではプベルル酸の存在を公表しなかったことが分かってからは、司会者に対してもきつい言葉が飛ぶようになった。そもそも記者は情報を隠されることを極度に嫌う。この会見を境に、同社へのスタンスを大きく変えた記者は多かったと推測できる。

しかし、発表が遅かったのではないかと問われた小林社長は、自社のガイドラインや社外の専門家の意見に沿った結果だと繰り返し答えている。1回目の会見では「判断が遅かったと言われればそれまで」などと述べていたが、タイミングに問題があったとは考えていないようだ。

結局、この判断の是非は、回収を1カ月先延ばしすることで生じる被害をどう評価するかにかかっている。この点に関しては、同社は通販を通じてこのサプリが疾患を抱えている人に愛用されていることを知っていたはずだ。有害物質が混入すれば、健康な人とは比べ物にならないほどのダメージを受ける。これは有害物質の正体が、医師から疑われたシトリニンであるかどうかに関係ない。

問い合わせが消費者からではなく医師からだったことや、短い期間に相次いだことからすれば、深刻な事態が進行している可能性が高いことは分かったはずだ。小林社長も、2月初旬には回収を覚悟したと述べている。その段階で公表していれば、ここまでのイメージダウンは避けられた。仮に後でサプリが原因ではないと分かったとしても、同社への信頼感はむしろ上がって評判になっただろう。

では、なぜ公表が遅れたのか。小林社長の立場で考えれば、決断が容易ではなかったことが理解できる。1回目の会見時に想定していた回収コストは18億円程度という。売上高が1734億円(2023年12月期)の同社にとって小さくない額だ。分析結果が「シロ」と出れば、この費用は不要になる。結果報告を待ちたくなるのは当然だろう。

これは経営陣だけでなく、広報が直面するジレンマでもある。リスク管理をめぐっては、よく「安全側に判断すべきだ」と言われる。後でやりすぎだったと言われても、最悪の事態を想定して対応すべきだという考え方だ。

しかしコストを考えれば現実の経営で実践するのは言うほど簡単ではない。おそらく、小林製薬のケースについても「運が悪かっただけで、分析結果が出るまで待ったことを責めるのは単なる理想論・結果論だ」と感じる人は少なくないだろう。

しかも同社は、一連の判断を事前に作成したガイドラインに従って下したとしている。判断基準の是非は脇に置くとしても、広報体制はしっかりしている印象だ。

このケースから得られる教訓は、ガイドラインやマニュアルを作成しても実行にコストがかかる判断については解釈が「危険側」に傾きやすいということだ。一般には社外取締役などがリスクを指摘してブレーキ役になることが期待されるが、形式だけ整えても機能しない点はマニュアルと同じだ。この点から目を逸らして理想的な体制を整えても絵に描いた餅になる。

裏返せば「安全側の判断がしやすい環境」も同時に整える必要があるということだ。例えば商品の回収コストが発表時期の判断をゆがめるなら、事前に処理費用をプールしておくのも一案だろう。筆者の取材経験からいえば、2000年代の初めに銀行の不良債権処理問題が発生した時、貸倒引当金が積み上がってからは処理が加速した。

問題が発生した部門の責任者の人事評価もポイントになる。責任を追及される人は対応に消極的になり、都合の悪い情報を隠すケースも出てくる。信賞必罰は組織の基本だが、起きてしまったトラブルの処理も重要だ。特に今回のように対応の遅れが顧客に致命的な損害を与える場合は、問題を起こした当事者も積極的に協力できる枠組みをつくっておく必要がある。

もちろん、そうした体制を構築しようとすれば広報部門だけでは完結しない。広報のタイミングをめぐる意思決定は、経営判断そのものだからだ。経理や人事、総務など幅広い部署と連携してこそ、実効性の高い広報体制ができるのである。

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松林 薫
ジャーナリスト

まつばやし・かおる 京都大学大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社に入社。2014年に退社し独立。著書に『迷わず書ける記者式文章術』(慶應義塾大学出版会)『メディアを動かす広報術』(宣伝会議)がある。