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企業広報を経験したから見えてきた「行政広報の不思議」とは?

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神戸市のシビックプライドメッセージ「BE KOBE」の作成をはじめ、神戸を広く知ってもらう活動を行ってきた神戸観光局の松下麻理さん。これまで企業広報、行政広報、観光広報を経験し、人と情報をつないできたからこそ見えてきた広報活動の意義や、情報を伝える上での課題について振り返ります。

※本稿は『広報会議』2024年5月号の連載「地域活性のプロが指南」を転載しています。

これまでの人生の中で「広報」と名のつく部署で働いたのは3つの職場、通算13年になる。最初は神戸市内のホテルでの企業広報、次は神戸市役所での行政広報、そして今は神戸観光局(市の外郭団体)での広報と、立ち位置は異なっても「神戸を広く知ってもらう」という意味では根っこは変わっていないとも言える。

神戸市広報官時代、記者会見をしている筆者。月1回の会見ではネタ集め、担当課との打ち合わせ、台本作成など全てを担当した。

頼りにされる広報を目指して

2001年、ホテルでウエディングプランナーとして働いていた私は、前任者の突然の退職の穴埋めとして「広報の責任者」という辞令を受け取った。広報の仕事への知識も興味も全く無かった私は、何から手を付ければ良いのかも分からず、舞い込んでくる取材の対応をすることに精一杯で、広報をしようにも社内の情報を集めることさえできていなかった。

数カ月が過ぎた頃、総支配人から「調子はどう?」と聞かれ、「どうもこうも、各部が情報をくれないんです。何とかなりませんか?」と訴えた。総支配人は表情ひとつ変えずに「それは君が頼りにされていないからでしょ?」とサラリと言い放った。一瞬落ち込んだが、妙に腑に落ちたこともあり、「そうか、頼りにされるようになればいいのか!」と気持ちを入れ替え、せっせと各現場に足を運び、御用聞きのように情報を集めて回った。

レストランの期間限定メニューでテレビ取材を獲得し、放送後はしばらく行列が絶えないほど賑わった頃から、聞かなくても情報は集まるようになり、「社内の皆さんのお役に立つのが広報の仕事」と思い知った。

東京の雑誌社やテレビ局に出向いて、ホテルの紹介をすることも増えていった。その時によく聞かれるのは「今、神戸に行くべき理由はなんですか?」だった。その答えを常に探している内に、「もっと広いステージで広報の仕事をしてみたい」という思いが漠然と湧き上がってきた。そんな時、新聞で「神戸市が広報の専門職を公募する」という記事を読み、即座に応募することを決めた。運よく任期付職員として採用され、期待に胸を膨らませて市役所に飛び込んだ。

行政広報の不思議

市役所に入って最初に持った疑問は、「多くの職員が素晴らしい事業を行っているのに、なぜもっと伝えないのだろう?」。私なりに考えた結果、クレームの声が大きく聞こえ過ぎるからではないかと思い至った。どんなに良い事業でも全ての人が満足して称賛をおくってくれるわけではない。往々にして満足している人は無言で、不満な人だけが言葉を発する。それが100人に1人であっても、対応せざるを得ない。そんなことが重なると、どれだけ良い施策だと思っても、自信を持って告知することができなくなってしまう。その結果、市民サービスの情報が必要とする人に届かない。

簡潔明瞭なパンフレットをつくったとしても、「書いてないじゃないか」と言われると改訂の際にはその項目が追加される。それが繰り返されるといつの間にか電話帳のように分厚くて難解なものになってしまう。このような負のスパイラルをどう断ち切ったら良いのだろう…その答えを見つけるのは容易ではなかった。

「伝える」から「伝わる」へ

「伝える広報から、伝わる広報へ」というスローガンを市役所で掲げた。役立つ情報を必要としている市民に届けるためには、アリバイづくりのような告知ではなく、1人でも多くの困っている市民の力になることを心から願って、情報を出してほしい。告知したことで満足せず、それを見た市民がどういう行動をとるのかを考えてほしい…と訴え、細かい手順を見直していった。

たとえば電話帳のようなパンフレットには概要版をつくり、文字はできるだけ少なく、イラストや図を中心に、興味を持った人がパンフレットを手に取る流れをつくる役目だと割り切るように提案した。また職員が名前や顔写真を出して語りかけることによって親近感を持ってもらえるような工夫も広めた。雇用や介護など、市民の困りごとの解決の糸口を示すツールは漫画冊子にして、市の施設だけではなく、駅、スーパーマーケット、銀行、病院など、市民が集まる場所に設置した。

複雑な事情が絡み合って、一筋縄では表現できないこともあったし、窓口の最前線で対応する職員からすると「甘い」と言われることもあった。しかし「伝えたい」という思いを失くした広報に存在意義は無いと奮闘した日々は、自分にとっても大切な経験であるとともに、一石を投じる役目は果たせたのではないかと感じている。

神戸市役所で筆者がつくっていた広報冊子「暮らしのサポートブック」。市民の困りごとを、時系列でイラストや図を使って、物語風に紹介した。

まちのために力を尽くす人たち

「ゆりかごから墓場まで」という言葉どおり、市役所の仕事は多彩で、しかも少子超高齢社会の中、多くの事業が課題を抱えている。一般市民だった頃の私は、市民の義務は「税金を納める」「ルールを守ってゴミを出す」「選挙に行く」くらいだと思っていたが、そんな甘い考え方ではこれからの社会は立ち行かないと容易に理解できた。

現代社会が抱える課題は、白馬の王子様がやってきて鮮やかに解決してくれるようなものではないが、一方で、自分なりのアイデアでまちに貢献している人達の存在も知った。役所任せではなく、主体的にまちのために動ける仲間を増やすことが、その後も一貫した私の目標となっている。

市役所での4年9カ月の広報の仕事の後、神戸観光局で映像作品の誘致や支援を行う「神戸フィルムオフィス」で9年、2023年度からは観光局全体の広報も兼任するようになった。プライベートでは2022年から、5人の仲間とともにアーティスト・イン・レジデンスを立ち上げ、世界中からやってくるアーティストを受け入れている。

転々と仕事を変えては来たが、結局、私がやってきたことは、「人と情報をつなぐ」ということだと感じている。伝えるべき情報を必要としている人につなぐ。それを通じて生まれる行動によって、課題を解決する…これこそが広報の醍醐味だと感じている。

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神戸観光局 広報・メディアリレーション
神戸フィルムオフィス 担当部長
松下麻理
まつした・まり

1962年生まれ。神戸市内の3つのホテルに勤務後、2010年神戸市広報専門官。2013年より広報官。2015年より神戸フィルムオフィス。映像作品の誘致やロケを支援する傍らアーティスト・イン・レジデンスの運営や神戸観光局の広報も兼任。

本稿は、『広報会議』の連載「地域活性のプロが指南」の内容を転載しています。連載の続きは、5月1日発売の『広報会議』2024年6月号をぜひご覧ください。神戸市のシビックプライドメッセージ「BE KOBE」が広まるまでについて紹介しています。