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コラム

迂闊鬼十則 〜 うかつなヤツがトクするキャリアの法則

「ちょっと無理そう」の向こう側に宝が埋まっている

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おそらく、電通で週3のバイトから正社員になった人間はぼくしかいないと思う。
なぜそんなことになったのか。いくつかターニングポイントがあるが、端緒は本田技研工業の「Close up! Yahoo! with Honda」キャンペーンだ。

いわゆるWeb上のタイアップ記事という企画で、ヤフージャパンのサブディレクトリにあった、スポーツ、天気、ヤフオク、トラベル、お祭り、自動車、ゲームなどのカテゴリとコラボして、毎月Honda車と関連がありそうなネタを書いて、車種サイトに誘導するという、雑誌の記事広告のWeb版といった企画だったように思う。その記事ページの脇に、バナー広告がおまけ的についてくる。

当時の上司、電通の佐々木康晴さんと高草木博純さんが、バナー広告の制作担当だった。高草木さんが、Yahoo!ゲームとのコラボということで、むかしなつかし液晶ゲームシズル(注:たまごっちみたいなモノクロ画面のシンプルなゲーム。1970年代に大流行りした)でピンボールゲームの絵を描き起こしており、これを、昔の液晶ゲームみたいなレトロなアニメーションで動かせないか?というオーダーがぼくに来た。

アニメーションということなので、盤面の上をチカチカとボールが動いていそうな感じで点滅しながら、跳ねたり落っこちたりするようなイメージだ。

グラフィック

しかしここで、オーダーを受けたぼくは迂闊にも
「いいですね!これだったら、アニメーションだけじゃなくて、ピンボールゲームそのものも作れるかもですね!」

と少し盛った。

「おおっ。じゃあそれを作ろう」

ということになった。

 

無理だった。

ぼくは内心頭を抱えた。

完全に大ボラを吹いてしまった。

 

プログラミングは多少できたが、かんたんなクソゲーしかつくったことがなかった。ボールの運動・衝突・慣性・重力の計算式がまったくわからなかった。こちとら私立文系・しかも偏差値37からのビリギャルである(この話はまた後日)。

しかも、バナー広告には細かなルールが厳格に決まっており、たとえば使えるデータ容量が20KBしかなかった。20KBというのは、普段みんなが写メしているデータが2.6MBほどなので、その130分の1である。絵素材も、非常に軽量に作られていたが、画像データをFlashに配置したところですでに17KBだった。

使えるスクリプトの、命令の種類も限られていたが、これはもう無視させてもらった。衝突判定の命令などがすべてNGになっていたので、ルールに従っていると、そもそもゲームなんかつくれなかったからだ。

「すみませんやっぱできませんでした」とは死んでも言えない。
レゾンデートルが崩壊してしまう。

上司の取り計らいで、なんとか〆切は伸ばしてもらった。
ここから先をあまり覚えていないのだが、2週間かけて、んもう死に物狂いで、なんとか形にした。分厚いFlashの教則本を片手に。物理をもう一度勉強することは不可能だったので、とりあえずボールの物理運動は、かけ算と割り算による「なんちゃって物理」で誤魔化した。もう少し規模の大きいコンテンツになると、途端に破綻するタイプ。
足りない容量は、「インスタンス」といって、同じ形をしている絵素材を複製させたり、鏡面のように反転することで、17KB→13KBまで削れた。7KBぶんプログラミングできたというわけだ。

いったん検品に出した。

ピンボールゲームとしてきちんと動作している(かろうじて……)バナー広告のデータを見て、ヤフー側でも規制の調整をしてくれた。
本来、Web媒体の中でヤフーはもっとも厳格だ。実際、「認可されていない命令をはじく」ための入稿チェックツールにかけたところ、このプログラムだけで1,600回「禁止された命令」を使っていた。
しかし、おそらく根性で作ったゲームを見て「面白そうだし、完成度高く作られているから、通す言い訳を考えてやるか」と検討してくれたのだろう。「これはページごとスポンサードの特別なバナー広告枠だから、特別なレギュレーションでやりましょう」と規制を緩くして、掲載を許可してくれた。

とりあえず納品できた。

何徹もしていたぼくは、安堵して発泡酒を飲みながら泥のように眠りについた。

 

1カ月後。

プロデューサーがレポートを持って、驚いた顔をして、ぼくの元に来た。
このバナー広告のCTRが、33.3%だという。

CTR(クリックレート)とは、サイトを訪れた人のうち、このバナー広告で、ゲームオーバー後の広告部分をクリックしてホンダのサイトにジャンプした人の割合である。
通常のバナーは平均0.1%くらい。つまり、あのジャマなバナー広告は1,000人に1人くらいしか押されていないと言うこと。
今回のバナーは、ほぼぴったり3人に1人がクリックして遷移した、ということになる。

とんでもない異常値を叩き出したので、次月も、次々月もゲーム型バナーを作ろうということになった。結果は、13%、18%くらいだったと記憶している。ピンボールの33%まではいかないものの、それでもケタが違う。

実データ グラフィック シリーズ化したゲーム広告
シリーズ化したゲーム広告。このあと50回ほど続いた

一度、67%というさらなる脅威的な数値が出た。「引っ張って離す」パチンコのようなUIのゲームだった。おそらく「モンスト」の大ヒットにも、この引っ張りUIが大きく寄与しているのであろう。いずれにせよ、このCTRの理由は、この広告枠がバナーというよりミニゲーム枠にしか見えなかったということに起因していると思う。広告をエンターテイメントのように見せる力にも気づいた。

 

数値的な結果は、完全に運である。
狙ってできたわけではない。

 

ただ、それ以降の仕事においても、物量や努力量で他と大きく差別化ができる状況にこぎつけたとき、結果がひとつハネることが多い。

天才と言われる人は、その道において生まれつき突出しているわけではないことが多い。その道において「努力できる力」が突出している場合が多いのだ。努力を厭わない、何の苦もなく没頭しつづけられる人のことだ。その没頭の結果、常人との圧倒的な差が生まれる。

ぼくはまったく天才ではないが、部分的に同様のことをやったといえる。
迂闊に大ボラを吹いて、作り切らざるをえない状況に自分を置いてしまったこと。
また、周囲の配慮のおかげで、〆切やプログラミング物量において努力することを許してもらった結果、通常のレギュレーションでは作れないゲーム型広告ができたことが、差別化のカギだ。

映像作家/クリエイティブディレクターの藤井亮さんは、「TAROMAN」「石田三成」「金太の大冒険」等で独特の世界観でヒットを飛ばし続けているが、実写だけでなくアニメーション作品も多い。
以前お会いしたときに、
「どうやって、あの独特の雰囲気を作れるようにアニメーションチームをディレクションしているのですか」
と聞いたところ、
「ディレクションできないんで、全部自分で描いてます」
と答えていた。

キリン淡麗グリーンラベルの「GREEN NAME」というキャンペーンがある。あらゆる名前の漢字から、自然に関係した文字や部首を、グリーン・ネイチャーに関連するビジュアルに変換してくれるというヒット作だ。メインエンジンを作った中村大祐に、
「部首までグリーン化するとなると、どういう仕組みでデータセットを作ったの?自然に関係する言葉を抽出するための、うまいルーチンがあるのかな?」
と聞いたところ、
「JIS第一水準の漢字は3,000文字くらいなんで、人力でやりました」
と答えた。

実データ グラフィック
実データ グラフィック

「細部に魂は宿る」という言葉があるが、ただ、やたらに努力せよ、という根性論ではない。

一見「ちょっと無理そう」なところの向こうに、見たことのない表現が埋まっている。あなたであれば活かせる努力によって差別化要素を見つけた時、そこに宝が埋まっていることが多い。

 

ともあれ、このバナーの仕事がレギュラーになったおかげで、半年で契約期間が終わるはずだった週3のバイトが、週5の業務委託になった。

 
迂闊鬼十則の39

人より努力できそうなポイントを見つけると、
差別化のカギになる

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