マーケティングの教科書が教えてくれない「使い分け」「引き算」の技術(北村陽一郎×井上政人)

3月に発売された近刊『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』は、マーケティング理論を現場で実践する際に陥りがちな誤用・誤解について解説する書籍だ。著者は、電通社内でマーケター育成塾「北村塾」を主宰する北村陽一郎氏。この本を現場のマーケターはどう読んだのか。I-ne ビューティケア事業本部 ブランドコミュニケーション部 部長の井上政人氏に、著者の北村氏と話を聞いた。
写真 人物 集合 井上政人 北村陽一郎
左から、I-ne 井上政人氏、電通 北村陽一郎氏。

現場の仕事と「教科書」がいつも食い違うのはなぜ?

—— 井上さんは『なぜ教科書通りのマーケティングはなぜうまくいかないのか』を読んで、北村さんに直接ご連絡されたと聞きました。そもそもこの本のどこに注目されたのですか?

井上:タイトルが気になって手に取りました。事業会社でマーケティングの仕事をしていると、途中でどうしても想定外のことが起きてきます。そこに教科書通りのマーケティングを当てはめようとしても、上手くいかない、違和感がある、そして自分なりにカスタマイズを試みていく…という状況が日々あり、その課題感とぴったり合致したので。

もうひとつは、広告会社の方が書くマーケティングの本って「この新しい手法を使えばうまくいきます」みたいなポジショントークが多いですよね?でも、電通の方がこのタイトルの本を書いたと知って「あれ?ポジショントークが成り立ってへんな」と。それで興味を持ちました(笑)。

写真 書影 なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか 電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論

なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』北村陽一郎著、定価2,200円(税込)

北村:ありがとうございます。確かに「これまでの手法ではうまくいかないので、この新しい手法を使ってください」といったある種の“圧”を感じる本は多いですよね。それは、それ自体が広告会社のマーケティングだからということがあると思います。

一方で、私が日々お会いするクライアントさんの中には、「前職でうまくいった自分のやり方」に強いこだわりを持っている方もいらっしゃいます。それが常にうまくいくわけではないので、「この商材の場合はちょっと違うかもしれません」などとやんわり伝えるのですが、わかってもらえないことも多くて…。

ですから、ひとつのやり方にこだわらずに、時と場合に応じて使い分けていきましょう、ということをこの本では書きたかったんです。

写真 人物 個人 北村陽一郎
著者の北村陽一郎氏。電通で戦略プランナーとして働きながら、社内でマーケター育成にも取り組む。

井上:この本の中で最初に共感したのが、「認知の誤解」のくだりでした。認知率って、上げよう上げようとするけれど、そう簡単に上がらない。アクションがゴールにつながらないという課題を抱えていたので、「そもそも、ブランド認知率と広告認知率って違いますよね」という話を読んで、なるほどと。

ほかにも自分がこれまでもやっと感じていた疑問について多く書かれていたので、どんどん読み進めていって。予想外だったのは、最後に「北村塾」の話があったことです。いま、社内でマーケターの育成にも取り組んでいるんですが、なかなかうまくいなかくて。本の中にはいい問いもいっぱい載っていて、これは話を聞きたいぞと思って連絡したんです。この本で、今抱えている課題を一気に解決できそうだ、と。

I-neの「らしさ」を生み出している源泉とは

—— 井上さんは昨年I-neに転職されたと伺いました。マーケターとして、どんなキャリアを歩んできたのですか?

井上:僕は、元々音楽活動をしていて、高校を出てからずっとミュージシャンを目指していたんです。27歳ぐらいでそれはあきらめて、デザインに興味があったので、DTPデザイナーを目指しました。未経験だったので知り合いのツテをたどって「無給でいいから」と小さなデザイン工場みたいな場所にもぐり込んだんですよ。

そこから家具販売の会社のECプロモーション担当を経て、前職のオイシックス・ラ・大地(以下オイシックス)に入社。主にマーケティング担当として8年間過ごしました。そして、昨年6月にI-neに転職しました。

写真 人物 個人 井上政人
I-ne ビューティケア事業本部 ブランドコミュニケーション部 部長井上政人

北村:なぜ、I-neに移られたんですか?

井上:オイシックスでは徹底したロジカルシンキングを学びました。山口周さんの『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』という本の中に、ビジネスは「アート」「サイエンス」「クラフト」の3つが重要だという話が出てきます(編集部注:「アート」は直感・感性、「サイエンス」は論理・理性、「クラフト」は経験・知識を指す)。それでいうとオイシックスは「サイエンス」の会社。だから、次は「アート」で成長している会社で働いてみたかった。そこで出会ったのがI-neだったんです。社内メンバーが音楽に精通していることを知って、そんな話にも共感して。

I-neでは、「BOTANIST(ボタニスト)」「YOLU(ヨル)」などをはじめとした、ヘアケアやスキンケアを扱う「ビューティケア事業本部」でブランドコミュニケーションを担当しています。

写真 商品・製品 BOTANIST
ボタニカルライフスタイルブランド「BOTANIST」
写真 商品・製品 YOLU
夜間美容ブランド「YOLU」

北村:ビューティーケア商品といえば、大量にテレビCMを打ってプロモーションすることが多かったカテゴリーだと思います。I-neではそこと一線を画すことをポリシーにされているんですか?

井上: 主力商品の「BOTANIST」の発売は9年前で、当時は、大手企業のようにマス広告を行う予算がなく、デジタルやソーシャルを駆使するしかありませんでした。社内で話を聞いたら、その頃に海外のミュージシャンたちがインスタグラムを使って集客していたことにヒントを得て、それが自分たちの商材にも合いそうだと始めたそうです。I-neではそういう会社のカルチャーや人の感性をマーケティングに紐づけていくので、「らしさ」が出るのだと思います。

ただ、今は大手も当然デジタルやソーシャルに取り組んでいるので、状況はだいぶ変わっています。

北村:逆に、大手が「BOTANIST」のようなやり方を取り入れるようになった、とも言えますね。

井上:それこそSNSを使ったマーケティングの教科書もいっぱいありますし、代理店さんやパートナー企業からの提案にもそういうメニューが増えていますよね。ただ、会社としての考え方やカルチャーの土台がちゃんとしていれば、自然と差別化はできると考えています。

社内にはP&Gの出身者だったり、社外取締役には足立光さんもいらっしゃいます。自分たちのノウハウだけでやるのには限界もあるので、世の中をリードする企業に学びながらやっています。その際に、大手のやり方をそのまま真似るのではなく、うまくエッセンスを抽出しつつ、自分たちの強みと組み合わせて社内にノウハウを貯めていく、ということを意識しています。

写真 人物 複数スナップ 井上政人 北村陽一郎

他社の成功事例を取り入れる時は「引き算」を意識する

—— 他社の成功事例をそのまま取り入れてもうまくいかない、という話は本の中にも出てきますね。

北村:皆さん本当によく勉強されているので、例えば上司が他でうまくいったやり方を聞いてきて「あのやり方でやってみて」と指示する、といったケースは多いです。ただその時に、新しい施策を従来の施策に上積みしていってしまう。マーケティングはうなぎ屋さんのタレと同じで、「なんでも継ぎ足せばいい味になる」というものではありませんので、新しい施策を始める際には「まず、何をやめるかを考える」ことが肝心だと思います。

井上:「やらない」ことを決めるのって、怖いことですからね。やらない理由よりもやる理由のほうが通りやすいですし、「やめた時の試算をしろ」と言われるとちょっと面倒だし(笑)。そういうことがネックになって、何もやめずに新しい施策を積み重ねていきがちです。

北村:「やらない選択肢」が実は大事なんだと思います。さっきのお話で言うと、たぶん、やめるところに「アート」が必要なのだと思います。やめるべき理由を数字で示すというのはなかなか難しくて、そこにある種の直感力や、判断力が必要になる。I-neさんの場合は、そこに確固とした考えがあるんじゃないでしょうか。

井上:I-neはミッションドリブンな会社なんです。「We are Social Beauty Innovators for Chain of Happiness」がミッションで、「世の中に幸せの連鎖を広げる」ことを目指しています。すべてのブランドはこのミッションを実現するためにあると考えるので、慣例の手法等にとらわれすぎないところがあります。

「過剰設計の罠」に陥らないために

井上:この本の表紙には「過剰な一般化」「過剰な設計」「過剰なデータ重視」がNGと書かれていますが、中をよく読むと「時と場合によるよね」と書いてあるんですよね。時と場合によっては、教科書通りでもいいし、データ重視でもいい、お客様の声を重要視してもいい。でも、そうじゃない場合もあるよね、という部分にすごく共感しました。自分が社内でチームマネジメントをしたり、教えていく上でも、この「時と場合による」をいかに伝えて実践していくかが大事だな、と感じています。

北村:「過剰な設計」に陥りやすい理由の多くは、上からの承認を得やすくするためですよね。実際、現場ではそれがすごく求められます。特に「サイエンス」寄りの企業に多い傾向だと思います。最初の設計部分は上の人間も含めてみんなが見るので、そこにめちゃくちゃ力を入れる。「穴は許しません」「予算も全部はめてください」ということになるんだけど、それはちょっと設計し過ぎだよね、ということです。

人に教えるという話も同じで、「やってみたらこうなった」という体験は教育や育成においても大事です。事前にアカウンタビリティがないと判が押せない体制では、いろいろな可能性を狭めてしまう。まずはスタートしてみて、想定外の事態が起きたことでやっと理解が深まる。最初に設計を固めすぎてしまうと、修正をしながら上手くいくようになる道を手前で止めてしまうことになると思うんです。

井上:「PDCA」が大事だと言われながら結局「PD」ばかりの会社が多いのも、設計に偏り過ぎているのだと思います。前職のオイシックスでは「空雨傘」という考え方が根付いていました。ファクトを見て(ex.空が曇っている)、その意味を考えて(ex.雨が降りそう)、仮説と行動を考える(ex.傘を持っていった方がいい)。そんな風にPDCAを積み上げていくと次へのヒントが生まれるんじゃないかと。そう考えると、プランの段階で足踏みするのは意味がないんですよね。

写真 人物 複数スナップ 井上政人 北村陽一郎

マーケターは「自分とは違う意見」を求める姿勢を持つべし

——最後に、マーケターの成長や育成には何が必要だと考えますか。

井上:「北村塾」のお話にもつながると思いますが、やはり自分が身につけるためにはインプットとアウトプットを繰り返すことが大事だと感じます。僕は書籍を読むことが多いのですが、ただインプットしているだけだと「わかった風」になってしまう。だからこそ、アウトプットをしながら周りの意見も取り入れていくことが大事だと思います。

北村:本当におっしゃるとおりで、「北村塾」でも、自分で話しながら「あれ、ここは矛盾しているな」と思うことはよくあるんですよ(笑)。本を読んでいる時はふむふむと納得するのに、いざ話し始めると脳の違う部分が動いているような気がする。アウトプットする時に初めて使う脳の部位があるのかもしれませんね。

あとは、なるべく自分の年齢や経歴とは異なるタイプの方と会話をすることだと思います。この前、『ソーシャル物理学「良いアイデアはいかに広がるのか」の新しい科学』(アレックス・ペントランド著)という本を読んだのですが、優れた意見を求めに行かずに「自分とは違う意見」を求めに行った人が成果を出す、ということが書かれていました。ですから、私は常に自分とはなるべく遠い人を見つけてアイデアや情報交換をするよう意識しています。

「北村塾」を少人数制にしているのも、同じ理由です。私はいま50歳です。「認知が重要」「認知にはテレビだ」みたいな考えに、脱しようとしていてもどこか引っ張られているはずなんです。だから、参加者にはそれぞれ自分の目で現状を見て状況判断してもらい、ディスカッションをすることを大事にしています。私は先生ではなくて、1年目のプランナーも、経験を積んだ人も、対等に学び合う。違う人たちが組み合わさらないと考えが伸びていかないからです。

井上:面白いですね。今日は社内のマーケター育成を考えていく上でもいいヒントをもらいました。ありがとうとございました。

北村:こちらこそ、ありがとうございました。

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写真 人物 プロフィール 井上政人

井上政人(いのうえ・まさと)
I-ne ビューティケア事業本部ブランドコミュニケーション部 部長

大阪府出身。高校卒業後、音楽活動と並行して植木職人、木こり、デザイナー、Eコマースディレクターとして活躍。2015年Oisix(現オイシックス・ラ・大地株式会社)に入社。OisixではEC事業本部PR室、統合マーケティング部ソーシャルマーケティング室長、統合マーケティング本部長などを経験、2023年I-neに入社し現職に。

写真 人物 プロフィール 北村陽一郎

北村陽一郎(きたむら・よういちろう)
電通 統合プランニング・ディレクター

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。著書に『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』(宣伝会議)。

『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか 電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』(北村陽一郎著)
定価:2,200円(本体2,000円+税)

ブランド認知、パーチェスファネル、カスタマージャーニー…有名なマーケティング・フレームを現場で使うとき、何に気をつければいいのか?「過剰な一般化」「過剰な設計」「過剰なデータ重視」の3つを軸に解説。推奨度9.9の電通社内プランニング塾の内容を書籍化。




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