AI、データ、人的資本、新規事業、M&A。企業が競争力の再構築に投資しても、その実体変化が市場に同じ速度で理解されるとは限らない。市場から従来と同じ会社だと見られ続ければ、顧客は新たな課題を相談せず、人材は挑戦の場として選ばず、パートナーは共創を持ちかけず、投資家は将来価値を織り込まない。企業変革を企業価値へ転換するには、事業や組織を変えるだけでなく、市場の認識とステークホルダーの行動を変える必要がある。
8月25日に開催された「ブランド・エクイティ・ストーリー カンファレンス」(宣伝会議主催)で、デロイト トーマツのBrand Strategy パートナーである白土学氏と、同ディレクターの額田康利氏が登壇した。「市場の認識が企業価値を左右する ~変革を加速するブランド戦略~」をテーマに、Brand Equity Storyで目指す企業像を示し、Brand Value Mapで市場認識から企業価値までの接続を管理する考え方を解説した。
【目次】
知財・無形資産は「説明対象」から「価値創造の源泉」へ
Equity Storyを4つの市場へ拡張する
企業の実体と市場認識の時間差をどう埋めるか
ブランドを「通信簿」から「投下すべき経営資本」へ
経営陣が市場に答えるべき3つの問い
知財・無形資産は「説明対象」から「価値創造の源泉」へ
白土氏は冒頭、2026年8月3日に内閣官房から公表された「価値創造を加速する知財・無形資産投資・活用のガイダンス」を紹介した。同ガイダンスは、ブランド、技術、データ、人的資本、顧客基盤、組織能力などの知財・無形資産を、企業価値向上の源泉として位置づけている。
同ガイダンスが求めるのは、知財・無形資産の保有状況や投資額を開示することだけではない。投資がどのように競争優位を生み、事業成果を通じて将来キャッシュフローへつながるのか。その経路を経営戦略、KPI、ガバナンス、市場との対話へ落とし込むことである。白土氏は、知財・無形資産が「説明する対象」から「価値を生み出すために経営する対象」へ移ったと説明した。
Equity Storyを4つの市場へ拡張する
デロイト トーマツは、知財・無形資産から企業価値へ至る経路に、「市場認識」と「ステークホルダーの行動」という中間段階を明示的に組み込む。従来のEquity Storyは、主に投資家に対して「なぜこの会社に投資すべきか」を示すものだった。しかし、無形資産が経済価値へ転換されるには、投資家の理解だけでは足りない。顧客、人材、パートナーを含む4市場で、理解や期待が具体的な選択へ変わる必要がある。
そこで、Equity Storyの対象を、顧客市場、人材市場、パートナー市場、資本市場へ拡張する。4市場に対して、企業がどのような存在として理解され、なぜ選ばれたいのかを一貫して示すストーリーを、デロイト トーマツは「Brand Equity Story」と位置づける。
顧客には「なぜ買うのか、なぜ相談するのか」、人材には「なぜ働くのか、なぜ挑戦の場として選ぶのか」が問われる。
パートナーには「なぜ組むのか」、投資家には「なぜ投資するのか」への答えが必要になる。4市場へ同じ言葉を届けるのではなく、判断材料を市場ごとに翻訳しながら、企業の強みと将来像を一貫させることが重要だ。
デロイト トーマツ Brand Strategy パートナー 白土学 氏
Brand Equity Storyは広告やIR資料の中だけで成立するものではない。経営戦略、パーパス、トップメッセージ、製品・サービス、顧客体験、人事・採用、企業文化まで、企業が語ることと実際の活動が、目指す企業像と整合して初めて市場認識として定着する。
企業の実体と市場認識の時間差をどう埋めるか
新しい戦略や投資を発信しただけで、市場の見方が変わるとは限らない。企業が新しい競争軸で勝とうとしている一方、市場が従来のカテゴリーや評価軸で理解し続けることがある。この時間差を、デロイト トーマツは「市場認識ギャップ」と呼ぶ。
市場認識ギャップが残れば、新しい課題の相談先として想起されず、高度人材から選ばれず、共創相手として声が掛からず、成長投資も将来価値として理解されない。企業の実体が変わっても、ステークホルダーの行動が変わらなければ、変革は企業価値へ転換されない。
額田氏は「認識フレーム」を用い、同じAI投資、顧客事例、研究開発、人材投資の情報でも、受け手が前提とする企業像によって意味づけが変わると説明した。例えば「従来型のシステム供給者」と理解されていれば、AI投資は既存事業の効率化や高度化として解釈され、「安定運用を任せられる企業」という従来の認識を強めるにとどまりかねない。
デロイト トーマツ Brand Strategy ディレクター 額田康利 氏
一方、「高信頼な変革実装パートナー」という企業像が形成されていれば、同じ情報も変革を実装する能力の表れとして解釈され、「重要領域の変革を任せられる企業」という期待につながる。違いを生むのは情報の量ではなく、個々の情報がどの企業像と結びつき、どのような意味で理解されるかである。
未来だけを語れば、根拠の弱い宣言に見える。過去の実績だけを語り続ければ、従来の企業像から抜け出せない。Brand Equity Storyは、顧客理解、安定運用、品質といった過去の実績を信頼の根拠とし、AI、データ、変革設計力など新たに強化する無形資産と経営の意思を結びつける。「これまで何を成し遂げた企業か」を、「これから何を実現できる企業か」へ翻訳するのである。
ブランドを「通信簿」から「投下すべき経営資本」へ
では、形成したい市場認識を経営成果へどう接続し、管理するのか。額田氏は、知財・無形資産への投資、経営戦略、Brand Equity Story、企業活動、4市場の認識、ステークホルダー行動、事業KPI、経営・財務KPI、企業価値までを一つの経路として可視化する「Brand Value Map」を紹介した。
ブランドはしばしば、企業活動の結果として得られる評価や評判を示す、いわば「通信簿」として捉えられる。しかし、結果を確認するだけでは、将来の選択を意図的に生み出せない。顧客の相談、人材の応募、パートナーからの協業、投資家の投資判断など、将来の選択へ継続的に影響する理解、期待、信頼、選好の蓄積を、本講演では「市場認識資本」と呼ぶ。これは政府ガイダンスや会計基準上の正式用語でも、会計上の自己資本でもない。一方、市場認識が将来行動に継続的に影響するならば、経営上の価値ストック、価値ドライバーとして測定し、管理する意味がある。
市場認識資本は、全社で一つの数値として捉えるものではない。企業・事業・製品・サービスというブランド階層、顧客・人材・パートナー・資本という対象市場、日本・米国・欧州・アジアパシフィックなどの地域を掛け合わせ、セル単位で獲得したい認識と指標を設定する。「誰に、どのブランドを、どの地域で、何者として認識してもらうか」を特定することで、重点領域と投資の優先順位が明確になる。
効果検証で最初に置くのは、測りやすいKPIではない。まず、各市場で獲得したい「目標認識」を定める。次に、その認識が形成された場合に、相談、応募、協業、投資などの行動に何が表れるかを考え、事業KPI、財務KPI、企業価値ドライバーまでの接続仮説を描く。額田氏は、これは証明済みの因果関係ではなく、経営として継続的に検証すべき仮説であると強調した。
Brand Value Mapの経営用途は3つある。
第一に、経営、事業、財務、IR、人事、ブランドが、認識から成果までの同じ経路を共有する「共通言語」。
第二に、誰のどの認識を変え、どの行動とKPIへ効かせる施策かを明確にする「投資判断」。
第三に、財務成果が表れる前の認識と行動の変化を捉え、施策や資源配分を見直す「先行管理」である。
単一のブランド価値額を算定するためではなく、認識、行動、事業、財務を同じ経路で検証し、経営判断に使う管理基盤として機能する。
経営陣が市場に答えるべき3つの問い
セッションの最後に白土氏は、「市場の認識が変わらなければ企業変革は企業価値にならない」と強調し、経営陣が答えるべき論点を3つの問いに集約した。
1つ目は「何を価値創造の源泉とするのか」。どの知財・無形資産を、競争優位、参入障壁、価格決定力の源泉として強化するのか。
2つ目は「4市場で、なぜ選ばれる企業になるのか」。顧客、人材、パートナー、投資家が、それぞれ何を理由に自社を選ぶのか。
3つ目は「どう企業価値へつなぐのか」。市場認識資本の変化を、どの行動、事業KPI、財務KPIを介して企業価値へ接続するのか。
知財・無形資産を保有するだけでは企業価値にはならない。企業の実体を変えるだけでも変革は完了しない。知財・無形資産時代のブランド経営とは、どの市場のどの認識を変え、どの選択を生み出すかを定め、企業活動とコミュニケーションへ資源を投下すること。そして、その認識変化を測定し、行動と経営成果への接続を検証することである。
デロイト トーマツのBrand Strategyチームは、経営アジェンダとしてのブランディングを通じ、企業変革と持続的な企業価値向上を支援する。Brand Equity Storyを構想し、企業活動へ実装し、市場認識資本の変化とBrand Value Mapを通じて経営成果への接続を検証する。「変革しているのに、市場の見られ方が変わらない」という課題に対し、戦略、実装、効果検証を一体で支援していく。
お問い合わせ
合同会社デロイト トーマツ
Brand Strategy
ディレクター 額田 康利
yasutoshi.nukada@tohmatsu.co.jp
コンサルタント 渡辺 樹
itswatanabe@tohmatsu.co.jp
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