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AKQAレイ・イナモト特別寄稿―僕とジョブズと「海賊の会社」

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文:AKQAチーフ・クリエイティブ・オフィサー レイ・イナモト


現在『宣伝会議』15日発売号では、10月号から全4回にわたり、AKQAレイ・イナモトさんの連載「Made by JAPAN-世界に通用する日本の未来」を掲載中です。

11月15日に発売になった第2回のタイトルは「アイデアとエクゼキューション」。原稿内で、ひとつの象徴として取り上げられるのが、スティーブ・ジョブズとアップル。マッキントッシュ開発当時、「海軍に入るのではなく、海賊になる」と、海賊旗を掲げ、社内で反発の狼煙を上げたジョブズの逸話。さらに、1984年に放送されたアップル「マッキントッシュ」のテレビCM「1984」・・・。25年前のコンピューター業界におけるアップルから、これからの広告業界のヒントを語っていただいています。

さらに、連載本編とは別にアップルの名作CM「1984」、ジョブズの海賊の話に込めた、レイさん自身の物語も語っていただいています。本誌に掲載になった、この「もう、ひとつの物語」をご紹介します。

「海軍」に入るのではなく、「海賊」になることを目指したジョブズ。
そんなジョブズの意志が込められた、マッキントッシュ。
さらには、広告の歴史に名を残したマッキントッシュのコマーシャル・・・。
このコマーシャルと著者を結びつける、もうひとつの物語があった。
今回は連載本編とは別に、「海賊」の話に込められたもうひとつの物語をご紹介します。

7年程前、アップルの「1984」のコマーシャルのコピーライターをしていた人と僕は面接をする機会がありました。その方は世界一というぐらい、由緒があり、世界中の何百カ所にオフィスを持つ素晴らしい広告代理店のクリエイティブ最高責任者をしている、信じられないぐらいお偉い方です。

彼のオフィスは僕のアパートよりもでっかく、壁には鉛筆で描かれた「1984」のコマーシャルの絵コンテが立派に飾ってありました。

 
「えぇーーーっ、広告業界の歴史的作品の源じゃないか! あーーーー、あの人と話してるんだ!!!」

と思いながら面接をしました。

その1〜2週間後、僕は嬉しくもその会社からお仕事を頂き、参加してくれと言われました。立場も立派なもので給料もその時の倍以上になる凄いお仕事でした。ただいろいろ考えたあげく、僕はそのお仕事をお断りしました。

そして、その当時は名も知られてなく、社員も100分の1程度しかいない、ある会社に入ることにしました。給料もこの会社から提示されたものにはほど遠いし、その上、作品の質も「ん〜…」と言った感じ。成功する可能性は、ほとんどありません。

当時の僕はR/GAに所属しており、上司はボブ・グリーンバーグ。そう、あのボブ・グリーンバーグです!R/GAはその頃から業界ではもう世界で名の知られる超名門の会社で、僕もそこそこボブからも気に入られたり、賞なんかももらったりで、いい気になっていたと思います。ボブに辞めることを話しに行ったら、めちゃくちゃ嫌がられ引き留められました。なんでそんな名のない、そして「二流」の会社に入るんだ?と。

その時の選択肢は3つ。R/GAに残り、それまでの仲間と慣れた環境で働き続ける。有名で由緒があり、あの「1984」を作った人がリーダーの会社に入り、恵まれた境遇で働く。もしくは歴史も浅く、規模もそれほどでもなく、そして名もあまり知られていない会社に入る。

結局その3つの中で、ワザと一番条件の良くない会社に入ることにしたわけです。正直言って、これはもしかしたら人生最悪の間違いかなと思ったのも事実でした。ただ間違いでも何が自分にとって意義があり、ヤリガイがあるかなと考えました。いくら凄い人の下で働いて業績を残しても、それは僕の実力でしたことなのか、その偉い人たちのお陰なのかも疑問になり、自分の力をさらけ出そうと無茶なことにチャレンジすることにしました。

そして確信していることが、いくつかありました。ひとつはお金では幸福は買えないということ。もうひとつは、ぬるま湯の中では人間はあまり育たないということ。そしてもうひとつ、克服する環境が難しければ難しいほど、後の満足感が高いということ。

自転車で登る坂道が長ければ長いほど、頂点の景色はいいし、その後の下り坂も気持ちがいいように。

そしてこの会社には素晴らしい要素もありました。働く人のパッションが強く、またアイデアそしてエクゼキューションどちらも大切にしている。これさえあれば何とかなるなと思い、またどこまでできるかという自分への挑戦を兼ねてその会社に入ることにしました。

その時、僕はこのスティーブ・ジョブズの「海賊の旗」とその話の意味を知りませんでした。今になって考えると「海軍」に残るか入るか、もしくは「海賊」に入るかの選択だったのかなと思います。

あの面接の時に見た絵コンテが間接的にも僕の意識に影響を与えたのかもしれません。

そして今、7年近く経った現在でも僕はその「海賊」の会社で仕事をしています。

(この原稿は、『宣伝会議』2011年11月15日発売号に掲載になったものです)

AKQAレイ・イナモト「MADE BY JAPAN」バックナンバー

レイ・イナモト(稲本零)
英Creativity誌「世界の最も影響のある50人」の1人にも選ばれた、世界を舞台に活躍するクリエイティブ・ディレクター。R/GA、Tronic Studioなどを経て、2004年10月、欧米大手デジタル・エージェンシーAKQAにグローバル・クリエイティブ・ディレクターとして入社 。2008年にはチーフ・クリエイティブ・オフィサーに昇進。2010年には日本人として初めてカンヌ国際広告祭チタニウム・インテグレーテッド部門の審査員に抜擢されるなど、「広告業界のイチロー」とも呼ばれている。