ニューヨークの席がなくなる日

スポンジになる毎日。

いよいよこのコラムも最終回です。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。ということはニューヨークに来てほぼ半年。ひと月使い放題のUnlimitedメトロカードも6枚目。地下鉄の改札では一発でカードを通せるようになったけど、でも、まだブロードウェイ・ミュージカルは1回しか見てない。マンハッタンだけじゃなくてブルックリンにも遊びに行くようになったけど、ピータールーガーのステーキは、まだ1回しか食べてない。席をもらうところから始めたニューヨーク生活も、まだやっと、足場が固まってきたかなあ…という感じです。

カルチャー的なところもちょっとずつ。恥ずかしげもなくオーバーアクションな感情表現ができるようになってきたし。スタッフから出てきたアイデアにも「Awesome!」とか言えるようになってきた。しかしですね、どうにも慣れないというかよく分からないのが「ハグ」。休みの日に、たまにこっちの女子会ブランチとかに呼んでもらうと、まあ休日ということもあって最後はハグでお別れ、みたいなことになったりするわけですけど、これがよく分からない。どれくらいギュッとしていいのか。どれくらい顔を近づけるべきなのか(ちなみにブラジルだとかなりの確率でほっぺたをくっつけてくる)。右手はどこで左手はどちらにおくべきか。お背中をポンポンしていいのかダメなのか。すべて控えめでよそよそしいのも失礼だろうとか。ええ、もと理系ですから、僕はロジックから入るんです。ハグも。頭の中でいろいろ高速にシミュレーションしながら、手を広げてのそのそと女子に近づいていくそのさまは、まるで紙ずもうの力士のような、弱ったバルタン星人のような、それはそれは奇妙な光景なのです。笑っちゃだめです。誰か、正しいハグのしかたを教えてください。

も、もちろん、仕事もがんばってますってば!(某シオドメの方を向きながら叫ぶ)僕とヨースケ先輩の目標であるところの、「欧米クライアントに、日本のアイデアで挑む」っていうことと、「こっちのみんなに日本のやり方を教えて育ててみる」ということ、この2つをここ半年ずっと進めてきて、ぐっと手ごたえは感じてきています。以前のコラムでも、日本のアイデアがこちらで勝てるかどうか、のお話をしましたが、いろいろやってみた感触では、ずばり勝てる。しかしその案の通し方、攻め方、クライアントとの信頼関係の作り方、全体をつらぬく「自信」の持ち方などで、ちょっと負けてるところがある。まだまだ。

こないだ、ちょっとした案の対決というか、僕らのチームと別の欧米チームでのアイデア出しの機会があったんです(具体的に書きたいのですがすごくあいまいな言い方でごめんなさい)。僕らのチームの案が強くて新しいという確信はあった。出てきた相手チームの案がそれほど面白くない確信もあった。しかし相手はものすごく自信たっぷりに案を説明する。面白くない案を、さも価値があるように指し示す。聞いている方を安心させてしまう。プレゼンがうまいとかよりも態度の問題。英語の説明がイマイチで、謙虚さが自信なさにも見える日本人の案は、ホントは良いもののはずなのに、うまくゴールできない。結果、このときは押し切られちゃった。悔しすぎる。まだまだ、吸収すべきことがたくさんある。半年たっても、僕は毎日カラッカラのスポンジのようです。

ニューヨークにつながるパズル。

このコラムを始めさせてもらってから、よく聞かれる質問があります。「どうやってニューヨークで広告を作ることになったのか?自分も行きたいのでぜひ参考にしたい」と。これは、答えるのがなかなか難しい質問です。

歴史をひもとけば、僕は中学高校ではLOGiNを愛読し、大学時代は1日20時間以上コンピュータとネットに向かっていたような奴でして。日本語よりもプログラミング言語が好きだったと思います(今でもいちばん好きな言語はScheme…マニアックすぎてアドタイ読者のみなさんがドン引きする音が聞こえる…すみません!)。なんで広告会社に入ってクリエイティブ係になったのかも、いま冷静に考えるとかなり偶然の出来事だし、そして前に書いたとおり、帰国子女でもないし英語もそれほど得意じゃない。

だから、上記のような質問が来たときには、いつも、「いま日本でやってるそれを、とことんやり抜くのが、いちばん近道ですよ」と、禅問答のようなお答えをしています。でも自分がそうだった。たまたま出会ったデジタル広告を、がしがしやっていたら、運良く、ニューヨークへのパズルのピースがつながったんです。

なんか最近、手段が目的化するというか、海外で働きたいのでそっち系に転職する、とか、働き方としてカッコ良さそうなのでノマドになる、とか、ソーシャルメディアを使わないと遅れてるから無理やりソーシャライズする、とかとか、その人の能力と時間がもったいないなあと思うことがたくさんあります。流されないで、自分がほんとにいいねと思うことに本気を出せば、僕らの武器は強くなるはずなのに。

日本に触れたことのあるアメリカ人はみんな、「日本ってすごい」と言ってくれます。アート、アニメ、ケータイ、Webデザイン…モノづくりへの執念がすごい、と。それなのに、iPhone、Android、Windows、Facebook、うーん、ぜんぶアメリカ製じゃないかあ。これまた悔しすぎる。どうして日本発が無いのかな。日本のすてきな資質が残っているうちに、がしがし作って、上手なアピールの仕方やうまいビジネス化手法はアメリカから吸収して、何か日本発のサービスやらプラットフォームを世界デビューさせたいなあと、最近思うんです。いま、世界がひとつのFacebookというサービスに依存してるってのも、不健全だもんね。広告会社のクリエイティブごときが何を、と思うかもしれないけど、広告クリエイティブの仕事領域は、まさに、こういう新サービスや新コンテンツの発明にシフトすべきだと思っています。

最後に一枚

最後に一枚、写真を選ぶとしたら、これかなあ。スタテン島から戻るフェリーで撮った、マンハッタン。One World Trade Centerが出来つつあります。

さてさて、わんわん吠えるのもこのへんにして、終わりにしましょう。このコラムのタイトルが「滞在記」となっているように、僕はいつか日本に戻ります。この席がまたなくなる日がやってきます。ニューヨークでもらったものを持って帰って、日本で、みんなと一緒に何かやらかしたいです。その時はぜひ、よろしくお願いします。それまで、もうちょっとの間、ここでいろいろ企むつもりなので、もしニューヨークで出会ったら…、ハグしましょう(宣伝会議さんが、秋にニューヨークツアーをやるそうなので、そこでお会いできるかもですね…でもおじさんたちとのハグはちょっと…)。

なんだか、お名残惜しいですが、今後はFacebookでみなさんとお話できればと思っています。長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。では、また。See you soon!

※連載「NY クリエイティブ滞在記」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。

佐々木康晴「NYクリエイティブ滞在記」バックナンバー

佐々木 康晴(電通アメリカ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター)
佐々木 康晴(電通アメリカ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター)

1971年生まれ。電通入社後コピーライター、インタラクティブ・ディレクターを経て、2011年9月より電通アメリカ出向、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。手がけたキャンペーンに、ユニクロ「UNIQLO LUCKY LINE」、Honda「ケートラ」、集英社「ワンピース感謝広告」など。世界の川を旅してきたカヌーイストでもある。

facebook : http://facebook.com/yasuharu

佐々木 康晴(電通アメリカ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター)

1971年生まれ。電通入社後コピーライター、インタラクティブ・ディレクターを経て、2011年9月より電通アメリカ出向、エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター。手がけたキャンペーンに、ユニクロ「UNIQLO LUCKY LINE」、Honda「ケートラ」、集英社「ワンピース感謝広告」など。世界の川を旅してきたカヌーイストでもある。

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