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コラム

マーケティング・ジャーニー ~ビジネスの成長のためにマーケターにイノベーションを~

星野リゾートはなぜ社員教育にマイケル・ポーターの名著「競争の戦略」を使うのか

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画像提供:shutterstock

「人的リソース」に価値をおく経営

自分が好きな経営者のひとりに星野リゾートの星野佳路氏がいます。彼が何より面白いのは、経営の教科書をそのまま実践的な社員教育に活かし、社員が「経営の視点」を持つことを重視している点です。

星野氏が目指しているのは、社員一人ひとりがマルチタスクをこなす人的リソースを中心としたビジネス。それは、サービス業では社員の行動こそがブランドの価値創造に他ならないからです。特にホテルのように、その場所ごとに異なった価値提供が求められるビジネスでは、なおさら大事になるでしょう。

経営を単にマネジメントということだけでなく、社員の「行動」に置く考え方は、コンサルティング会社など専門性の高い人的サービスでは当たり前のことです。ただ、星野リゾートが従来と異なるのは、ホテル内のスタッフといったこれまで比較的スキルが低くても可能だと思われていた業務を、「最も顧客に近くて、直接的に価値を提供できるもの」と定義し直した点です。

スターバックスも、同じような考えを持つサービス業の一つでしょう。人件費の高い都市部でサービス業をする場合、通常ならば人件費の安い人材を採用することが利益をあげる方法です。スターバックスは、給料以外にも、仕事の意義や誇りを持たせることで付加価値を与え、結果的に価格にもプレミアムを乗せられるというモデルです。

ここでの経営戦略のポイントは、何を犠牲にして何の価値を上げられるかという、相反する価値軸を見つけ、そこをどのように「てこ入れ」できるのかということです。星野リゾートやスターバックスは、人的リソースを人件費の高騰による「利益の圧迫」と「業務の非効率化」として見るのではなく、その可能性を最大化させることを価値に変えて成功しています。

星野リゾートが、普通であれば経営幹部が読むようなマイケル・ポーターの「競争の戦略」のセオリーを、一般の社員やスタッフの人材教育に使っているのはそのためです。

ホテルのようなサービス業は、当然ながら成熟産業なので、最初から厳しい競争環境に置かれています。その立ち位置を、社員にもまず意識させる必要があるというのが、まず考えられるもっともらしい理由です。そして、興味深いのは、それを実感させるために用いているキーワードが、「トレードオフを見つける」ということになります。

ポーターにおいての「トレードオフ」は、何を取って何を捨てるかということです。ただ、その選択肢を単に選んで捨てるだけでは意味がありません。限られたリソースをどう活用するかという経営的判断があってこそ、意味を持ちます。これを判断するためには、二つのビジネス的な視点がないとできません。一つ目は、企業全体のリソースを見ることができるという内的な視点。二つ目は自分たちの顧客から見た「競合を含めた市場全体」における自社の価値がわかるという俯瞰的な視野です。

おそらく星野氏の狙いは、そこにあります。その二つを考えさせることを社員それぞれができるようになるなら、全社的な視点で行動を考えさせられると同時に、それが目の前のお客様にとって、どのような価値があるかを考えさせることができるからです。

それは、星野リゾートが目指すマルチタスクを少数精鋭でこなすスキルと、差別化されたユニークなサービスという価値創造に、決定的に重要です。これは、社員ひとりひとりが企業のマーケティングを実践していることと同義で、経営方針をマネジメントから社員にトップダウンで落としていくよりずっと効果的で、しかも結果的にコストがセーブできるでしょう。

リソースを最大限、活用するマーケティング

最初に説明したように、星野リゾートは人的リソースを捨てるものとして見なかったということ。つまり、それ自体が「トレードオフ」だったということです。彼は、サービス業に特化するために、建物や不動産などの所有権をあえて「捨てて」もいます。

星野氏は限られた人的リソースをどう最大化するということを焦点においてサービス業を定義し、結果的にそれは全員がマーケターになるともいえる教育や組織づくりを実施したわけです。例えば、星野リゾートと全く逆のサービス業として、amazonは人的な接点を表面的には限りなく少なくすることで価値を高めている企業です。彼らのサーバーやロジスティックスのリソースは、星野リゾートにとってのスタッフと同様に、価値を最大化させるものになっています。

皆さんのビジネスにとっても「トレードオフ」という観点から、どうテコ入れを実践できるかが重要であることに間違いないでしょう。まずは、星野リゾートのように「トレードオフを発見する」ことから考えてみましょう。