広報活動の「広告換算」あり?なし?その答えを考える

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こんにちは、株式会社はねの矢嶋です。第8回となる今回は、以前募集した質問への回答回です。

おかげさまで多くの方からご意見・ご質問いただき、とても励みになっています。引き続き質問や意見など募集していますので、どうぞよろしくお願いします。

今回取り上げるテーマはこちら、事業会社の広報関連部門に所属するT.Mさん(広報歴10年)からの質問です。

広告換算費の考え方・付き合い方を取り上げていただきたいです!

広報の本当の役割や価値をわかっているビジネスパーソンであれば、広報活動によるメディア露出を広告換算費で測ることはナンセンスだとおわかりかと思いますが、企業の経営者や、広報畑ではない上司(マーケ、総務、経営企画等)などとコミュニケーションをとる場合、完全に避けては通れないトピックではないでしょうか。

リリース配信サービスの中にも、露出の換算費を出すサービスなどがあります。ぜひお聞きできましたらうれしいです。いつも大変興味深く拝見しています。今後も楽しみにしています!

T.Mさん、ご質問ありがとうございます。

内容を拝見する限り、T.Mさん自身は「本質的には広告換算が無意味」だと感じつつも、代替となる指標の提案含め、経営陣や他部門に対して「広報の活動成果指標として広告換算が妥当ではない」ことを説得する材料が欲しいのではないかと理解しました。

私は広報業界に身を置いてかれこれ20年近くになりますが、広告換算の妥当性については、ずーっと議論されてますよね。

業界的なガイドラインとしては、国際コミュニケーション効果測定・評価協会(AMEC)が2010年に発表したPRの効果測定の原則(「バルセロナ原則」※注:2020年に改定され現在は「バルセロナ原則3.0」に)がグローバルスタンダードとなっており、そのなかでも「広告換算はコミュニケーションの価値を測定するものではない」と明確に宣言されているとのこと。

ご興味ある方は上記参考記事をより詳しく見ていただければと思いますが、私の方からは事業会社で長らくPR実務、組織マネジメントを経験してきた実務者としての観点からコメントしたいと思います。

「広告換算」は“なしではない”

写真 ミーティング風景

まず、大前提として、私は広告換算を広報活動の成果指標として採用したことはありませんが、皆さんが一様におっしゃられるように「広告換算=ナンセンス」だとは思いません。

ただし、特定の状況・目的下においては有効になりえる、という解釈です。

たとえば、飲料や食品、消費財などマス商材かつ商品サイクルが早く市場のパイが一定決まっていて、その限られたパイの中でシェアを奪い合う構造の業界の場合。

不特定多数(=マス)に対して自社製品・サービスの認知を高め、(同業他社に対して)相対的に高い認知・マインドシェアをキープすることが勝利条件となる場合は、露出内容・質を問わず、とにかく露出の「量」を取りに行くことが重要になります。

新製品ローンチなどの際にテレビCMなどの出稿計画と併せてパブリシティキャンペーンを展開し、その活動目標の設定および振り返りとしての成果報告の際に広告換算を活用する、というようなケースにおいては有効ではないでしょうか。

上記は広告代理店やPR会社においては自分たちの活動成果を大きく見せるには使い勝手の良い指標ですし、広報に詳しくない経営や事業部門の方からすると、絶対的な金額の多寡・妥当性はともかく、わかりやすさはあります。

あるいはインハウスの事業会社の広報部門においても、時系列での活動実績を示す指標として、前年同期比や前期比などを同一条件下で比べることにより、「前期に比べて露出量が減ったので、来期は活動ボリュームを増やしましょう」といった示唆が何らか得られるかもしれません。

……いずれにしても、露出実績・ボリュームを見るための「参考指標」として一定程度は有効である、ということかなと思います。

他方、裏を返せば露出実績・ボリューム「しか」わからないので、これを単一の成果指標としてしまうと次のような考え方になりがちです。

・掲載数・換算額を稼ぐために、本質的に事業や経営に資するような内容でなくても、プレスリリースの転載記事含め、とにかく発信・露出すれば良い

・経営や事業のモメンタムが無くても、短期的な「足もとのメディアニーズ」に応じてとにかく定常的に露出させれば良い

といったように、事業課題やあるべき姿からの逆算ではなく、短期偏重のパブリシティ積み上げ思考に陥りやすくなる危険性があります。

勘の良い方はお気づきかもしれませんが、これ、第3回コラムでご紹介した「頑張っているのに評価されない…」という広報の悪循環のケースそのものです。

グラフ その他 よくある広報組織の失敗事例
筆者作成

先に挙げた飲料や食品、消費財などマス商材の例のように、とにかく短期的に認知(名称認知)を上げることが善の場合はこれでも良いかもしれませんが、企業活動というものは持続的なものであり、会社・事業として取り組んでいる内容やメッセージの一貫性や継続性こそが中長期的な信頼性や共感性に繋がると私は考えています。

「メディアニーズが高いから」という理由で、目先の露出・掲載を追いかけることに終始してしまうと、企業価値の向上や事業機会の最大化といった広報活動の本質的なゴールを見失いかねません。

これに加えて、広告換算の算出には一定のコスト(手間・費用)がかかります。

プレスリリース配信サービスなどでも簡易的に広告換算費を算出するサービスがあるようですが、限られた人員・予算のなか、良くも悪くも「参考指標」に過ぎない広告換算に対して、どこまでコストを投下すべきかはフラットに考えてみても良いのではないでしょうか。

重要なのは「誰」に「どういう」認知を得たいのか

写真 ミーティング風景

予算投下量に対して露出ボリュームや成果(成果保証の場合)が定量的に保証される広告と異なり、プレスリリース配信やメディアコンタクトなどは活動投下量(インプット)に対して、どれくらいの成果(アウトプット)が出たのか、それが果たして事業や経営にどういった効果(アウトカム)をもたらしたのか、定量的に可視化することは広報チームの存在意義・価値を証明するうえでも重要なことでしょう。

一方で、「誰」に「どういう」認知を得たいかのゴール設計、あるいはそれを通じて事業や経営にどういう成果貢献をしたいかの意図がない状態で、ただひたすらに不特定多数の認知を上げるために露出の「量」を追い求めるのは、効率性・インパクトの観点でも疑問があります。

広告換算で「広告のオマケ(無料で広告出稿できる手段)」かのように広報を位置づけるのは、自分たちの存在意義・価値を矮小化させることに繋がりかねません。

以前のコラムでも、広報組織においては「経営/事業課題の特定→広報、コミュニケーション目的の明確化→目標・KPIの明確化→アクションプランの策定」までが一気通貫になっておらず、課題や目的が曖昧なまま、例えば「認知を上げるために発信を増やしていきましょう」といった戦術・アクションプランの話が先行することが多い、という話を書きました。正しい目標・KPIの設定を行うためには、広報活動の目的が明確であることが前提です。

逆に言うと、活動目的が変われば追いかけるべき目標・KPIも変わって然るべきであり、一律に「とりあえず広告換算」という発想は危険ではないかと思います。

私はメルカリ時代、短期的な<アウトプット指標>として「ターゲットメディア(最終的にリーチアウトしたい層との親和性が高いメディア)での掲載数」を置きつつ、一連の広報活動を通じ、最終的にステークホルダーの認識変容(パーセプションチェンジ)に繋がったか否かの<アウトカム指標>として「ブランドイメージ調査における信頼度・好感度」をKPIに置いていました。

グラフ その他 KPI設定の考え方:PRのピラミッド

「アウトプット指標」「アウトカム指標」を明確にしよう

私がメルカリ入社後まもなく、会社・事業が現状どのような認知・イメージなのか正しく把握するためにブランド調査を実施したのですが、詳細は割愛しますが、ざっくり以下のようなファインディングスが見えてきました。

  • ・メルカリ自体の認知度は非常に高い
  • ・特にメルカリ利用者層(主に20代~30代女性層)や、IT・スタートアップ業界界隈においては、認知度はもちろん、メルカリに対する好感度・信頼度も非常に高い
  • ・一方で、「メルカリを認知しているが利用していない層」(主に40代以上が中心)も非常に多い。認知しているが利用しない理由は、「会社やサービスへの信頼度が低い」ため(=事業展開上のボトルネック)

おりしも当時(2017年)は現金出品などの不適切出品問題が世間を賑わせていた状況です。

既に高い認知度がある状況で、ただ表面的な発信・露出を積み重ねてもボトルネックの解消には寄与しません。

東証マザーズ(当時)への上場も水面下で予定されていたなかで、「メルカリを認知しているが利用していない層」「快く思っていない層」(=世論形成への影響力、声の大きさという点では実は重要なステークホルダー)に対して、広くメルカリという会社やサービスに対する見え方を変え、信頼度・共感度を上げていくこと経営的にも事業的にも重要であると考えました。

そうなると、メルカリ広報チームが優先的に関係構築すべきメディアも、メルカリ利用者層や、IT・スタートアップ業界界隈の方たちが見ているメディアというより、むしろメルカリを利用していない層が見ているメディアが注力対象となります。

そしてコミュニケーションの目的・対象が変われば、メッセージも変わります。

そもそも「簡単に売って買ってお小遣い稼ぎができる」というメルカリのコアバリューについては既に認知されている状態であり、それを重ねてもパーセプションチェンジ(認識の変化)には至りません。世の中や競合の動きを見つつ、例えば「メルカリを使うことがサステナブルである(限られた資源の循環に繋がる)」など、新たな文脈やメッセージを開発していきました。

これに伴い、見るべき成果指標も変わり、次の2点を目標として定めました。

  • ・最終的にリーチアウトしたい層との親和性が高いメディアに対して、伝えたいキーメッセージ・文脈がちゃんと届けられているか(=アウトプット指標)
  • ・その結果として(当該層における)企業・サービスに対する認識がポジティブに変わったか(=アウトカム指標)

このあたりの話は、私がメルカリ在籍時代に行ったミートアップイベントのレポート記事で解説しているので宜しければご覧ください。

スクリーンショット イベント セミナー メルカリPRセッション

翻って、最初のご質問への回答

T.Mさんからの質問の話に戻ります。

広告換算はあくまで計測手段の話でしかなく、広告換算そのものが悪というより、広報活動を通じて経営・事業のどんな目的を達成したいのか、誰にどういう認知を得たいのか、そもそものゴールセットについて経営者や、広報畑ではない上司の方とコミュニケーションすることが第一歩ではないでしょうか。

そのうえで、その目的・ゴールに照らし合わせて広告換算をそのまま継続するのか、あるいは併せて別の指標も見ていくのか検討するのが良いのではないかと思います。

今回はこの辺で終わりにしたいと思います。次回コラムをお楽しみに。

引き続き、ご質問をお待ちしています

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※このコラムで取り上げてほしいテーマ、筆者である矢嶋さんへの質問などを募集しています。入力フォームはこちらから




矢嶋聡(はね 代表取締役/元LINE、メルカリ広報責任者)
矢嶋聡(はね 代表取締役/元LINE、メルカリ広報責任者)

早稲田大学卒業後、ネットベンチャー立ち上げ、留学、PR会社勤務を経て、2008年にネイバージャパン(現LINE株式会社)入社。検索サービス「NAVER」・コミュニケーションアプリ「LINE」の広報・マーケティングを統括。2017年10月にメルカリに転職。グループ広報責任者として現金出品問題などのリスク対応や東証マザーズ上場、新規事業立ち上げ、大型業務提携/M&Aなどの広報を統括。2023年3月末にメルカリを退社し、7月に独立し戦略広報マネジメントに特化したPRコンサルティング会社「はね」を設立。

矢嶋聡(はね 代表取締役/元LINE、メルカリ広報責任者)

早稲田大学卒業後、ネットベンチャー立ち上げ、留学、PR会社勤務を経て、2008年にネイバージャパン(現LINE株式会社)入社。検索サービス「NAVER」・コミュニケーションアプリ「LINE」の広報・マーケティングを統括。2017年10月にメルカリに転職。グループ広報責任者として現金出品問題などのリスク対応や東証マザーズ上場、新規事業立ち上げ、大型業務提携/M&Aなどの広報を統括。2023年3月末にメルカリを退社し、7月に独立し戦略広報マネジメントに特化したPRコンサルティング会社「はね」を設立。

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