西日本随一の売上規模を誇る百貨店「阪急うめだ本店」(大阪市)の食品フロアが今、「メディア」としての役割も担い始めている。リアル店舗のイベントスペース、オンラインストア、Webコンテンツを組み合わせた「HANKYU FOOD MARKETING」だ。食に特化した百貨店ならではのリテールメディアは、ブランドにどのような価値をもたらすのか。運営する阪急阪神百貨店の山本貴美子氏と、同サービスを活用して新規事業の立ち上げに手応えを得た明治の藤本和英氏に話を聞いた。
売り場を「体験提供の場」へ 阪急が描くメディア事業
阪急うめだ本店には年間約5000万人が来店する。食品フロアのうち地下1階だけでも、1週間で約50万人が行き交うという。もっとも、山本氏は「強みは単なる数字だけではない」と話す。
大阪のターミナル・大阪駅や大阪梅田駅に直結する「阪急うめだ本店」
「阪急百貨店は創業以来、『体験価値』を大切にしてきました。単に物を売るだけではなく、そこに価値を加えて、お客様にワクワク感や楽しさを届ける。それはこのサービスが始まる以前から、ずっと取り組んできたことです。そうした百貨店としての強みを、クライアント様の商品やブランドに掛け合わせ、認知拡大のお手伝いをするのが『HANKYU FOOD MARKETING』の本質だと考えています」
阪急阪神百貨店 第1店舗グループ フードマーケティング部 フードメディア推進部 マネージャー 山本貴美子 氏
2024年度から本格始動したこのサービスは、従来の「仕入れ・販売」の枠を超え、メーカーや自治体が自ら「プロモーションの場」としてイベントスペースを活用できる仕組みだ。特に地下1階の4連エスカレーター前という、人通りが多く売り場としても「一等地」の場所にポップアップスペースを設けている点は象徴的だ。
加えて「HANKYU FOOD MARKETING」では、「みつけよう 心ときめく “食” のアイデア」をテーマにしたオンラインストア+メディアプラットフォームも活用する。オンラインストアでは阪急うめだ本店フードフロアの商品に加え、催事で話題のブランドや国内初出店の海外ブランドなども展開。メディアでは季節のイベント・催事情報、ブランドのものづくりストーリー、食に関する豆知識などを発信し、リアルの売り場とつなげている。
リアル店舗とEC(オンラインストア)、Webメディアをプロモーションに活用できる
「Web記事の『おいしい読み物』は、取材によって商品のブランドストーリーや製法のこだわりを掘り下げています。記事を読んだお客様に、商品理解を深めたうえで売り場に来ていただく。そうした来店前からの動線づくりが、百貨店ならではの接客体験にもつながっています。ECサイトも、お客様との接点をつなぐ場として機能し始めています」
明治が立ち上げた高付加価値のチーズブランド
この「HANKYU FOOD MARKETING」を活用した事例の一つが、明治が長年にわたって培ってきた乳製品製造のノウハウを活かした「できたての乳製品」の新ブランド「FRESH CHEESE STUDIO(フレッシュチーズスタジオ)」だ。明治の社内新規事業第1号案件として立ち上がったブランドで、2025年7月に東京・世田谷に設けた工房で職人が一つひとつ手作業で仕上げる上質なフレッシュチーズを展開している。
国産プレミアムチーズブランド「FRESH CHEESE STUDIO(フレッシュチーズスタジオ)」は、職人による手作りとできたてのおいしさを閉じ込め、おいしさと保存性を両立する冷凍技術が特徴
明治のイノベーション事業戦略部と新会社ゼロワンブースターの双方に属し、同事業のブランドマネージャーを務める藤本氏は、立ち上げの背景をこう振り返る。
「明治が長年にわたって培ってきた乳製品製造のノウハウを活かすことでフレッシュなミルク本来の深いコクとみずみずしさを最大限発揮することで新しい感動体験として届けたい。そう考えて、新規事業をスタートしました」
明治 経営企画本部 イノベーション事業戦略部 専任課長 / ゼロワンブースター FCSブランドマネージャー 藤本和英 氏
狙ったのは、食への感度が高い顧客層だ。ハイクラスホテルのレストランなどでの採用も視野に入れながら、高付加価値の “食体験” につながる商品として育てていくことを目指した。一方で課題となったのが、価格と鮮度だった。商品の価格帯は1個1500円〜2000円。さらに大きな決断となったのが、「冷凍販売」への踏み切りである。
「中から生クリームがあふれるブラータチーズは、非常に繊細で、以前は “幻のチーズ” とも言われるほど日持ちしにくい商品でした。私たちは1年ほどかけて開発を行い、できたてのおいしさを保つ冷凍技術を確立しました。この商品を最初の大きな舞台として提案するなら、食への関心が高いお客様が集まる阪急うめだ本店がふさわしいと考えました」(藤本氏)
顧客へのDMにも対応 1週間で2000個超を販売
2025年12月のクリスマスシーズン、阪急うめだ本店地下1階のイベントスペースで開催された「フレッシュチーズスタジオ」のポップアップは、1週間で2000個超を販売するなど、大きな反響を呼んだ。
年末に実施したポップアップでは、約2000個を1週間で販売した
藤本氏が印象的だったと語るのは、阪急という場が持つ独特の空気感だ。
「私自身、大阪育ちで、子どもの頃に家族で立ち寄ったり、クリスマスシーズンのショーウィンドウを楽しみにしたりと、阪急にはもともと思い入れがありました。実際に売り場に立って感じたのは、品格がありながら、お客様との距離がとても近いことです。
凛とした佇まいの中に、人の温かさがある。お客様も『阪急が紹介しているものなら』という信頼を持って商品を見てくださるので、商品そのものだけでなく、体験としての受け止められ方がまったく変わると感じました」
来店客の「予習」の深さも、今回の施策では特徴的だった。百貨店が持つオンラインの顧客接点や店舗の顧客基盤を活用し、WebサイトやSNS、購買傾向などをもとに抽出した顧客へのDMで告知を行った。
「驚いたのは、ハガキを見たという方だけでなく、『ハガキも見たし、ネットも全部チェックしてきた』と声をかけてくださるお客様が多かったことです。期間中に3回来店した方もいらっしゃいました。まずプレーンを買って、食べておいしかったから別の商品も買いに来る。阪急のお客様は、毎週のイベント情報を自分で調べて、納得したうえで来店される方が多い印象です。こだわりや製法といった背景まで含めてしっかり受け止めてくださる、非常に貴重なお客様だと感じました」
「阪急で売れた」実績が、次の商談につながる
この成功は、売上面だけにとどまらなかった。藤本氏によると、「阪急で反響があった」という実績は、その後の企業間取引にも好影響をもたらしているという。
「『阪急さんでこれだけ売れた』という話は、やはり説得力が違います。BtoBの商談でも、相手の反応が変わるのを感じます。実際、これをきっかけに感動を届ける商品として、ブライダルやお祝いの席での食シーンで採用が決まるなど、その後の展開にもつながっています」
山本氏もまた、メーカーとの関係性に新たな可能性を感じている。
「私たち百貨店は、自分たちで物を作ることはできません。だからこそ、メーカー様が持っている商品の魅力や、伝えたい思いを、場所や演出、伝え方を通じてお客様に届けるお手伝いができればと思っています。単なる貸しスペースではなく、一緒に新しい食のライフスタイルを提案していくパートナーでありたいですね」
フレッシュチーズスタジオでは、すでに次回に向けた構想も進めている。チーズそのものの訴求にとどまらず、高価格帯フラワーショップと組み合わせたギフト提案など、より感動値の高いライフスタイル提案の色を強めた展開も視野に入れる。
「百貨店での出店は、私たちにとっても真剣勝負です。長年培われてきたお客様の信頼を損なえないという緊張感がありますし、だからこそ挑戦する意味があると感じています」と藤本氏は話す。
百貨店という伝統的な場が、オンラインストアやメディアと結びつくことで、商品の魅力やブランドの背景を立体的に伝える場へと広がっている。阪急うめだ本店とフレッシュチーズスタジオの取り組みは、食品マーケティングのこれからを考えるうえで、多くの示唆を含んだ事例といえそうだ。
お問い合わせ
株式会社阪急阪神百貨店
フードマーケティング部 フードメディア推進部
〒530-0001
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