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東電は「対岸の火事」ではなく「他山の石」。日本企業に多いカビ型腐敗を防ぐには、失敗事例に学ぶしかない

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※本稿は連載「コンプライアンスのための《法と倫理》入門」から掲載紹介しています。

企業の不祥事の背景には、ムシ型腐敗とカビ型腐敗があるという論を展開している郷原信郎氏。本稿では、郷原氏が、昨年の九州電力のやらせメール問題と、再生に成功した不二家の事例をもとに、カビ型腐敗が明らかになった場合の対処の仕方と予防法について解説する。

郷原信郎(関西大学特任教授)

不祥事は「環境変化への不適応」で起きる

早期解決しようと焦るあまりに近視眼的見方によって物事を単純化しないこと。企業が社会の要請に応えることは、当然のことだが、実際には容易なことではない。まず、企業組織は、多くの構成員の集合体であり、その中には様々な考え方の人間が含まれており、活動全体が社会の要請に応えるようにするのは容易ではないからである。

しかも、その企業にとって「社会の要請」は何かを把握するのは、決して容易ではない。自由競争社会である以上、社会の需要に応えていくことがベースになることは言うまでもないが、その他に様々な潜在的要請がある。安全の確保、環境の保護などが代表的なものだが、それ以外にも、社会の環境変化に伴って、様々なことを要請される。それらを企業の側が感じ取らなければならない。

加えて、昨年の東日本大震災と福島原発事故で社会環境が劇的に変化した。その結果、企業に対する「社会の要請」も大きく変化することになった。このように、企業にとって当然のことであるが、決して容易ではない「社会の環境変化に適応し、社東日本大震災と東京電力福島第一原発の事故によって、日本の経済社会の環境は劇的に変化した。企業の不祥事の多くは、環境の変化に企業が適応できないことに根本的な原因がある。だからこそ、不祥事で信頼を失った組織は「不祥事を機に変わること」が求められるが、変わることに対する抵抗が強い企業の行方はどうなるのだろうか。

筆者は、かねてから、「コンプライアンス」は「法令遵守」とイコールではないということを言ってきた。それは、「法令・規則だけではなく、社会規範、倫理なども遵守しろ」という意味ではない。むしろ、問題は「遵守」という言葉の方だ。「遵守」には、「つべこべ言わずに守れ」というニュアンスがあり、なぜ守れなければならないか質問することが憚られ、考えることも止めてしまうという問題がある。

では、企業にとって「コンプライアンス」とは何か。企業は、自然人とは異なり、人が社会経済活動をするために作り出した、いわば架空の人格である。当然に存在が認められるものではない。企業が存在し、企業の名前で活動することができるのは、その企業が社会で存在する価値があると認められているからに他ならない。企業の活動が人々にとって必要であり、企業の活動が信頼されているからこそ、企業は存在することができる。

そういう意味では、企業にとって「社会の要請に応えること」は当然のことである。それが、企業にとっての「コンプライアンス」なのである。

不祥事は「環境変化への不適応」で起きる

企業が社会の要請に応えることは、当然のことだが、実際には容易なことではない。まず、企業組織は、多くの構成員の集合体であり、その中には様々な考え方の人間が含まれており、活動全体が社会の要請に応えるようにするのは容易ではないからである。しかも、その企業にとって「社会の要請」は何かを把握するのは、決して容易ではない。自由競争社会である以上、社会の需要に応えていくことがベースになることは言うまでもないが、その他に様々な潜在的要請がある。安全の確保、環境の保護などが代表的なものだが、それ以外にも、社会の環境変化に伴って、様々なことを要請される。それらを企業の側が感じ取らなければならない。

加えて、昨年の東日本大震災と福島原発事故で社会環境が劇的に変化した。その結果、企業に対する「社会の要請」も大きく変化することになった。このように、企業にとって当然のことであるが、決して容易ではない「社会の環境変化に適応し、社会の要請に応えていくこと」に失敗した時に起きるのが企業の不祥事だ。それは、まさに「環境変化への不適応」が顕在化したものである。

「カビ型腐敗」九州電力やらせメール問題

筆者は、企業不祥事として問題にされる違法行為やコンプライアンス違反行為を、行為者個人の単発的な行為としての「ムシ型」と、時間的、空間的拡がりを持つ構造的な問題としての「カビ型」に区別してきた。実際の不祥事には、ムシ的要素とカビ的要素の両面があるが、社会の実態と法令との乖離、法令上問題のある非公式システムの恒常化、安定と協調を重視する経営方針など、日本の経済社会には、カビ型の問題の発生につながる要因が多く、単純にムシ型と割り切れる不祥事は少ない。

それに加え、最近の経済社会の急激な変化に適応できない企業と社会の要請とのズレが、カビ型の問題の発生原因になる危険性が高まっている。このような不祥事の事例として九州電力やらせメール問題がある。これは東日本大震災からおよそ3カ月後の2011年6月26日に、佐賀県東松浦郡玄海町にある九州電力最大の原子力発電所(玄海原発)の再稼働に向け、佐賀県民向けの説明番組がケーブルテレビやインターネットで中継されたが、この番組に関して、九州電力が、自社やグループ企業、取引先企業の社員に対し、原発再稼働への賛成投稿をするよう要請していたという問題である。

震災前の電力会社にとって、原発に関して一番重要だったのは、原発が「絶対安全」だという神話を信じ続けてもらうことであった。そのためには原発を危険だとする反対派の発言をなるべく目立たなくし、影響力を少なくする必要があった。そして、原発を建設・稼働させることは、電力の安定供給という社会の要請に応えるために不可欠であり、そのためには原発に関する説明会、討論会等への電力会社の社員の大量動員や「やらせ」や「仕込み」などの世論誘導も許容されているとの認識があった。

しかし、東電福島第一原発の事故により、安全神話は崩壊した。東京電力の事故対応に多くの問題が指摘されていたこともあり、電力会社の原発の安全対策や、事故が起きた際の事故に対する対応能力など、危険な施設である原発の運営を任せられるだけの信頼できる企業であるかどうかが国民にとって重要になり、電力会社は、その点について国民や地域住民の評価・判定を受ける立場になった。そして、信頼できる企業であるためには、企業活動に関して十分な情報開示や説明責任を果たすことが不可欠であって、不透明な世論誘導のようなやり方は許されなくなった。

ところが、九州電力はそのような社会の要請の変化に気付いていなかった。震災後の原発再稼働に関する説明番組で、社員、取引先等への賛成投稿の要請を組織的に行うという、原発事故前と同様の対応を行ってしまった。しかも、その賛成投稿の要請は、説明番組の実質的主催者である佐賀県の古川知事が、知事公舎で九州電力幹部と会い、賛成投稿を要請する発言をしたことを発端とするものだった。

原発事故前からの原発立地自治体との不透明な関係を引きずったものだったことは明らかで、組織自体の原発問題に対する姿勢、方針が、原発事故後の環境に適応していなかったという点で、まさに「カビ的腐敗」そのものであった。その後、第三者委員会から、問題の本質は、原発立地自治体の首長との不透明な関係に基づいて原発の運営を進めていこうとする姿勢にあることを指摘されながら、受け入れようとしない態度を取り続けたことも、「カビ的腐敗」の根深さを示している。

腐敗を矮小化する誤謬が問題を深刻化させるしかし、九州電力は、この問題を、終始「ムシ的」にとらえようとした。同社は7月14日にこの問題についての社内調査結果の報告書を経済産業省に提出したが、その中で、問題の原因について、副社長らが再稼働賛成の投稿を増やすために番組を周知するよう指示したことが「中立・公平であるべき国の説明番組に影響を与えるとの認識が著しく欠落していたこと」、上司から番組を周知するよう指示を受けた課長級社員や支店幹部が「投稿要請の行動が社会の常識や倫理観に反すると認識していなかったこと」を挙げている。行為者個人や上司の倫理観の欠如という個人的な問題と捉えているのである。

このように、問題をムシ型と捉えると、その個人に対してペナルティを課し、その後は社員に対する教育や研修を徹底して再発を防止する、という対応がとられることになる。それは、企業組織の側には基本的に問題はなく、根本的に変える必要はないが、違法行為やコンプライアンス違反に直接関わった個人に問題があったので、その行動を正し、他の構成員がそういう行動を行わないようにすれば問題は解決するという考え方だ。

過去の多くの企業不祥事において、このように個人の問題として矮小化する対応がとられてきた。しかし、問題の本質がカビ型であり、組織の側に問題があるのに、それをムシ型として矮小化しようとすると、その誤りがかえって問題を拡大させ、企業に対する信頼を失墜させることにつながる。

九州電力の場合、組織自体の原発問題に対する姿勢、方針が、原発事故前からの原発立地自治体との不透明な関係を引きずったものであり、第三者委員会による問題の本質への指摘を受け入れようとせず、行為者や上司の個人的な問題と捉え続けた。

その結果、経産省への報告書について、監督官庁の枝野経済産業大臣から「自ら設置した第三者委員会の報告書の都合の良いところだけつまみ食いするようなやり方は、公益企業のガバナンスとしてあり得るのか」と厳しく批判された。その後も同社は迷走を続け、翌年1月に会長、社長が辞任の意向を表明したものの、社会の信頼を回復したとは言い難い。

腐敗の実態を受入れ、再生を果たした不二家

当初、問題をムシ型的にとらえて致命的な誤りを犯し、危機的状況に追い込まれたという点では九州電力と同様だが、その後、第三者委員会である「信頼回復対策会議」による問題の本質の指摘を受け入れて再生を果たしたのが不二家である。

信頼回復対策会議報告書では、消費期限切れの牛乳を原料に使用した局所的な問題として捉えてムシ型的に対応するのではなく、「社会環境の変化への適応の遅れ」すなわちカビ型の問題としてとらえた。

職人的な経験と勘に支えられていた食品製造から脱却し、熟練度の低下に対応するマニュアル化、規程の整備を進める必要があったが、それが十分に行われないまま、社内規程と製造現場の実態との乖離が生じたこと、そのような環境変化に適応すべく抜本的な事業の再構築が必要であったのに、それが行えなかったというカビ的要因を指摘し、『経営体制、事業体制の抜本的改革』『形骸化した規則・マニュアル遵守主義からの脱却』『製品に関する情報開示ルールの確立』『マスコミ・社会とのオープンな関係の確立』などを提言した。

不二家は、これらの多くを着実に実行した。それ以降は、マスコミの不二家への「隠蔽批判」、バッシングは沈静化し、再生への取組みが徐々に成果を上げ、五年後には黒字に転換、見事に復活した。まさに、企業不祥事をムシ型ではなくカビ型で捉え、危機対応と信頼回復に向けての取組みを行っていくことが功を奏した事例である。

組織というのは一旦、一つの形ができてしまうと、それを変えたくない、という方向への力が働く。「変えること」には大変な努力が必要となるし、それは組織内の既得権益を失わせることにもつながるからだ。企業組織を「変える」という方向で行うカビ型的対応に対して多くの抵抗が生じるのは当然だが、その抵抗を乗り越えて、企業組織を変えていくためには、それを行えない企業は淘汰され、消滅していくしかない、という危機感を持つことが必要である。その危機感を組織内で共有し、カビ型腐敗を防止するためには、過去の多くの事例に学ぶこと、これに尽きる。

*九州電力問題の経過の詳細や不二家問題等他の事例との対比については、筆者の新著「第三者委員会は企業を変えられるか~九州電力『やらせメール』問題の深層」(毎日新聞社)で述べている。

郷原信郎
郷原 信郎
関西大学特任教授・弁護士・総務省顧問。1955年島根県松江市生まれ。1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、法務省法務総合研究所研究官、長崎地検次席検事などを経て2003年から桐蔭横浜大学大学院特任教授を兼任。2004年法務省法務総合研究所総括研究官兼教官。2005年 桐蔭横浜大学法科大学院教授(派遣検事)、コンプライアンス研究センターセンター長。2008年 郷原総合法律事務所開設。国土交通省公正入札調査会議委員など公職多数。『第三者委員会は企業を変えられるか』( 毎日新聞社、2012 年)など著書多数。

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