広告代理店に望ましい報酬形態は?
2003年「アドバタイジング・ウーマン・オブ・ニューヨーク」に輝き「ニューヨークの女王」とも評されたシンディ・ギャロップ氏は、かつて広告代理店のBBHでアカウントの責任者を担当していた時に、一年で最も嫌な作業は「フィー交渉」だと語っていたことがあります。
広告代理業はマーケティング領域に自らの価値をどんどん特化させていくことで、その専門性において広告主から報酬を得ることができます。これは広告主側が広告代理店の生み出すアウトプットの価値に加えて、それを生み出すために必要な労力やコストを理解していなければ成立しません。
言い換えるならば、広告主側が広告代理店に頼らず、すべてを内製化した場合のコストやリスクを想定した上でないと、常に広告代理店が交渉時に競争的に「弱い立場」に立つということになります。
この場合、広告代理店は具体的に請け負ったタスクや業務以外にサービス的な業務を強いられる結果になります。つまり、「これだけ仕事を発注しているのだから、他のことも追加コスト無しに面倒をみるべきだ」という広告主側の要求に結びつくわけです。実際、広告代理店が競合プレゼンに呼ばれたり評価されたりする際には、取引が本格化する前に無償に近い形で業務を行うことはよくあります。
このように発注側と受注側の関係を緊張感のあるものにするのではなく、同じ立場にするために売上目標に応じてインセンティブを与えるという解決方法があります。広告主側の売上が当初の目標を上回った場合に、広告代理店の報酬も上がるというモデルです。
しかし、ここにはマーケティング活動そのものをどのように企業の費用として考えるのかという視点と、そもそも具体的なマーケティング活動がどのように売上の増加に貢献しているか、ということが可視化されていない限り、成り立ちません。同時に、売上の数字そのものが広告主側のものである限り、透明性が確保される保証が無いともいえます。
広告代理店は価値創造のパートナーになれるのか
このようなビジネスの非対称性は永遠の課題のようにも見えます。ただ、実際の企業のマーケティングを取り巻く環境変化のスピードは速く、ドラスティックに変化していくため、あまり過去の商習慣のスタイルを引きずるよりも、その都度、広告代理店とどのようなビジネスをしていくかを考えるべきかもしれません。
依然としてフィーの形態はコミッションやフィーベースであったにしても、そのレビューは毎年もしくはキャンペーンごとに実施されているはずです。お互いのあるべき論についても、そのビジネスと広告代理店の取り組みによっては報酬形態がクリアであるケースもあると思います。例えば、メディア費用の効率や、ダイレクトレスポンスの結果を指標にする場合は明確でしょう。
ただし、あえて言うならば、アウトソーシングサービスとして評価するには、広告代理店の行うサービスを社内の人件費として換算した場合の効率やリスクヘッジを第一に考えるべきです。つまり、彼らがいることでどれだけ内製的なマーケティング活動が削減され、効率化されたのかという点です。それは単に人件費の置き換えだけでなく、専門性の高いスキルを持ったサービスがどの程度ワークロードレベルで必要かという観点でもとらえられます。
また、マーケティング活動の最も重要な価値は、そのような人的なコスト効率よりも「価値創造」に貢献しているのか、ということになります。そして広告代理店が最も貢献できるのは、このクリエイティビティという点においてではないでしょうか。それは単に広告代理店の広告としての成果物やアウトプットが優れたビジネスの結果をもたらすということではなく、マーケティング活動におけるクリエイティビティは、企業の研究開発費と同様に投資として機能すると考えられるからです。
特に、コミュニケーションは静的なものではなく、それを生み出すことで未来を生み出すものです。創造性はどこから来るかがわからず、クリエイティビティが革新的であればあるほど、内部からは生まれにくいジレンマがあります。
Appleの「Think Differentキャンペーン」は、同社がビジネス的に苦境に立っていた頃に考え出されたもので、見事にビジネスの未来を作り出しました。このような創造性は広告が持っていたというより、それがブランドの根幹にあることを広告代理店がクリエイティビティとして表現したものに他なりません。
広告代理店は今後、デジタルテクノロジーを軸に、よりスマートにより包括的に、よりビジネスインテリジェンスとして進化していくことを余儀なくされています。ただし、これからも新しい価値を生み出す広い意味での創造的なクリエイティブの広告代理店は決して無くなったりはしないでしょう。なぜなら、新しいビジネス価値を生み出す広告主は、常にそのようなパートナーを探し求めるからです。
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