世界からオファーがくる“墨流”イラスト
茂本ヒデキチさんが美大を目指すようになったきっかけは、高校3年生のときの体育祭。「チームの櫓に巨大な絵を描く担当になり、宇宙戦艦ヤマトの絵を描いたら、それが快感で。そのときに、絵を描くことの楽しさに目覚めたんです」。その後、デッサンなどを勉強し、大阪芸術大学デザイン学科へ入学。もともと絵を描くことが好きで自信もあったが、入学当初は線を真っ直ぐに引くことができず、デザインがあまり得意な学生ではなかったという。
「3年生のときに野間夏男先生(今年3月に退職)のイラスト専攻のゼミに入ったことが大きな転機となりました。当時はリアルで、写実的なイラストが全盛の時代。授業ではもちろん、時には先生の仕事のアシスタントもしながら、ひたすら絵を描き続ける日々でした」。
卒業後はデザイナー、イラストレーターとしてキャリアを積みながら、絵を描き続けた。しかし、どちらかと言えば“ 器用貧乏”で、仕事ではどんな絵もこなせる一方、自分の個性をうまく出せずにいた。あるとき、自分にとっては画材の一つであった墨を使ったイラストへのリクエストが多いことに気づく。そこで従来とは違う、自分ならではの墨の使い方を考えた。そして掛け軸にダイナミックな筆遣いで、躍動感ある黒人の絵を描いたときに、大きな手応えを感じた。
「墨は筆の強弱で線が濃くなったり、かすれたり、にじんだり、時間の経過がわかる画材。すぐに形を描けるという面白さにも惹かれたし、ミュージシャンやアスリートなど躍動感溢れる人たちの絵を描くにはぴったりの画材であることに気づきました」。
その絵を最初に表舞台に出したのは、アーティスト 久保田利伸さんだ。「初めてお会いしたときに、誰にも見せたことのなかった墨で描いた黒人の絵を久保田さんに見せたら『面白い! ファンクラブの会報の表紙を描いてほしい』と頼まれたんです」。そこから墨を使ったイラストが世に出始め、30代にはグローバルで活躍するチャンスも掴む。
ナイキアメリカから依頼があり、北米のナイキタウンで茂本さんのイラストのTシャツが発売されたのだ。その後も国際的な仕事の幅は広がり、アテネ、北京、ロンドンの五輪開催時には、複数の企業が墨のイラストを採用。15分で3枚仕上げるという、独自のライブペインティングも世界各地で披露している。また現在、羽田空港国内線ボーディングブリッジの看板81面には、茂本さんが描いたさまざまなスポーツ選手が掲げられている。
これまでの活動の“ 集大成”となる今回の個展では過去のすべてを見せつつ、新しい動きの表現にも挑戦している。タイトルは「墨流(ぼくりゅう)」。「自分流」にかけて、自身が創作した言葉だ。2020年に向けて、茂本さんの「墨流」はますますグローバルに広がっていきそうだ。
編集協力/大阪芸術大学
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