CM監督から、『一度死んでみた』で映画監督に挑戦(ゲスト:浜崎慎治)【前編】

CM監督を目指して会社を辞めた駆け出し時代

中村:半ば自己紹介が済んでしまったんですけど、毎回ゲストの方にお願いしているので、20秒自己紹介をお願いできればと思います!

浜崎:えーー!ちょっと待って……。

権八:(笑)。いいリアクションするなあ!

中村:ご自身の自己紹介をラジオCMの秒数、20秒に合わせてやってくださいというコーナーです。じゃあこれストップウォッチで計りますので……。

浜崎:うわぁ!計るんすね。ちょっとちょっと!見せてよ。

中村:じゃあ、自分で押してよ。

権八:あぁそっか!しょっちゅうストップウォッチ持っているからね、監督だから。

浜崎:じゃあいきますよー!本番!

権八:おー!いいねぇ!

浜崎:浜崎慎治です。鳥取生まれのお醤油屋が実家です。えっと今CMディレクターをやっているんですが、初めてこの度『一度死んでみた』という映画を澤本さんと一緒にやらせてもらいました。……もうこれ終わりじゃん(笑)!

一同:(爆笑)。

権八:はまちゃん、鳥取のエースでしょ?

浜崎:いや、鳥取人口少ないですから……。

一同:(笑)。

権八:鳥取のちょっとした県おこしとかやっていたよね?

浜崎:常々やりたいなぁという気持ちはあるんです。

権八:やっぱり感謝はあるんだ。

浜崎:感謝はありますね、育ててもらったじゃないけど。なんか地元って、いまだにいいなぁと思う時があるから。

権八:え!あります?そういうの!?

澤本:長崎のために、何かしたいなとは思うよね。

浜崎:やっぱり思いますよね。なんか不思議ですよね。鳥取18年しかいなかったし、もはや東京の方が長いんですよ。なのに、恩を感じちゃうというか……。

権八:鳥取に対して?

浜崎:そうそうそう。

権八:いい人だなぁー。

浜崎:「おいしいお店教えて?」って言われても知らないけどね(笑)。

中村:じゃあ、そもそも浜崎さんは鳥取の醤油屋さんから、いきなり「俺は映像やりたいぞ!」って、ディレクターを目指して東京に乗り込んできた?

浜崎:いや……。

権八:その前に大学でしょ?

浜崎:大学も全然。僕理系の大学で……。

権八:そうなの?

浜崎:まったく映像の勉強をしてなくて。僕が入社したのが1999年で。

中村:映像会社に?

浜崎:CM制作会社を見つけたのがその前の年。僕が大学4年の時、ちょうど就職氷河期だったんですよ。学校推薦って、だいたいいけるんだけど、その年は募集してなくて参ったなぁ!って。4年の秋ですよ。そんな時、スチールのカメラマンをやっている兄貴の家に行ったら、コマフォト(月刊『コマーシャル・フォト』)が落ちていたんですよ。その時に「コマーシャルをつくっている人がいるんだー!うわ!すごっ!」ってなって。

パッて後ろ見たら、「制作会社のプロダクションマネージャー募集」って載っていたんですよ。「マネージャー職って何だろうな?けど面白そうだからとりあえず応募してみよう」となって。当時東北新社グループの会社だったんですよ。そこを受けたら新入社員で拾ってくれたんです。

そこから2年間制作をやりました。そのうちに監督って面白そうだなと思って、「ディレクターになりたいんですけど」って社長に言ったの。そしたら企画演出部ってところから「うちは拡大しないから入れない」って言われた。それで一度会社辞めて自主制作を始めたんですよ、1年間プー太郎して。

澤本:そうなの?

権八:へえーーー!

浜崎:人生で初めてのプー太郎。

次ページ 「「犬のお父さん」シリーズに鍛えられた」へ続く

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