【前回記事】なぜ「パーセプション」に着目するのか――『The Art of Marketing マーケティングの技法』(音部大輔)より
音部氏がP&Gジャパンで洗濯洗剤「アリエール」を担当した当時、市場には破竹の勢いでシェアを伸ばす花王の「アタック」がリーダーとして君臨していました。そのころ「小型化」が重要属性とされていた洗剤市場を、「除菌」訴求で再創造していく過程を3回にわたって紹介します。
本書の詳細・購入はこちらから(Amazon)
市場を一変させた競合ブランドのイノベーション
はじめてパーセプションフロー・モデルを使うことになったのは、P&Gに勤めていた頃のことです。洗濯洗剤アリエールで除菌を訴求するというプロジェクトでした。
1980年代末、洗濯用の粉末洗剤は花王のアタックによって箱のサイズも重量も4分の1以下に小型化されました。それまでは洗剤を買う日は他の買い物は一切できないほどの大きさでしたが、自転車の前かごに入るようになりました。小さくなった洗剤は生活を変え、洗剤市場は再創造されました。「いい洗剤とは小型の洗剤だ」という認識が確立され、アタックが新しいリーダーとなります。当時、マーケティングを専攻する学生の多くがこの事例を学びました。
大幅な小型化は画期的な技術革新でしたが、翌年には競合各社が追随しはじめました。市場の再創造をもたらしたアタックは、リーダーの地位を強固に維持し続けたものの、差別化の難しさから競争の苛烈さは店頭を巻き込み、日常的な価格競争により市場全体の利益は圧迫されていきました。客寄せの目玉商品として、店頭では利益を度外視した山積みが頻繁に行われ、メーカー各社も資金などを支援していました。
ブランド間の均質化で価格競争が激化
「洗剤を小さくした最初のブランド」と認識されていたアタックは、3位のアリエールよりも100円(≒約30%)ほどの高値で倍以上も売れていました。アリエールは直近の売り上げを支えるために価格への依存度を高め、マーケティング活動に使える資金の自由度は抑えられていきます。差別化の資金を失うことは、さらなる価格競争を招きます。アタックによって「いい洗剤とは小さい洗剤だ」と再創造された洗剤市場は、ブランド間の均質化によって、にわかに「いい洗剤とは安い洗剤だ」と再定義されつつありました。
